第45話 伝説の始まりと終わり

 十分後、俺たちは城門の跳ね橋を渡ったところで三人横一列に並んで立っていた。


「おおっ……」

「これが…………」

「イクスパニアの世界……か」


 それぞれ口にする言葉こそ違うが、きっと俺たちは今、同じ顔をしていた。


 それは、期待と喜びに満ちた顔だ。


 俺たちの前には、緑の絨毯と呼ぶに相応しい見渡す限りの草原が広がっていた。

 草原には土を踏み固めただけの簡素な造りの街道が走り、彼方に見える分かれ道には街の目的地でも書いたと思われる看板のようなものがある。

 分かれ道の片方は途中で途切れてしまっているようだが、もう片方の道は目に見える限りどこまでも続き、いくつもの丘を越えた先にある森と思われる木々の密集した場所に続いていた。


 それは正に、俺たちが思い描く剣と魔法のRPGの世界そのものだった。


 天気も俺たちの門出を祝ってくれているかのように澄み渡った青空が広がり、彼方の上空には、見たこともない赤い派手な怪鳥が「キエエェェ……」と雄叫びを上げながら街道の先にある森の方向へと消えていった。

 やはりというか、城の外にも魔物は存在するようだ。

 だが、俺のスキル、アラウンドサーチを駆使して進めば余計なエンカウントをすることなく安全にあの森を抜けることもできるだろう。


 あの森を抜けた先には、課長の言葉が真実なら待望の街があるはずだ。

 街に辿り着けば、そこには今まで見たこともないような文化や人……もしかしたらエルフやドワーフ、獣人といった俺たち人間とは違う種族の生き物との出会いが待っているのかと思うと心弾まずにはいられなかった。

 既に俺の脳内では、日本を代表するRPGのフィールド曲がメドレーで流れている。

 その曲が竜の冒険の方なのか最後の幻想の方なのかは、個人差があると思うので各々好きな曲を流しておくといいだろう。


「ヘヘッ、いよいよ俺たちの伝説が始まるな」


 懐かしの曲に浸っている俺に、嬉しそうな雄二が話しかけてくる。


「新しい街に行って、難解クエストをクリアして、そこで助けたいい女と出会っていい想いをしようじゃないか」

「気持ちは分かるが、そんなに簡単に行くと思うか?」

「行かなくても行ってやるさ。俺たち三人なら何だってできる。魔王を倒して世界を救うことだって不可能じゃないさ」

「魔王は無理じゃないかな……」


 何処までの楽天的な雄二の発言に、俺は苦笑せずにはいられなかった。


「……まあ、俺としてはそんな奴がいないことを祈るが、雄二のそういうところは嫌いじゃないぜ!」

「だろ? 見てろよ、俺様の伝説がここから始まるぜ」


 雄二は白い歯を見せてサムズアップしてみせると、勇ましく大股で歩きはじめる。


「……やれやれ」

「雄二君は相変わらずですね」


 昨日、サイクロプス相手に散々苦しめられたことすっかり忘れている雄二の単純さに、俺と泰三は顔を見褪せて苦笑する。


「……まあ、雄二のああいうところ、嫌いじゃないけどな」

「ええ、ですが僕としてはああいう荒事は当面控えたいところです」

「全くだ」


 俺が持つスキルは、敵をバッタバッタとなぎ倒すよりは何かを守る方に適しているので、できることなら命を賭けて強敵と戦うより、どこかの牧場で家畜の世話する女の子の手助けをするような、のんびりセカンドライフを満喫したいと思う。

 そんなことを考えながら、俺たちは一足先を行く雄二の後を追いかけた。




 そうして移動を始めて三十分後、


「あ、あの……この鎧、脱いでもいいかな?」


 先頭を行く全身鎧に限界が訪れた。


 こうして雄二の伝説は僅か三十分で終了した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る