第三章 人里を求めて
第44話 新しい朝
――翌日、澄み切った青空の下、城の二階にあるベランダへと出た俺は、凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをする。
「…………ふぅ」
昨晩は、入念にアラウンドサーチを使って近くに敵がいないのを確認した後、城内の比較的綺麗な貴賓室の隅で、なるべく目立たないようにして寝た。
幸いにもこの辺の気候は穏やかで、地べたにそのまま寝ても寒さを感じることもなく、朝までぐっすり休むことができた。
だが、やはり固い床で寝ることに慣れていない影響か、起きた時には体のあちこちからバキバキと小気味のいい音が出るくらいには凝り固まっていた。
「…………今後もまともな環境で寝られる保証は少ないだろうから、何処でも寝られるようにしないとな」
自室の愛用の布団を恋しく思いながら、俺は室内へと戻っていった。
チーズと水だけの軽い朝食を終え、旅支度を終えた俺は二人の親友に話しかける。
「俺の準備は整ったけど、二人はどうだ?」
旅の準備といっても、用意するものなど殆どない。
少し減った一抱えあるチーズと水、そして腰に刺さった一振りの剣だけだ。
本来の武器であるナイフは、二本ともサイクロプスに突き刺してしまって回収できなかったので、今はソードファイターの兄妹、そのどちらかが使っていた剣を拾って装備している。
「ええ、僕も大丈夫です」
俺の声に応えるように力強く頷く泰三の腰にも、俺と同じ剣が刺さっていた。
少し心配だったのだが、ゲームのように職業によって特定の武器しか装備できないということはなかった。さらに、スキルに関しても剣でもランサーのスキルの再現は問題なくできたのは大きかった。
これはゲームではないのだから装備の制限はないのはわかるのだが、どういう理屈で発動しているのかわからないスキルが武器に縛られずに効果が発揮できるのは非常にありがたい。
これなら例え武器を失う事態に陥っても、敵の武器を奪うことで活路を見出すことができるからだ。
「よし、俺の準備もバッチリだぜ」
腰の剣を重さを確かめながらそんなことを考えていると、最後まで入念に準備がをしていたらしい雄二が現れる。
「…………おい」
ガシャガシャと金属音を響かせながら現れた雄二を見て、俺はやってきた頭痛に耐えるように頭を押さえながら言う。
「……言っておくが、今度は手助けしてやらないぞ」
「わかってるって。だけど、これがないと俺の伝説が始まらないから」
くぐもった声でそう言う雄二の姿は、この世界に来て初めて見た時と同じ、頭から足まで金属の鎧で身を包んだ完全武装のナイトの姿だった。
グラディエーター・レジェンズでのナイトは、この姿にハルバードと大盾を持って城内を縦横無尽に駆け回っていた。
だが、それはあくまでゲームのキャラだからできたことであって、何の訓練も受けていない一般人が、総重量数十キロにも及ぶ全身鎧を着て走り回ることなどできるはずがない。
昨日、雄二もそのことを散々痛感したはずなのに、懲りずにまた同じ轍を踏むつもりなのかと思うが、
「もし、今度俺が弱音を吐いたとしても、容赦なく見捨ててもらって構わないから、な?」
当の本人はどうにかなるかと思っているようで、両手を振り回したり、その場で屈伸したりして問題ないとアピールしてくる。
ハッキリ言って途中で音を上げるに決まっていると思うが、今ここでその議論をしても仕方がないので、俺は最後通告としてこれだけは言っておく。
「俺たちも自分のことで手一杯だから、荷物持ちすらできないぞ」
「わかってるって。自分のことは自分でやる。昨日、決めただろ?」
「…………ならいいけど」
この世界で生きていくうえで話し合って決めた簡単なルールを持ち出されては、俺としては何も言うことはない。
「よし、それじゃあ行こう」
思うところはあるが、こうして俺たちは異世界での二日目の冒険をスタートした。
貴賓室を後にした俺たちは、昨日、サイクロプスが現れた城門広場までやって来た。
「さて、いよいよこいつの出番か」
そう言って俺は、ずっしりと重い錆び付いた鍵を取り出す。
これは死んだサイクロプスが腰に吊り下げていた鍵で、ゲームで言うところのドロップアイテムというやつだ。
そして、この城から出るためにサイクロプスを倒さなければならないと言っていた課長の言葉が真実なら、この鍵の意味するところは一つだった。
そして、おあつらえ向きに閉じられた城門の脇に、錠前で塞がれた小屋がある。
錠前の穴に鍵を差し込んで捻ると、ガチャンという音を立てて錠前が外れる。
扉を開けて小屋の中に入ると、そこには俺たちが予想していたものがあった。
それは、いくつもの歯車と何本の鎖で構成された城門の跳ね橋を動かすための装置だった。
中は所狭しと並べられた装置で思ったより狭く、中央にいかにもこれを動かしますという大きなハンドルがあった。
「よかった。思ったより単純な構造のようだな」
「ですね。故障とかしてたら僕たちでは直せないところでした」
俺と泰三は頷き合うと、一メートルほどある円形のハンドルにそれぞれ取り付くと、
「「せーのっ!」」
声を揃えてハンドルを時計回りに回していく。
最初だけ少し抵抗を感じたが、一度回り始めるとハンドルはスムーズに回転し、歯車と鎖が動く音が室内に響く。
そのまま暫くハンドルを回し続けていると、
「おおっ、城門が開いていくぞ!」
外で様子を見ている雄二の興奮した声が聞こえた。
その嬉しそうな声を聞いた俺たちは笑顔で頷き合うと、ハンドルを回す手にラストスパートとばかりに力を込める。
待望の新世界へと至るまでのカウントダウンはもう始まっていた。
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