第63話 凶鳥
「うっ!?」
「な、何だ……」
「ヒィィッ!?」
まるで断末魔の悲鳴をいくつも重ねたような、今まで聞いたことがない不気味な声に、俺たち一般人三人組は揃って身を固くする。
しかもその声は一度だけではなく、二度、三度と立て続けに響き渡る。
もしかしたら地獄の朝はこんな感じなのかもしれない。俺は響き渡る奇声に耳を塞ぎながらテオさんに声の正体について尋ねる。
「テ、テオさん……あの声は一体?」
「あれはアラートリィという名の魔物じゃ。名の通り、獲物を見つけるととんでもない声で鳴いて周囲にその存在を知らせるのじゃ」
「えっ、それって……」
顔を青くさせる俺に、テオさんが苦虫を嚙み潰したような顔をして頷く。
「ワシ等の場所が森の中にいる奴等に筒抜けになってしまったということじゃ」
淡々とそう告げたテオさんは、バンディットウルフを倒した愛用のボウガンを取り出して空に向かって構える。
「このっ、いい加減に黙れ!」
そう言いながら放たれた矢は空を覆う木々を突き破って飛んでいく。
次の瞬間、
「ギエエエェ…………」
矢が見事に当たったのか、彼方からアラートリィの息絶えるような声が聞こえ、バキバキと木をへし折りながら何かが落下する音が聞こえる。
アラートリィの声が聞こえなくなったのを確認したテオさんは、御者台に座るエイラさんに向かって大きな声で話しかける。
「これで暫くは大丈夫だと思うが……エイラ!」
「は、はい、なんでしょう」
「これから敵がわんさかやって来るぞ。お前はなるべく安全な道を選んで全力で馬を駆けさせるんだ」
「はい……」
突然水を向けられたエイラさんは、不安そうにテオさんの方を見ながら呟く。
「ですが、安全な道って……」
「それについては……コーイチ」
「は、はい!?」
テオさんに声をかけられた俺は、正座をして背筋をピンと伸ばす。
だが、返事はしたものの顔は下を向いたままで、俺はテオさんの顔をまともに見ることができなかった。
この危機的状況を作ったのは、明らかに俺がアラウンドサーチを過信し過ぎたことに端を発するといっても過言ではないからだ。
俺がアラウンドサーチの力をもっと正確に理解で来ていたら。上空が怪しいと言った雄二の話をもっとまじめに聞いていたら。そもそもテオさんにアドバイスを求めていれば、もっと効率のいい索敵方法を思いついていたかもしれない。
たらればを言えばキリがないのだが、どちらにしても俺の慢心がこの状況を生んでしまったことに変わりはない。
だからテオさんに申し訳なくて、俺は彼からのどんな叱責も甘んじて受ける覚悟だった。
そんな俺に対しテオさんは、
「……コーイチ。まあ、そんなに気落ちするな。この程度、たいした問題じゃない」
底抜けに明るい声でそう言うと「ガハハハッ」と豪快に笑いながら俺の背中をバシバシッと叩いてくる。
「それにな……」
そう言ってテオさんは一転して真面目な顔になると、俺の肩を抱いて静かな声で話す。
「どうやらお前さんは自分のミスだと思っているようじゃが、全てはお前さんの力を信じたワシのミスじゃ」
「そんなことは……」
「あるんじゃよ。冒険に危険はつきものだが、責任は全てリーダーが背負うものだと相場が決まっておる」
だからな。と言ってテオさんは白い歯を見せる。
「コーイチは細かいことは気にせず、自分の力を存分に振るってほしい……いや、くれるか?」
「それは……勿論です」
俺はテオさんの目をまっすぐに見つめ返しながら力強く頷く。
起こってしまったことは仕方がない。と簡単に割り切ることはできないが、これ以上の失態は犯さないようにしなければならない。
そうと決まれば、今すぐにでも状況を知るためにアラウンドサーチを使いたいところだが、その前に俺にはやらなければならないことがもう一つある。
「…………雄二」
俺は無言でこちらを睨んでいる雄二に顔を向けると、ペコリと頭を下げる。
「すまなかった。確かにお前の言う通りだった。この借りは、今度必ず……」
「…………ヘッ、わかればいいってことよ」
雄二は怒り顔から一転して笑顔を見せると、テオさんの真似のつもりか、俺の背中をバシバシと叩いてくる。
「街についたら、酒の一杯でも奢ってもらうからな」
「……痛いって。わかったわかった。奢るから背中を叩くのは勘弁してくれ」
「ハハハッ、まあ、浩一が見つけられない敵は、俺が見つけてやるから安心しな」
「わかった。そっちは任せたぞ」
どうやらアラウンドサーチの索敵能力には、上空をカバーできないという穴があるようだ。
さらに他にも穴がないとは言い切れないので、俺はおとなしく雄二に協力を仰ぐことにした。
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