第26話 余裕の理由
異世界に来ても相変わらずのハゲ頭にチョビ髭姿の課長は、ナイトという職業のはずなのに、盾以外の装備は一切装備していないという常軌を逸しているとしか思えない格好をしていた。
「一時はどうなるかと思ったが、やはりお前たちを雇ったのは正解だったな」
そう言って課長は、二人のソードファイターたちに笑いかける。
「異世界に来ていきなり化物共に襲われた時には驚いたが、お前たちがいたお蔭でこの三日間を問題なく生き延びられたのは大きかったぞ。全く、高い金を払った甲斐があったものだ」
「まあな、こっちはこれで食ってるからな」
課長の言葉にソードファイターの一人、課長と一緒に行動していた長身の青年が犬歯を剥き出しにして獰猛に笑う。
「まあ、こっちも向こうの生活に嫌気が指していたところだ。オッサンの話は、俺たちにとって正に渡りに船だったわけだ……レイナもそう思うだろ?」
「うん、ここなら好きなだけ殺せるから嬉しい……」
青年からの呼びかけに、レイナと呼ばれた少女は無邪気な笑顔で恐ろしいことを言う。
だが、すぐに年相応の顔になると、お腹を押さえて悲しそうに目を伏せる。
「でも、マサキ兄ちゃん、いい加減お腹が空いたよ……」
「そうだな。この三日間、残された保存食でどうにか食いつないできたけど、そろそろまともなものが食べたいな」
「あいつ等、ボクのチーズ持っていなかった……
「それはお前が調子に乗って鞄を取り落としたのが悪い。どっかに落ちてるのを見つけたら拾ってやるからそれまでは我慢しろ」
「うう……腹ペコだと力が出ない」
「まあまあ、心配するな。それももうすぐ終わる」
空腹で今にも泣きそうになっているレイナの頭を撫でながら、課長が何処か確信めいた表情で頷く。
「この城を出て街道を進んだところに、冒険者ギルドがある大きな街があると聞いている。そこまで行けば、我々を自由騎士として迎え入れてくれるはずだぞ」
「本当かよ」
「本当だ。な~に、全て私に任せておけ。こう見えても私は優秀だからな」
課長は大袈裟に胸を張ると「ガハハハッ」と笑って見せる。
「……誰が優秀だって?」
大声で話す課長の言葉に、泰三が吐き捨てるように言う。
「お前みたいなクズがいるから、本当に優秀な人間が報われないんだよ」
「……泰三、気持ちは分かるが大きな声は出すなよ」
今にも課長に向かってディメンションスラストを繰り出しそうな剣呑な様子の泰三に、俺は抑えるように指示を出す。
「それより聞いたか?」
「ああ、この城を出て街道を進んだ先に街があるみたいだな」
「それもありますが、この城を出るためには、ザコを蹴散らしてボスを倒す必要があるらしいですね」
「そうみたいだな」
雄二だけでなく、泰三もなんだかんだで課長の言葉をきちんと聞いていたようだ。
「だけど、問題はそれだけじゃないぞ」
この先の情報を聞けたのは大きかったが、課長の言葉にはそれ以上に気になることがあった。
「どうして課長はこの世界の地理や、城から出る方法なんか知ってるんだ?」
「あっ!?」
「確かに……」
俺の言葉に二人がハッ、と顔を上げる。
俺たちより先にこの世界へとやって来て無念の死を遂げたプロゲーマーの王牙は、グラディエーター・レジェンズの製作者の一人であり、この世界から元の世界へと帰還した者からこの世界について聞いたという。
だが、彼等はこの城が既に異形のモンスターたちに滅ぼされていることは知らず、具体的な対策を取ることができずに死んでしまった。
対する課長は、この城が既に陥落していることだけでなく、どうやって対処すればいいのかまで知っていた。
「でも、どうして元課長はそんなことを知っていたのでしょう?」
あくまで課長に〝元〟をつけることにこだわる泰三が光彩を失った目で淡々と喋る。
「開発者から話を聞いたと思われるスパルタクスの人たちですら知らなかった情報を知っている。そんなことがあの無能に可能なんでしょうか?」
「……泰三、お前あのハゲについてはやたらと厳しいな」
今まで見たことのない暗い表情を見せる泰三に、雄二は思わず一歩後退りする。
そう言う雄二も、全く知らない課長に対して堂々とハゲ呼ばわりしている時点で、大概だと思うが、確かに泰三の言うことも一理ある。
正直なところわからないことだらけではあるが、一つだけ確かなことがある。
もたらされた情報源に不安は残るが、この機を逃す手はない。ということだ。
「雄二、泰三……ちょっといいか?」
「おう」
「なんでしょう?」
小窓から顔を離し、こちらを向く二人に俺は今後の方針を打ち明ける。
「怖くてしょうがないが、今すぐここから出ないか?」
「えっ……」
「……マジか?」
その言葉に、二人の表情が凍り付く。
だが、俺は強張る二人に、その結論に至った理由を話す。
「いいか? このままここにいたところで間違いなくジリ貧になるだけだ。あいつ等も言っていたが、特に食糧問題は深刻だ」
現在手元には、レイナが落としたと思われる鞄の中に入っていたチーズの破片……ゴブリンに少し食われ、ネズミに分け与えた残りがあるだけだ。
幸いにもこの世界に来る前にある程度は胃を満たしてきたので、当面の間は食事の心配はしなくてもいいだろうが、これから先、どれだけの食料を見つけられるかは未知数だ。
「腹が減った状況で敵と戦うことになっても、満足に力を発揮できるとは思えない。そこの死体のようになる前に、手を打つべきだと思わないか?」
それに、
「今は課長……というより、この状況で平然と化物たちを斬り伏せているソードファイターの兄妹がいるだろ?」
「――っ、そうか!」
「その手がありますね」
俺の意図に気付いた二人が、パッ、と表情を輝かせる。
そう。この城を出るためにはボスを倒さなければならないらしいが、それは別に俺たちが倒す必要はない。
俺たちより数日早く来ただけで、この世界に見事に順応している彼等の力があれば、まだ見ぬボスとやらを倒すのも不可能ではないだろう。
そして、彼等が無事に城から出ていくのを見守った後で、俺たちは悠然とその後に続けばいい。というわけだ。
「ただ、課長に見つかると厄介なことになるのは必至だから、極力離れて戦況を見守ろうと思う」
「異議なし」
「万が一、共闘を申し込まれでもしたら面倒ですしね」
俺の意見に二人もすんなり頷いてくれる。
こうして俺たちは隠し部屋から外へ出て、課長たちの後を尾行することにした。
卑怯者と罵りたいなら罵るがいい。
命がかかったこの状況で、真っ当なロールプレイングをしようなんて考えはさらさらなかった。
今の俺は三人揃って一日でも長く生き延び、無事に元の世界に戻ることだけを考えていた。
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