第36話 敵の背後を突け!

 時間にしたらほんの僅か、おそらく一分か二分あるかないかの時間なのだろうが、この時間は俺にとって永遠にも等しかった。

 だが、その永遠はもうすぐ終わりを告げる。

 何故なら、俺の脳内に映るサイクロプスを示す赤い光点が一階のホールから立ち去ろうとしているのが見えたからだ。


 するとその時、サイクロプスがいる方向から衝突音と、地面を激しく踏み鳴らすような音が聞こえ、地響きで辺りがグラグラと揺れる。

 な、何だ?

 予想外の出来事に戸惑いを覚えるが、赤い光点はまだ一階のホールに残ったままなので、俺は目を開けて状況を直接確認することはしない。

 とにかく、奴が完全にホールから出ていくのを確認するまで、俺はこの場から絶対動かない。


 そう決心して俺は縮めている体をさらに小さくすると同時に、


「――ヒッ!?」


 俺のすぐ右側の壁に何かが激突したような轟音が響き、思わず小さく悲鳴を上げてしまう。

 俺は慌てて自分の口を塞いで、今の声がサイクロプスに聞こえていないことを必死に祈りながら、おそるおそる脳内の赤い光点に注目する。


「………………あれ?」


 気が付けば、赤い光点がつい先程までのゆっくりとした動きから一転して、速い動きとなってどんどん離れていくのが見えた。


「た、助かった……のか?」


 どうやら間一髪のところで命拾いできたようだ。

 俺は「はぁ……」と大きく息を吐いて緊張を解くと、ズルズルと倒れ込むよう無事だった棚に背中を預ける。

 本当ならここで一息つきたいところだが、俺にはまだやらねばならないことがある。


「雄二が体を張ってくれたんだ……次は、俺が返さないとな」


 一番危険な囮役を買って出てくれている雄二の恩に報いるためにも、今度は俺がどうにかしてサイクロプスを倒さなければと思う。

 俺は気合を入れ直すため、自分の頬を大きな音が出ない程度に叩くと、サイクロプスから身を隠してくれた目の前の瓦礫をどけると、周りに注意を配りながらそっと表に出る。


「…………えっ?」


 外に出た俺は、自分の右側を見て唖然とする。

 そこにはサイクロプスの棍棒によって横一文字に引き裂かれた壁と、何故か階段や踊り場などで使われている木製の欄干の破片が突き刺さっていた。

 引き裂かれた壁はともかく、どうして欄干がこんなところに刺さっているのか。その答えは後ろを振り返るとすぐに見つかった。


 二階の踊り場、その一部が不自然に欠けて凹んでいたのだ。

 どうしてあのような一見して何もない場所が凹んでいるのか。

 もし、俺への牽制で物を投げつけるのであれば、このホールにはあちこちに残骸が転がっているのでわざわざ新たに壊して破片を作る必要性はない。

 では何故、サイクロプスはあの欄干を投擲に使ったのか。俺はサイクロプスが残した足跡と、欄干部分を何度か見比べたところで


「……まさか」


 俺はある可能性に気付く。

 もしかしてサイクロプスは、俺が隠れていた棚に注意を払うばかり、あの二階の欄干部分に頭をぶつけてしまったのではないだろうか。

 その理由として、壊れた部分のすぐ真下の床には、まるでサイクロプスが地団駄を踏んだように、その部分だけ激しく破壊された跡が残っていた。

 だが、それが事実だったとしても、状況が好転することはない。

 今のところわかっているのは、あのサイクロプスは、豪快な見た目の割に非常に慎重な性格だということだ。

 そんな慎重さが災いして俺が立てた作戦は、これまで全くといっていいほど機能していない。

 必要以上に慎重を期すサイクロプス相手に、俺は隙を突いて背後から致命傷に至る攻撃を仕掛けなければならないのだ。

 ただでさえ絶望的な状況にも拘わらず、ここにきてさらにハードルが上がったような気がして、俺は思わず肩で大きく溜息を吐く。

 これが自宅でゲームをしている状況であれば、一旦置いて具体的な作戦を練り、後日改めて挑戦するのだが、そんなことが許される状況でないことは重々承知している。


 それでも、


「…………絶対に三人で生き残るんだ」


 俺はこの世界に来る時に自分で立てた誓いを改めて思い直すと、震える足を叱咤してサイクロプスを倒すために動き出す。



 雄二たちと合流することに決めた俺は、何はともあれと、すっかり定番となったアラウンドサーチを使用する。

 サイクロプスの動向は勿論、雄二たちがどのように動いているかを知ることで、俺の今後の行動方針が決まるからだった。


 だが、実を言うと俺はこんな時、雄二たちならどう動くかがある程度わかっていた。


 それは長年の付き合いから来る予測でもあるが、世界が変わっても、ここは俺たちが散々鎬を削ってきたグラディエーター・レジェンズの世界なのだ。

 そうして脳内に映し出された赤い光点を見て、俺はやっぱりだと確信に満ちた様子で頷く。

 赤い光点に反応が三つ、中庭から見つかったのだ。

 雄二たちが中庭にサイクロプスをおびき寄せた理由は、あそこは死角となる遮蔽物が多く、しかも四方にあるベランダから不意打ちを仕掛けることができるからだ。

 これは暗に、雄二たちが中庭でサイクロプスの注意を惹き付けるから、俺に二階のベランダから奴の隙を突いてバックスタブを仕掛けろということだろう。

 多くを語らなくても、最善の作戦を取ることができることが、俺たち三人の一番の強みであるだろう。


 俺は一階のホールから二階へと上がると、左右の通路を見てどちらに進むべきかを考える。


 ここでもし逆を選んでしまってサイクロプスの正面へと出てしまったら全てが台無しになってしまう。

 かといって、サイクロプスの背中に飛び移ることができない方向に出てしまい、反対側に移動し直す前に雄二たちがやられてしまう事態に陥るのは論外である。

 この二択は絶対に間違えることはできない。

 だとすれば、ここは慌てて動かず、どちらにでも対処できるこの場でスキルを使いながら動向を見守るべきだろう。


「大丈夫。サイクロプスを殺すための隙は、雄二たちが必ず作ってくれる」


 俺は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、目を閉じて三つの赤い光点のどれが誰かを見極めながら注意深く伺うことにした。

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