第3話 後一戦……
「だあああぁぁっ! クソッ、あと少しだったじゃないか!」
ヘッドフォンの向こう側から聞こえてきた絶叫に、俺は堪らず顔をしかめる。
「もう、殆ど俺たちの勝ちだったじゃないか! それなのに、こんな負け方ってありかよ!」
「……そうですね。今の結果には、僕も不満があります」
雄二の意見に賛同するような泰三の声に、俺は目の前に浮かぶリザルト画面を見る。
そこには俺たちを倒して一位になった者たちを称える文言と、歓喜するキャラクターたち。そして、彼等がどれだけの敵を屠ってきたかが示されていた。
その数は三……つまり、俺と泰三、そして雄二だ。
そうなのだ。九十九人が一斉に戦うバトルフィールドにおいて、最後まで何もせず、ひたすら隠れてやり過ごし、残りチームが自分ともう一つになったところで、後ろから強襲してチャンピオンをかっさらう所謂、漁夫の利作戦に俺たちはまんまとやられたのだった。
これだけ聞けば、漁夫の利を狙うのがこのゲームの必勝法と思うかもしれないが、そう簡単な話ではない。
何故ならこのゲームには、撃破ボーナスというものがあり、五人倒す毎にキルボーナスで職業毎のスキルがアンロックされていくのだ。
この恩恵は大きく、俺のレンジャーで言えば、一段階目で隠密性が向上して足音が殆どしなくなり、二段階目でバックスタブ成功時の攻撃が防御無視の確殺攻撃になるという破格の性能だ。
この上にまだ二つのスキルがロックされているのだが、残念ながら俺はまだこの二つを解放したことがない。
撃破ボーナスはスキル以外にも、チームキルボーナスで装備ランクが向上し、この恩恵も馬鹿にはできない。
三十三チームの内、十チームを倒して最高ランクの武器防具を序盤に手に入れられてしまうと、最低ランクの装備しか持っていないプレイヤーでは、相手の装備を前に正面からの攻撃は殆ど通らないほどの差が出る。
今回、俺たちは最後までに六チーム倒してきていた。装備ランクは中盤だが、一チームも倒していない相手では、真正面から戦えば手も足も出ないはずだった。
だが、相手はチームの編成を全てレンジャーで組み、さらに俺たちが最後まで鎬を削った敵をようやく倒し、回復しようとする隙を狙って仕掛けてきたのだ。
最初に
ギリギリの勝利を掴み、俺たちが油断した僅かな隙を逃さず、全員の背後を同時に取った相手を褒めるべきなのだろうが、数字だけ見れば楽して勝ったのは事実なので、俺も気持ちは二人と同じだった。
「勝ちたかったな……」
「本当にな……」
「ですね」
俺の呟きに、二人からも同意する声が上がる。
あと少しで掴めそうだったチームでの初勝利。それが直前でするりと抜け落ちてしまった喪失感に、俺は「ふぅ」と溜息を吐いてVRゴーグルを外して時計を見る。
「……あっ、もうこんな時間か」
かなり夢中になっていて気付かなかったが、時刻は既に夜中の三時を回っていた。
今日も初勝利を飾ることはできなかったが、これ以上は明日の仕事に支障をきたすので、今日のところはこれくらいでお開きとするべきだろう。
「二人とも、三時過ぎたし、そろそろ終わりにして寝ないか?」
「あ~そうだな。俺は昼からの仕事だけど、二人は朝早いんだろ? これぐらいが潮時だな……ふわぁ……俺も眠いからそろそろ限界だわ」
俺の提案に、既に眠そうな雄二はすぐさま賛同してくれる。
しかし、
「後、一戦……後、一戦だけやりませんか?」
今の結果に不満が残るのか、泰三から待ったがかかる。
「さっきの感覚を忘れないうちにもう一戦すれば、今度こそ勝てるような気がするんです。だから、お願いです」
「う~ん」
泰三の言いたいことは重々わかるのだが、俺個人の経験から言うと、同じような幸運は続かない。いい勝負をした次に限ってグダグダな結果に終わり、もう一戦、もう一戦と納得いく結果を得ることができず、結果としてあの時止めればよかったと後悔するものだ。
それに、全体二位という過去最高の結果を出せた満足感で、集中力も切れてしまった。さらに言えば口にこそ出してないものの、俺も雄二と一緒でさっきから眠くて仕方がないのだ。
そういった諸々の事情から、俺は泰三にこの日は切り上げることを提案する。
「なあ、泰三。せっかくそれなりの結果が出たんだから、もう、この辺にしないか?」
「そんな!? 今日はとことん付き合ってくれるって言ったじゃないですか!」
「そうだけどさ……今日も仕事あるんだし、仕事が終わって夜にまた集まればいいだろ。俺も雄二も他に用事があるわけじゃないから、続きは明日じゃ駄目か?」
「お~い、俺の意見は無視かよ。まあ、特に用事はないから、遊べるけどさ」
だから今日はもう切り上げて続きは明日にしよう。暗にそう泰三に伝えたつもりだった。
だが、
「お願いします。お願いだから、あと一回だけ……」
ここまで言われても、泰三は引くことなく「あと一回だけ」と繰り返す。
「おい、泰三。いい加減にしろよ……」
我儘を言い続ける泰三に、雄二が静かな怒りを露わにする。
「俺も浩一も眠いんだって。これ以上やっても、さっき以上の結果は出せないってことぐらい、空気を呼んでくれよな」
「戸上君は部外者なんですから黙っていて下さい。これは僕と橋倉君との約束なんです」
「何だと!?」
「おい、泰三言い過ぎだ」
このままでは険悪な空気のまま別れることになりそうなので、俺は慌てて二人を取り成す。
「それに雄二も、すぐそうやってキレるなよ。後で後悔するのはお前だろ?」
「…………」
「…………」
だが、険悪な雰囲気は変わらず、二人は揃って黙ってしまう。
……やれやれ、ここはどうにか折衷案を出して穏便に事態を収縮させるべきだな。そう思った俺は、事の発端となった泰三の説得から始める。
「泰三、あと一回やったとしても、勝てる保証はないんだぞ? もしかしたら、いきなり相手と鉢合わせて数秒で負けるかもしれない。それでもいいんだな?」
「――っ、はい。それで十分です」
「オッケー、じゃあ、次をラストにしよう」
泰三から納得のいく答えを引き出した俺は、続いて雄二に確認する。
「……というわけだ。雄二もいいな?」
「わぁったよ。どんな結果になっても、知らないからな」
雄二は呆れたように嘆息しながらも、結局は付き合ってくれるのであった。
「よし、それじゃあ文句なしの泣きの一戦、いってみようか……」
俺は気合を入れるように声を上げると、画面の中のエントリーボタンを押して、再びグラディエーター・レジェンズの世界へと旅立った。
こうして泣きの一戦を行った俺たちだが、結果は散々たるものだった。
開始してものの数秒で接敵し、目の前の敵をどうにか倒したものの、回復する間もなくすぐさま次の敵と鉢合わせて、抵抗する間もなくやられてしまった。
俺の予期した通り後味の悪い結果となってしまったが、約束は約束。俺たちはまた夜に集まる約束をして、その日はお開きになった。
ただ、最後に泰三が、
「ゲームの世界が僕たちの現実だったらいいのに……」
何の気になしにそう呟いた一言が、まさかあんな事態を招く引き金になるとは、この時の俺は思いもしなかった。
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