第28話 BOSSモンスター

「……あれ?」


 逆光なので姿はよく見えないのだが、俺は現れた人影に何か違和感を覚える。

 何に違和感を覚えているのかはすぐには出て来ないのだが、あの人影は何かが普通とは違った。

 すると、


「あの人影…………」


 何かに気付いた泰三が首を傾げながら話す。


「気のせいかもしれないのですが、何だか大きくないですか?」

「それだ。俺もなんか変だと思ったけど間違いない」


 泰三の言葉に、雄二も同意する。


「よく見てみろ。下にいるあいつ等より遠くにいるはずのあっちの奴の方が大きいんだ」

「……確かに」


 そう言われて見ると、広場の真ん中に陣取っている課長たちよりも、遠くにいるはずの人影の方が確かに大きく見える。

 いや、実際に大きいのかもしれない。

 それが事実だとすれば、あの人影は三メートル近くもあるとんでもない巨大な存在となってしまうのだが……、


「と、飛んだ!?」


 そんなことを考えていると、人影に動きがあったのか、雄二の鋭い声が飛ぶ。

 声に反応して顔を上げると、人影が城壁の上から飛び上がるのが見えた。


「んなっ!?」


 十メートルという高さをものともせず、その身を虚空へと躍らせるという自殺行為としか思えない行動に俺は目を見開く。

 あの人影が俺たちより大きいのであるならば、質量もそれだけ重いということだ。

 優に数百キロはあると思われる巨体が十メートルもの高さから落下して、果たして無事で済むのだろうか。


 そんな俺の心配をよそに、人影は重力に逆らうことなくとんでもない地響きと、砂埃を舞い上げながら地面へと着地した。



「わぷっ……」


 舞い上がった砂埃が着地の衝撃波と共にやって来て、俺たちは堪らず顔を手で覆う。


「……おいおい、まさかこれで死んだとかないよな?」

「それは流石に……」


 ないと思う。と口にしたいところだが、普通の人間であれば、あの高さから落ちて無事に済むはずがない。

 グラディエーター・レジェンズでは、VRゴーグルを使ってプレイしていたこともあり、高所からの落下イコール死亡という判定になっていた。

 その理由として実際に落下する場面を、ゴーグルを通じて見た人が発狂して病院に運ばれたとか、逆に慣れ過ぎて、日常生活において高所から飛び降りる人がいたとかで、安全を考慮してそういう仕様になっているらしい。

 確かに俺も会社を辞めて一日何十時間もゲームをしていた時、買い物に出かけた先で現実とゲームを混同して、曲がり角でいきなり出くわした人に斬りかかりそうになったこともあった。


 そんなことにはならないと思う人は多いだろう……実のところ俺もそう思う口の一人だった。

 だが、ふとした時、ちょっとした気の緩みが原因で絶対に起こり得ないことが起きてしまうのが人生というものである。

 こればかりは実際に経験してみないとわからないと思うが、間違っても最初の一歩を踏み出してしまわないように常日頃から気を引き締めていきたいものである。

 高所から飛び降りるなんて行為、間違ってやってしまったら、その時点で人生の幕を引く羽目になってしまうからな。


 つまり何か言いたいかというと「人は高いところから落ちると死ぬ」ということだ。


「…………やっぱり、死んだかもな」


 色々と考察した結果、現れた謎の人影は死んだ。

 そう結論付けようとするが、


「あっ……」


 ようやく砂煙が晴れて、状況が露わになると思われた。


 次の瞬間、


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!」

「――っ!?」


 突如として響いた地獄の底から響いてきたような雄叫びに、俺たちは揃って身を竦める。


「…………」


 まさかと思いつつも、俺はおそるおそる人影が落下した場所に目を向ける。

 すると、調度よく砂埃が晴れて、人影の全容が露わになっていた。


「な、何ですか。あれ……」

「か、完全に化物じゃねぇか……」


 人影の姿を見た雄二たちも、その醜悪な姿に思わず顔を青くさせる。

 そこには、肌が青く全身を筋肉と鉄の鎧で包んだ身長は優に三メートル以上ある一つ目の怪物が、先程の落下をものともせずに悠然と立っていた。

 腕周りだけでも巨木の丸太並みの太さがあり、さらに手にした木製の棍棒で殴られたら、霊薬エリクサーを使う間もなく肉塊と化してしまうだろう。

 見た目だけでも何とも恐ろしい、ゴブリンを遥かに上回る化物だったが、あの出で立ちには見覚えがあった俺は、今にも飛び出しそうな心臓を押さえながらその名を告げる。


「あれは……サイクロプスだろうな」

「サイクロプス?」

「聞いたことないか? 一つ目の怪物だよ」


 サイクロプス――元々はギリシャ神話に登場する卓越した鍛冶の技術を持った一つ目の巨人の呼称。元々はキュクロープスと呼ばれていたものを、英語読みにしたのがサイクロプスと言われている。

 これをベースとして世界中で様々なサイクロプスが誕生しているが、そのどれもが一つ目の巨人で表現されている。


「ああ、わかったわ……そういや、海の向こうにはそんな名前のヒーローもいたな」


 俺から説明を聞いて雄二は納得したように頷く。


「それで、あいつが噂のボスなのかな?」

「間違いないな。見てみろ」


 そう言って俺は、サイクロプスの腰部分を指差す。


「腰に鍵と思しきものを吊り下げているだろう。あいつは、あの鍵を守っている門番ってところだろ」

「なるほど……確かにそう言われれば、クエストとしては申し分ないな」


 雄二は深く頷くと、現れたサイクロプスに対して何やら兄弟に偉そうに命令を出している課長を見ながら話す。


「それで、あの三人はサイクロプスに勝てる見込みはあるのか?」

「……わからない。でも、その心配はなさそうだぞ」

「その心は?」

「あの兄妹が余裕そうだからさ」


 俺の視線の先では、課長の命令に対して鬱陶しそうにしながらも、悠然と剣を構える兄妹が映っていた。

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