第47話 変わりはじめる常識
「…………」
「…………」
「…………」
それから暫くの間、俺たちは少しでも体力を温存しようと、一言も交わさずに岩に体を預ける。
雄二が宣言した十分という時間はとうに過ぎていたが、誰もそのことを指摘しない。
何か口に発してしまえば、そこから再び徒歩での移動をしなければならない。それがわかっているから、敢えて誰も口にしようとしない。
彼方に見える森の方を見やりながら、夜にあの中には入りたくないから今日はこのままここで野宿になるかもな。そんなことを考えていると、
「…………何だあれ?」
俺の反対側の岩にもたれかかっていた雄二が何かに気付いたかのように声を出す。
「おい、浩一……あっちの草むらに何かいたような気がしたが気付いているか?」
「えっ?」
雄二からの指摘に、俺は慌ててアラウンドサーチを使う。
すると雄二の指摘通り、思ったより近くに赤い光点があることに気付く。
二……三……四…………波が広がっていくとその数はどんどん増えていく。
しかも、先程確認した三方向、その全てからまるで包囲網を狭めるように迫って来る赤い光点を見て、俺は背中に冷たいものが走るのを自覚する。
俺は慌てて立ち上がると、腰の剣に手を伸ばしながら雄二たちに話しかける。
「すまない。今、気付いた。数は全部で六だ。何が見える?」
「いや、見えたのは一瞬だったから……」
目を凝らしながら見ている雄二の隣に立って見てみるが、周辺の草むらは深く生い茂っていて視界が殆ど効かない。
ただ、それはかなりの速度で移動しているみたいで、ガサガサと激しく音を立てて移動する何かに言い知れない恐怖を覚える。
「あれは犬…………いえ、狼です!」
すると、僅かに映った影を見た泰三が大声を上げる。
「浩一君、もしかしてあれ全部、狼だったりするんですか?」
「わからない。だけど、さっきまでバラバラだった反応が、いつの間にか俺たちを囲むようにいるのは確かだ」
「そ、それってかなりマズいんじゃ……」
「そうなのか?」
どういうことかわからず首を傾げる俺に、焦った様子の泰三の説明が入る。
「狼は、群れで狩りをする生き物なんです。もし、六匹の群れで襲われたら、僕たち三人ぐらいなんてあっという間に彼等の胃袋に収まってしまいますよ」
「えっ、狼って人を襲って食うのか?」
「襲いますよ。現代、特に日本では絶滅したと言われていますが、昔は地域によっては熊以上に恐れられていたりもしますよ」
「マジか!?」
「マジです。海外の絵本なんかは人間を襲う動物の定番といえば、狼だったりするじゃないですか」
「そういえば……」
そう言われて俺は、童話に出てくる人を襲う動物といえば、赤ずきんでも三匹の子豚でも狼が出てくることを思い出す。
他にも一匹狼という言葉あるように、ソロで活動する狼も存在するようだが、本来の狼は群れで自分の何倍もの大きさの生き物を襲って食べるものらしい。
そんな狼のレクチャーを受けていると、目の前の草むらから一つの影が飛び出してくる。
だが、それは狼なんて生ぬるいものではなかった。
狼に似てはいるが、俺が知る狼よりやや面長の顔、ボルゾイという犬種の犬に似た顔立ちをしているが、目は二つではなく左右二つずつの計四つ、それぞれが紅くギョロリと光りながら周囲をせわしなく動かしている。さらに、唾液を滴り落とす口は、横ではなく縦方向に割れ、中からは見るからに鋭い牙がずらりと並んでいる。
「うげ……」
「な、こいつは狼……なのか?」
「い、いえ、流石に違いますよ」
見たこともないような化物犬の登場に、俺たちは戦慄を覚える。
「と、とにかく落ち着こう……バラバラになるのだけは避けよう」
「…………だな」
「死角が出ないように密着しましょう」
泰三の提案に、俺たちは頷き合って背中合わせになると、それぞれの武器を取り出して構える。
「…………フッ」
「浩一君、どうしました?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
いきなり笑い出したことに対する泰三の疑問に、俺はかぶりを振って何でもない旨を伝える。
笑ってしまった理由は、最初に与えられたナイフとは違う剣の重みに違和感を覚えたことだった。
何故なら、生まれてから昨日まで、武器をもって実際に戦う生活を送って来たわけでもないのに、最初に与えられたナイフから獲物が変わっただけで違和感を覚えてしまうというのは、俺もある意味でこの世界に染まって来たのだろうか。
そうこうしている間にも、俺の正面に立つ化物犬が、俺たちをこの場に釘付けにするかのようにゆったりとした足取りで左右に揺れ動く。
「……どうやら逃がしてくれる気はないようだな」
このまま硬直状態が続けば、他の五匹も加わって数的不利になるのは望ましくないので、俺は勇気を出して一歩前へ進み出る。
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