第27話 外の世界から来る者

 その後も課長……というよりソードファイターの兄妹は、俺たちを圧倒してみせた目にも止まらぬ速さで動くスキルを存分に使って、城にいるゴブリンたちを次々と屠っていった。


 俺たちはアラウンドサーチを駆使して課長たちの位置をサーチし、十分な距離を取って尾行を続けた。

 尤も、スキルを使わなくても課長たちが通った後にはゴブリンの死体が山となって残されていたので、何処に向かったのかは一目瞭然だった。


「……それにしても」


 俺はもう何度目になるかわからない、体を両断されたゴブリンの死体から出てきた体液を踏まないように避けながら鼻を摘む。


「ゲームだとわからないけど、生物って死ぬとこんなにも酷い臭いがするんだな」

「……そうですね。特に内臓が斬られていると、中から強烈な悪臭がしますよね」


 見た目が醜悪なゴブリンの死体だから特別臭うのではなく、おそらく俺たちが同じような目に遭ったとしても、かなりの臭いを放つのだろう。

 動物を解体する時に、内臓を傷付けてはいけないという話を何処かで聞いたことがあったが、その理由をこうして身をもって理解した。

 但し、内臓が傷付けられていないから臭わないかというとそんなことはなく、首が斬られて絶命している死体から溢れ出た血液からも、鉄が混じったような生臭いような独特の臭いが鼻につき、大きく深呼吸をしようものならそれだけでむせ返ってしまいそうだった。


「……しかし、そうなるとRPGの倒した敵が消える演出は、結構理に適っているんだな」

「ですね。実際に倒した敵の死体全てがその場に残るとなると、世界を救う頃には、倒した敵の死体で一山できてしまいそうですものね」

「……だな。俺、どんなゲームでもレベルカンストまで上げちゃうタイプだから、とんでもないことになるな」

「わかります。僕もレベル上げした後、サブイベント全てこなしてからじゃないとラスボスに行かないんですよね」

「わかるわかる。時々、隠しボス倒したら満足して、ラスボス倒すの忘れたりするんだよな……」

「そういう時って、大体他のゲームに目移りしちゃってるんですよね」

「あるある、そういや死体と言えば……」


 その後も俺と泰三は、かつてやったゲームの話について盛り上がっていると。


「お前たち……死体の話からよくそんだけ盛り上がれるな」


 青い顔をした雄二がうんざりしたような顔で文句を言ってくる。


「これ以上、死体の話は頼むからやめてくれ。さっきの惨劇を思い出しちまう」


 そう言って雄二は、込み上げてきた吐き気を我慢するように口元を押さえる。

 雄二が言うさっきの惨劇とは、隠し部屋を出て城の一階へと下り、中庭へと抜ける通路の途中にあった一部屋を、雄二が何の気なしに覗き込んでしまったことだ。

 室内にはゴブリンの死体が十数体、折り重なるように積み上げられ、死体の一部が腐敗して鼻がひん曲がるほどの酷い悪臭を放ち、室内は死体に群がる蝿と蛆虫で溢れて、窓が黒い塊で埋め尽くされていたという。

 その部屋の異様さに気付いた雄二の迅速な判断によって、蠅共が室内から出てくることは免れたが、凄惨な現場を見てしまった雄二は、すっかり意気消沈してしまったのだった。


「現実はゲームなんかとは比べものにならないぞ……お前たちも、アレを見たら俺の言っていることがわかる」


 そうとだけ告げると、雄二は肩を落として俺たちを置いて一人で先に行ってしまう。


「…………」

「…………」


 雄二の哀愁漂う背中に、俺たちはかける言葉がなかった。

 普段からホラーゲームや、過激な演出のゲームを多々やっている血の気の多い雄二がこれだけ気落ちしてしまうのだがら雄二が見たという部屋の中は、筆舌に尽くしがたい酷い有り様だったのだろう。

 今はあの一部屋で済んでいる惨状も、時間が経てばどんどん各地へと広がっていき、この城全体に死体が原因の疫病が発症する恐れもある。

 どちらにしても、俺たちに残された時間はそう多くないかもしれない。


「…………一刻も早くこの城から出ないとな」

「そうですね。戸上君にもいつもの調子に戻ってもらわないといけませんからね」


 俺と泰三は頷き合うと、気を引き締めて雄二の後に続いた。




 俺たちが尾行しているとは知らず、課長たち……いや、ソードファイターの兄妹たちは城のゴブリンたちを次々と斬り伏せていった。

 その強さは正に一騎当千、俺たちが夢見た無数の敵に対してチートスキルを使って無双するということを体現しながら前へ進んだ。

 現れるゴブリンたちも、まるで課長たちの行方を遮るように各所から現れて次々と三人に襲いかかるが、二人のソードファイターたちによって物言わぬ死体へと変えられていった。


 そうして三人は、死体の山を築きながら城の入口である城門近くの広場までやって来た。


 色とりどりのレンガで地面に幾何学模様が描かれた広場の奥には、石で造られた巨大な城門が見える。高さは十メートル以上、外へと通じる扉は一見すると木製のように見えるが、あの板の裏は繋ぎ目のない一枚の鋼鉄製の扉となっているはずで、泰三のディメンションスラストのように、理を無視するような技を用いない限り打ち破ることはできないだろう。


 だが、あの扉を壊すスキルがあったとしても、それを行うのは得策ではない。


 何故ならあの扉は、開くと対岸へと渡る跳ね橋も兼ねている。つまり、高さ十メートル近くの扉ということは、扉を抜けた先、対岸まで十メートルあるということだ。

 といってもそれはゲームの設定上でそうなっていると明記されていただけで、実際にゲーム内ではあの扉が開いていたことはなく、あの向こう側に何があるのかを知っている者はいない。

 城門から連なり、敷地をぐるりと囲むように建てられた城壁も目を見張るほど高く、何処かから城壁によじ登ることもできそうにないので、外に出るにはあの城門を抜ける以外になさそうだった。


「…………ん?」


 課長たちが広場の中央に進んだところで止まったのを確認して、俺たちも立ち止まり、近くの茂みに身を隠す。


「何だ……あそこに何があるのか?」


 何もないところで急に立ち止まる課長たちに、雄二が怪訝そうに眉を顰める。


「浩一、近くに誰かの反応があったりするか?」

「……やってみる」


 俺は目を閉じると、一つ深呼吸をしてアラウンドサーチを発動する。

 自分を中心に広がっていく波を見ながら、俺は深く集中するように努める。

 これまで何度かアラウンドサーチを使って分かったのだが、この力は俺が目を閉じている間だけずっと発動し続け、効果範囲もどんどん広がっていく。

 ただ、距離が離れるにつれて波が広がっていく速度も遅くなっていくので、この城全体をサーチしようとしたら、一体どれだけの時間がかかるのだろうか。


 そんなことを考えながら広がる波に意識を集中させていると、


「…………何か、来る!?」


 脳内にこちらへとやって来る赤い光点が見え、俺は思わず目を開けそうになるが、すんでのところで思い留まって新たに見えた赤い光点に意識を集中させながら二人に光点が見えた場所を伝える。


「外だ……城門の外から何かがやって来るぞ」

「マジか!?」

「そ、それって城の外から来るってことですよね?」


 俺の言葉に、二人の声も興奮したようにトーンが上がる。

 城の外からやって来るということは、グラディエーター・レジェンズの世界しか知らない俺たちからしたら、未知の領域からやって来た者ということになる。

 当然なのかもしれないが、城の外にも世界が広がっている。これは、リスクを冒して異世界へとやって来た俺たちにとって、これ以上ない朗報であった。


 ただ、こちらにやって来る赤い光点だけでは相手がどんな存在なのかはわからないが、先程の課長たちの言葉が真実であるならば、これからやって来る存在が味方である可能性はかなり低いと思われた。


「出てくるのはおそらく…………」


 俺は呟きながら目を開けると、赤い光点が現れた城壁の上を見る。

 そこには逆光の中、こちらを見下ろすように悠然と立つ人影があった。

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