第62話 再び森へ……

 テオさんが釣って来てくれた魚をたらふく食べた俺たちは、再び馬車に乗って目的地である城塞都市グランドへと向かうことになる。


「おう、エイラ」


 ここまで来た時と同じように馬車に乗ろうとしたところで、テオさんがエイラさんを呼び止めて話しかける。


「ここまで順調にきたんだ。よかったら御者台に乗って馬を操ってみるか?」

「えっ、いいんですか?」


 その提案にエイラさんが驚いていると、テオさんが白い歯を見せながら大きく頷く。


「ああ、ここまでコーイチのお蔭でかなり楽ができているからな。あの力があれば、エイラでも十分な安全が確保できるだろう」

「ええ、道中の索敵は任せてください」

「おじさん……コーイチ様……」


 皆の命を預かる馬車の御者台に座るという仕事を任されたことが嬉しかったのか、エイラさんは目に涙を浮かべながら力強く頷く。


「はい、喜んでやらせていただきます」


 こうして、俺たちは森の聖域を抜けて再び迷いの森の中へと足を踏み入れた。




「エイラさん、右側に反応があります。次の分かれ道は左に行った方がよさそうです」

「はい……わ、わかりました」


 俺の指示に緊張した面持ちのエイラさんは震えながら頷くと、手綱を慎重に操作して馬に指示を出す。


「いや、しかし、本当に不気味な森だな」


 馬車が分かれ道を左に曲がるのを確認しながら。馬車から顔を出した雄二が辺りの様子を見る。

 森の聖域の神々しさとは打って変わり、昼過ぎだというのにもう帳が降りたかのような暗闇と、ジメジメとまとわりつくような不快な湿気が森の不気味さを際立たせていた。

 群生している植物も、まるで互いにけん制し合っているかのように棘だらけだったり、何かの粘液のようなもので覆われていたりと、午前中よりさらにおどろおどろしい雰囲気になっていた。


 だが、それでも俺のアラウンドサーチがある限りは、周りにどれだけ恐ろしい魔物が潜んでいたとしても、道中の安全は確保できるだろう。


「エイラさん、次は……」


 俺はスキルを使いながら脳内に移る赤い光点の位置を伝えていく。


 すると、


「ん? おい、浩一」


 馬車から外の様子を眺めていた雄二が声をかけてくる。


「ちょっと気になることがあるんだがいいか?」

「何だ? 今、忙しいんだけど……」

「わかってるよ。だけど、少し上を見てくれないか?」


 雄二は俺の手を引っ張って自分が座っていた場所まで連れて行くと、上空を指差す。


「さっきから何か真上を飛んでいるような気がすんだけど知らないか?」

「えっ、何だよ。見えないじゃないか」


 そうは言うが、森は深い木々に阻まれて空を見ようにも中々見ることができない。


「……う~ん、何も見えないけど、少なくともアラウンドサーチには何も引っかかってないから気のせいじゃないか?」

「いやいや、俺、ゲーマーだけど視力はめっちゃいいんだよ」


 俺のスキルを信用していないのか、雄二は尚も食い下がって来る。


「嘘じゃなくて、マジで鳥にしては大きい何かが上空にいたんだって。浩一のアラウンドサーチを疑うわけじゃないけど、例えば上に判定が出ていない可能性だってあるだろ?」

「それはそうだけど……」


 雄二の疑問に俺も思うことが全くないわけではないが、こうして話している間にも馬車はどんどん先に進んで状況は刻一刻と変わっているのだ。

 雄二の言葉が真実だったとして、上空に何かがいたとしても、向こうからこっちが見えている保証もないし、そもそもそいつが敵かどうかもわからないのだ。

 そう結論付けた俺は、その旨を雄二に伝える。


「悪いけど、今はアラウンドサーチに引っ掛からない何かより、これから接敵する可能性がある敵の方を優先させた方がいいはずだから後にしてくれないか?」

「……わかったよ。だけど、あれがヤバいやつだったら知らねぇからな」


 雄二はぶっきらぼうに吐き捨てると、尚も上空にいる何かを見定めようと馬車の後方から身を乗り出して木のカーテンの隙間を凝視する。


 悪いな雄二。お前の疑問については、近い内に検証するから……そう思いながら俺は地図の前に座ると、目を閉じてアラウンドサーチを使う。

 そうして脳内に索敵の波が広がっていくが、やはりというかこの馬車の近辺に赤い光点は現れない。

 なんだ。やっぱり何もいないじゃないか。何も反応が出なかったことに、俺は密かに安堵していると、


「……どれ、それじゃあワシが見てみようかの」


 雄二の険悪な雰囲気を察したのか、テオさんが「よっこいしょ」と言いながら腰を上げると、馬車から身を乗り出して空を見る。


「むっ……」


 目を細め、しかめっ面をして空を見ていたテオさんがは何かに気付いたのか、表情を険しくさせる。


「――っ、マズイ。あの鳥は……」


 テオさんがそう言うと同時に、


「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェッ!!」


 上空から、耳を劈くような奇声が響き渡った。

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