第35話 息が詰まるほどの……

 その後も、サイクロプスは移動しては窓から城内を覗くという行為を繰り返す。


 俺から見て右側の窓を見終えたサイクロプスは、一旦離れて入口を通り過ぎると、今度は俺が潜んでいる左側の窓を順番に見ていく。

 サイクロプスの目的はわからないが、かなり慎重に行動していることだけは確かなようだ。


 そうして順番に窓を覗いていったサイクロプスは、最後の窓を覗いたところで、ピタリと動きを止める。


 そこは俺が扉の脇に置いた棚が唯一見える場所でもあった。


 しかし、いくら見たところでそこからは俺の姿は見えないはずだ。

 そうとわかっていても、まるで全てを見透かされているような感覚に、俺は背中に冷たいものが走るのを自覚する。


 早く諦めろよ。

 そこに俺はいないぞ。


 そんな俺の願いが通じたのか、脳内に映るサイクロプスを示す赤い光点が、壁から離れていくのを見て俺は大きく息を吐く。

 後は入口から入って来るサイクロプスの背後から奇襲を仕掛けて止めを刺す。そう考えて棚から這い出したところで、俺は信じられないものを見る。


 つい先程サイクロプスが立っていた場所から、轟音を響かせながら奴が持っていた棍棒が壁を突き破って城内に入って来たのだ。


「……はぁ?」


 突然の事態に何が起きたのか訳がわからず混乱していると、壁から生えた棍棒が石を砕きながら右へ移動し始める。


「う、うわああああっ!?」


 暴力的な勢いで迫りくる棍棒に、俺は慌ててその場から逃れようと腰を浮かすが、すんでのところで思い留まって慌てて棚の中へと戻る。

 次の瞬間、棚の頭上を棍棒が右から左へと通り抜け、破壊された壁からバラバラと石材が雨となって頭上から容赦なく降り注ぐ。

 だが、マホガニーのようなしっかりとした素材で造られた棚は、降り注ぐ石材にも打ち砕かれることなく、その姿を保ったまま俺の命を守ってくれた。


 正に間一髪だった。崩れ落ちた石材で棚の中に殆ど埋まる形になってしまったが、壁の崩壊という渦中の中にあって怪我一つなかったのは奇跡といえた。

 棍棒の位置が棚より上であることに咄嗟に気付けたからよかったものの、もしあのまま棚から這い出していたら、崩れた石材の下敷きになり、五体無事ではいられなかっただろう。

 俺は僅かに開いた隙間から、こちらを心配そうに見ている雄二に小さく手を振って無事であることを伝える。


 心配そうにこちらを見ていた雄二も、ホッと胸を撫で下ろしたように小さく頷くと、効果が望めないとしても再びハルバードで大盾を叩いてサイクロプスを挑発する。


「オラオラ、こうなったらプランB発動だ。とっととこっちに来やがれ!」


 果たしてプランBとは一体何なのか。詳細を聞いていない俺にとっては何のことだかわからないが、ああして身を挺してサイクロプスを俺から引き剥がそうとしてくれるのは、実にありがたいことだった。



 ――そして、当のサイクロプスとはいうと、


「――っ!?」


 すぐ横から響いた大地を揺るがす振動に、俺は心臓を鷲掴みされかたのようにビクッ、と身を縮こませる。

 目を閉じてスキルを使うまでもない。俺が隠れている棚のすぐ横に奴が来たのだ。


「…………」


 俺は口を手で覆って顔を伏せると、息を殺してサイクロプスが立ち去るのを待つ。


 早く……早くいなくなってくれ。


 俺は必死にそう願うのだが、何故かサイクロプスはゆっくりと、日曜の朝に散歩でもするかのようにゆったりと歩を進める。

 その理由を、俺は顔中に脂汗を浮かべながら察する。


 ………………こっちを、見ている。


 顔を上げてはいけない。奴の顔を見たら、俺がここにいるとバレてしまうだろう。

 確信があるわけではない。だが、俺のゲームで培った相手の裏を読む思考回路が全力で警告している。

 おそらくサイクロプスは、俺が今にも痺れを切らして、棚から飛び出してくるのを待っているのだろう。

 直接、棚をどけて確認しないのは圧倒的勝者の余裕なのか、それとも何もなかった時に気恥ずかしいきもちがあるのか、もしくは確認をしている最中に後方から攻撃されるのを嫌っているのか。

 正直言って、理由は何でもいいから早くここからいなくなってくれと思う。

 大丈夫。レンジャーの第一スキルであり、パッシブスキル……つまりは常時発動し続ける能力である隠密性の向上があれば、この場から動かなければそう簡単に見つかることはない………………はずだ。


 俺は自分が棚の一部であると言い聞かせながら、指の先はおろか、髪の毛の一本も動かさないように気を張り続ける。

 そんな極限状況に追い込まれている中、サイクロプスが一歩動いて地響きが聞こえる度に俺は寿命が削られる思いに駆られる。

 胸の動悸は、今にも口から心臓が飛び出してしまうかと思うほど早く、強く打ち、その音ですら奴に気付かれてしまうかと思うほどだった。

 もし、俺にスタンド能力があったならば、俺は迷わず心臓を鷲掴みしていただろう。

 この激しく脈打つ動悸を抑えさえすれば、奴は速やかにここから立ち去るだろうから……。

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