第58話 ラッキースケベの予感(不発)
聖域内にいるというエイラさんを探すことになった俺だが、実を言うとテオさんから依頼を受けた時から心臓のドキドキが止まらないでいた。
テオさんによるとエイラさんは、水を汲みに行くと言っていたそうだから、湖の何処かにいると思われる。
うら若き乙女が水を汲みに行くといって戻って来ない。その理由は一体何だろうと考えると、出てくる答えはそう多くない。
汲んだ水が重くて戻るのに手間取っている。
まさか聖域内に魔物が現れて、エイラさんがピンチに陥っている。
いやいや、そんな理由で俺がドキドキするはずがない。
エイラさんが中々戻って来ない理由、それはズバリ、彼女は湖の何処かで水浴びをしているのだと思われる。
実を言うとこの状況、漫画やライトノベルなどでは主人公がヒロインの水浴びしているところに偶然出くわしてしまう、所謂ラッキースケベな展開が待っている時と非常に酷似しているのだ。
まあ、エイラさんが本当に水浴びをしていて、そこに俺が偶然出くわすなんて奇跡が流石に起きるとは思っていないが、ここまで散々苦労の連続だったのだ。少しぐらいはそういった夢を見たって構わないだろう?
「……実際、そんな場面に出くわしたらパニくって走って逃げ出しそうだけどな」
決して女性経験が豊富とは言えない俺としては、そういう場面に出くわした時に気の利いた言葉の一つも出てこないのはわかっているので、おいしい展開は頭の中だけにして、真面目にエイラさんを探すことにした。
頭ではそんなことを思いながらも、何処かでエイラさんの裸に遭遇してくれないかと祈りながら歩いていると、程なくして当の本人を見つける。
残念ながら水浴びはしていなかったが、湖に膝まで浸かって腰を折り曲げた姿勢でいるエイラさんを見つけた俺は、大きく手を振りながら彼女へと話しかける。
「あっ、エイラさ……」
だが、その言葉が途中で止まる。
何故なら、俺の姿を見たエイラさんは、唇に人差し指を当てて俺に静かにするように指示を出してきたからだ。
「…………」
俺が黙るのを確認したエイラさん、ニッコリと笑顔を浮かべながら俺を手招きする。但し、音を立てないで静かに移動するようにと身振り手振りで指示してくる。
その指示に俺は頷いて応えると、靴を脱いでズボンの裾をめくり、静かに湖へと足を踏み入れる。
驚くほどの透明度を持つ湖はとんでもなく冷たいかと思われたが、足を入れると意外にもぬるま湯よりも少し冷たいと思う程度で、むしろ心地よさすら感じられた。
なんならこのまま全ての衣服を脱いで、汚れた服を洗いながら思いっきり水浴びをしたいという衝動に駆られるが、流石にここで全裸になるわけにはいかないので、その衝動を抑えながら俺は湖の中を静かに進む。
なるべく波を立てないように気を付けながらエイラさんの近くまで行くと、彼女が何をしていたのかをようやく理解する。
「魚……」
そこには、カワマスに似た黄金色に輝く魚が湖の中を悠然と漂っていた。
「はい、せっかくですから今日のお昼にしようかと思いまして……」
「なるほど」
「申し訳ありませんが、コーイチ様はそちらから追い込んでもらえますか? 私はこっちから行きますから」
「わかりました」
エイラさんから作戦を聞いた俺は頷くと、屈んで自分の右手を湖の中へと入れる。
本当は両手を使うべきなのだろうが、生憎とまだバンディットウルフに噛まれた左手は治っていないので、右手一本で捕まえようと思う。
「コーイチ様?」
「魚を捕まえるなら、エイラさんも手を冷やした方がいいですよ」
俺は「聞きかじった情報だけどね」と注釈を加えて手を冷やす理由を説明する。
魚は、視力そのものはそれほどよくないが、周りの温度変化、特に熱についてはとても敏感で、素手で魚を捕まえようとした時、魚の死角から手を伸ばしても捕まえられない理由の殆どがこれだという。
逆にいえば、自分の手の温度を水の中と同じくらいまで冷やすことができれば、魚を素手で捕まえるチャンスはかなり増す……らしい。
「そうなんですね。わかりました」
俺から説明を聞いたエイラさんは、何度も頷きながら腕をまくって自分の手を湖の中へと入れる。
すると、
「ひゃん!?」
「どうしました?」
「あっ、いえ……屈んだ時、お尻が濡れちゃって、驚いただけです」
エイラさん照れたように顔を赤面させながら、後ろを向いてまん丸に濡れたお尻を見せてくる。
「あ、ああ……わ、わかります。俺も同じですから」
俺は苦笑しながら頷き、与えられた任務に没頭するために顔を伏せる。
その顔は自分でもわかるくらい真っ赤になっていた。
お尻を突き出したあの格好は卑怯だろう。
別に女の子に対して全く免疫のないというわけではないが、エイラさんのような美少女の無防備な姿を見せられて照れるなという方が無理な注文ということだ。
例えるなら推しのアイドルと二人っきりで会った時、イメージビデオで見せるような振る舞いを目の前で見せられて全く動じずにいられるかということだ。
まあ、俺はゲーマーであってアイドルオタクというわけではないが、彼等がアイドルにのめり込む気持ちが少しだけわかったような気がした。
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