第57話 森の聖域
その後、俺たちは時々アラウンドサーチを使って近くの魔物の位置を探りながら慎重に迷いの森を進んだ。
「はぁ……疲れた」
馬車から這い出るように外へと出た俺は、スキルで酷使した目を癒すように両手で優しく揉みながら腰を落ち着ける。腰からまだ僅かに残っていた皮袋に入った水を一気に飲み干すと、ゆっくりを目を開けて自分がいる場所を確認する。
「…………綺麗だな」
目の前に広がる景色を見て、俺は思わず「ほぅ」と小さく溜息を漏らす。
俺がいる場所は、迷いの森の中にある聖域と呼ばれる不思議な場所で、ここには魔物が入って来ないので、ゆっくりと休むことができるという。
野球場ぐらいの広さがある聖域の中心には、樹齢数千年はあるのではないかと思われるほどの巨木があり、複雑に絡まった幹から伸びた無数の枝が天を覆っていた。
だが、数千本にも及ぶ枝が天を覆っているにも拘らず、まるで計算したかのように枝と枝の間には隙間があり、地面は天から降り注ぐ光の柱によって十分な明るさが保たれ、とても幻想的な風景を創り出していた。
巨木の足元は底が見えるくらいに透き通った湖があり、新鮮な空気が生み出されているのか、そこかしこからコポコポと気泡が発生し、その中を小魚が群れを成しながら優雅に泳いでいるのが見えた。
「…………」
自然が織り成す芸術作品に俺は目を奪われ、息をするのも忘れるほどだった。
だが、この景色、何処かで見たことあるような気がするな……そんなことを考えていると、
「なあなあ、これってあれじゃねぇ?」
雄二が隣にやって来て、巨木を指差しながら自分の脳裏に浮かんだ景色について話してくる。
「聖剣とマナの樹の物語」
「ああっ、そういえば……」
雄二の指摘に、俺は大きく頷く。
「確かにあのゲームのオープニングにそっくりだな。確か二作品目だっけ?」
「そうそう、リメイク版やった後でオリジナル版もやったけど、そっちはいくつもの酷いバグがあって泣かされたな~」
「ボス戦でゲームの進行が止まるあれな」
俺と雄二は、学生時代に二人でやったゲームについてあれこれと思い出を話す。
「……僕はどちらかというと、獣の姫様の方を思い出しますね」
ゲームの話で盛り上がっていると、泰三もやって来て話に加わって来る。
「ほら、あの作品の舞台になった森に似ていると思いませんか?」
「確かに似てるかもな。だとすると、あの巨木の枝の何処かに首をカタカタと鳴らす精霊とかいたりするのかな?」
俺が木の枝の方を指差すと、二人も釣られてそちらを見やる。
すると、そこにはまるで図ったかのように緑色の淡い燐光を放つ光の玉のようなものが飛び立つのが見え、俺たちは顔を見合わせる。
「なあ、あれって……」
「もしかして精霊ですか?」
「わっかんねぇけど……いいな、ファンタジー世界」
うっとりしたように呟く雄二の言葉に、俺たちも頬を緩ませながら大きく頷く。
度重なる苦労の連続で、この世界に来てしまったことを後悔したこともあったが、今初めて、この世界に来てよかったと思えた。
エイラさんたちのようないい人にも出会えたし、俺たちの運勢はこれからはどんどん上向いていくであろう。
雄二が言うような英雄譚になるような壮大な冒険に旅立つとは思えないが、それでも日本の生活では絶対に体験できないような数々の経験が待っているだろう。
その全て、余すことなく楽しむとしよう。
俺は精霊と思しきものが去って行った方を見やりながら、これからの明るい未来をいくつも思い描いた。
そのまま暫くの間、森の聖域が織り成す自然の美しさに心奪われた俺たちは、三人並んで呆然と座っていた。
吹き抜ける涼やかな風は心地よく、透き通った湖のせせらぎは程よい眠りを誘う。このまま寝てしまえば、それはそれは心地よく眠れることだろう。
馬を休ませるために暫くはこの聖域に留まるとのことなので、少しの間、寝かせてもらおうか。そんなことを考えていると、
「誰かすまないが、エイラを見なかったか?」
馬に与える干し草を両手に抱えたテオさんが話しかけてきた。
「水を汲みにくと言ってたのだが、誰か見なかったか?」
「えっ、俺は見てませんけど……二人は見たか?」
そう言いながら俺は二人に話しかけるが、
「…………」
「…………」
二人からの返事は返ってこない。
どういうことかと二人に向き直った俺は、そこであることに気付く。
「………………寝てる」
一緒に景色を見ていたと思った雄二と泰三は、互いに身を預け合って安らかに眠っていた。
確かにこの場の雰囲気はとても心地良く、俺も密かに寝かせてもらおうかななんて思っていたりしたが、まさか既に二人揃って寝てしまっているとは思わなかった。
「ハハハ、まあ、今まで随分と気が張っていたようだからな。ようやく落ち着けたんだろう」
テオさんは寝ている二人を見て穏やかな笑みを浮かべる。
「コーイチもよかったら少し寝ていてもいいんだぞ?」
「それはありがたい申し出ですが、テオさんたちだけ働かせるわけにはいきませんよ」
我ながら損な性格だな。と思わずにいられないが、いくら何でもお二人におんぶにだっこでは立つ瀬がない。
それに、俺は二人と違って二度ほど意識を失って多く休んでいるので、体力的には二人より余裕があったりする。
俺はゆっくりと立ち上がって尻についた土を落とすと、大きく伸びをして凝り固まった体をほぐす。
「俺でよければ、エイラさんを探してきますよ」
「そうか、ワシは馬たちの世話があるから頼めるか?」
「ええ、お任せください」
俺は自分の胸を叩いて自信を見せると「危ないから聖域から出るなよ」とテオさんから忠告を受けながらエイラさんを探すために歩きはじめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます