第46話 現代人の憂鬱
グラディエーター・レジェンズの舞台であった城を出て、本格的に異世界イクスパニアへと飛び出した俺たちだったが、その前途は予想に反して決して順調ではなかった。
地球の太陽と同じように世界を照らしてくれる陽はいつの間にか天辺を超え、おそらく西側へと傾きはじめた頃、俺たちはようやく城から二つ目の丘を越えたところだった。
後ろを振り向けば、随分と小さくなったが俺たちが出てきた城がまだ目視できる。
半日近く歩き続けているが、俺たちが移動できた距離は二十キロにも満たなかった。
まだ目に見える範囲に後方の城以外の人工物が見えないので、俺としては明るいうちに少しでも距離を稼ぎたいと思うのだが、
「はぁ……はぁ……お~い、そろそろ休まないか?」
息も絶え絶えといった様子の雄二から、休憩の提案が入る。
「もう、駄目だ。しんどい……」
俺が何か言う前に雄二は道の脇にあった大きな岩に座り込むと、天を仰いで肩で荒い呼吸を繰り返す。
一部の鎧は脱いだものの、それでも胸当てと手甲、膝下からの具足の鎧と、ハルバードと大盾といった重量が重い装備の数々がある雄二は、俺たちより体力の消費が激しいようで、午前中から何度も休憩の提案をしてきていた。
「十分だけ……十分だけ休んだらまた歩くから……」
「…………わかったよ。泰三、俺たちも休むぞ」
ここで言い争いをしたところで雄二の体力が回復するわけではないので、俺は提案に従って後からやって来る泰三にも休むように伝える。
「………………はい」
口数少なく、幽鬼のような足取りで後からやって来た泰三は、力なく雄二の隣に座り込むと、水の入った革袋を取り出す。
「泰三、辛いのはわかるが、水は舌を濡らす程度にとどめておけよ」
水を飲もうとする泰三を見て、俺は注意を促す。
「次に飲み水を確保できるのはいつかわからないんだ。それが無くなっても俺たちの分を飲ませる余裕はないぞ」
「わかって…………います」
そう言いながらも、喉が渇いて仕方がない様子の泰三は、革袋を煽るようにして水を飲む。
やれやれ、あの様子では数時間で泰三の分の水は無くなってしまうな。そんなことを考えながら俺は立ち止まって目を閉じてアラウンドサーチを使う。
波が広がっていくと、後方、そして左右の遠くにいくつかの反応が現れるが、周辺には何もないことを確認して俺は目を開ける。
城を出てから度々こうしてスキルを使って周囲を警戒しているが、今のところ俺たちの脅威となるような魔物との遭遇はない。
だが、それよりも問題なのは、やはり俺たちの体力の無さだろう。
既に限界を迎えつつある二人ほどではないが、実を言うと俺も決して余裕があるわけではない。
普段の生活での移動は電車が主で、歩くのは駅から家までの距離と、仕事中の机間の移動ぐらいで、休日も近くのスーパーまで歩くのが精々だ。
そんなすっかり歩かない生活に慣れてしまった俺たちにとって、徒歩での長距離の移動、しかも先が全く見えない状況での行軍はかなり辛かった。
「しかしよ、浩一。何だか納得いかねぇと思わないか?」
なるべく全包囲をカバーできるようにと、二人から離れて腰を落ち着けた俺に雄二から声がかかる。
「何がだ?」
「あれだけの強敵を倒したのに、俺たちのレベルが全く上がっていないってことだよ」
「…………は?」
「は? じゃねえよ! 普通ならあれだけの敵を倒したらバーッて一気にレベルが上がって、チートスキルもバンバン覚えて無双英雄爆誕! ってなるのがセオリーだろうが」
「……そんなの漫画やラノベだけの世界の話だよ」
雄二の短絡的な考えを、俺はすぐさま否定する。
当初は俺もそういうパラメータがあるかもしれないと思ったことは否定しないが、この世界にはそういったRPG的な要素は皆無だ。
いくら目を凝らしても自分の体力を示すようなバーや数字などの表示は見えず、相手のパラメータを示すものも同様に見えない。
初めてゴブリンを殺した時も、別に脳内に盛大なファンファーレが流れてパラメータが上がる旨を知らせることはなかったし、それで強くなったという感覚もなかった。
当然ながらサイクロプスを倒した時も同様で、それはつまり、この世界にはRPGの世界でいうところのレベルという概念がないということだ。
ならばキャラクターのレベルや能力は変わらず、装備の強化やスキルの強化だけされていくスキル制と呼ばれるタイプのゲームと同じなのだろうか?
いや、それなら俺と泰三がメイン武器を失って代替品である剣に変えても前と変わらないスキルを使えるのだからその可能性もないだろう。
というより、そういったゲーム的な思考をすること事態が間違いないのだ。
「ああ、もう! だったら俺たちはどうやって強くなればいいんだよ!」
「簡単な話だよ」
雄二の疑問に、俺は簡潔に答えてやる。
「日々鍛錬をし、研鑽を重ねていくことだよ。強くなることに近道なんかないということさ」
「うげぇ、異世界まで来て努力とかマジ勘弁……」
「どの世界でも結局最後は努力だよ。いい加減自覚した方がいいぞ。ここは異世界だが、大部分は俺たちの世界と変わらないってことをな」
「俺はそう言うのが嫌で異世界に来たんだよ!」
「文句ばっか言っても仕方ないだろう。それに、物語のヒーローたちだって、見えないところで努力をしたから無双できる実力をつけたかもしれないだろ?」
「はいはい、悪いが説教ならいらないよ」
そう言うと、雄二はこれ以上話すことはないと押し黙ってしまう。
「…………やれやれ」
余りにも自分勝手な行動な気もするが、雄二は元からこういう奴なので怒る気にもならない。
俺は盛大に肩を竦めてみせると、革袋を取り出して水を一舐めして体を岩に預ける。
今は少しでも回復に努め、日が暮れる前にどうにか人のいるところに辿り着ければいいなと思いながらゆっくりと目を閉じた。
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