第3話 一人称からママレード色
床で寝ていた猫が顔を上げた。
また人間が変なことを言っているなとでも思っていそうな顔である。
いや、ちょっと待ってくれ、という声が聞こえてきそうだ。
この部屋の中には男と女の二人しかいなかったはずではないか、と。
確認してみよう。
ここでわざわざ過去に戻って確認しなくてもいいように、その箇所が再掲されるようだ。この文章を書いている人物はなかなか優しい性格なのではないかと推察できる。
ちなみに、神の視点を排除しようとしている以上、語り手が作者であってはならない。神の視点とはすなわち作者の視点であるからだ。
それならば、この語り手は誰なのかという疑問が当然出てくるであろうが、この語り手は誰でもない。しいて言うならば、ただの「視点」である。部屋の中を映しているカメラのようなものだと思っていただきたい。
——以下引用——
誤解のないように明言しておこう。一つの椅子に一人だ。つまり、部屋の中にいるのは、男が一人、女が一人の計二人である。その二人以外には、部屋の中には他の人間は誰もいない。
——引用終わり——
確かに書かれている。二人以外には誰もいない、と。
しかし、よく見ていただきたい。他の「人間は」誰もいないのである。
人間以外の生き物がいないとは書かれていない。
そして、わざわざ「人間」と種族を限定している以上、ここには何かあるはずだとミステリー好きならば思わず推理してしまうところである。
極論を言えば、人間以外の生き物はいない、とは書かれていないのだから、猫に限らず、人間以外の生き物はいくらでもいていいのである。
殺風景な部屋だと書かれていたが、部屋の広さに関しては何も書かれていないのだから、部屋の中にキリンがいたっていいではないか。
話を戻そう。
猫は顔を上げた。
そして、猫は思った。
この部屋の中にいる、一番大きくて、一番首の長いこの生き物は、いったい何者であろうか、と。
さて、猫から視点を戻そう。
猫が見ていた生き物、それは馬である。キリンではない。
しかしながら、馬のことは忘れていただきたい。
猫は馬に興味を惹かれているようであるが、この馬はただそこにいるだけであり、この小説において馬は一切関係がない。
それでは、話を進めるためにテーブルを挟む男女へと視線を向けよう。
男はティッシュ・ペーパーを一枚、テーブルの上に広げた。
このティッシュは薄い一枚の紙が二枚重なって、それが一組となっている。
したがって、男が広げたティッシュは、正確には二枚である。
しかしながら、一般的なティッシュの数え方を鑑みれば、これを一枚と表記して差し支えないであろう。
このティッシュはどこにあったのであろうか。
テーブルの上にあったものを思い出していただきたい。
紅茶の入ったティーカップが二つと、クッキーの盛られていたお皿があった。
どこにもティッシュがあったとは書かれていない。しかし、カップとお皿以外のものがないとも書かれてはいない。
仮にボックスティッシュのように大きくて目に留まりやすいものであったとしても、そこにあるからという理由のみによって、それを書かなければならないという決まりはない。何を書くか、何を書かないかは、その文章を書く者の裁量に委ねられている。
お皿からこぼれてテーブルの上に落ちたクッキーを、男は広げたティッシュの上に移していく。
一枚、二枚、三枚、四枚、五枚。
ここで数えられているのはティッシュではない。クッキーである。
クッキーを載せたティッシュを、男は自分の手元へと引き寄せた。
男はクッキーの載ったお皿を女のほうへと僅かに押した。
男はポケットティッシュをそれがもともとあった場所に、つまりは男のズボンのポケットに、しまい込んだ。
男の行動は、テーブルの上に落ちたクッキーは自分(男)が食べるから、君(女)はお皿の上のクッキーを食べてね、という意図をもったものであろうと推測することができる。
そのことから、この男は親切で優しい性格なのだろうと推察されうる。
このように、客観的な視点において、登場人物の性格や心理を描くには、その人物の動きや言葉として外面に表れたものから、その人物の内面が推し量られる必要がある。その人物に視点を置かないかぎり、その人物の内面には触れられないのであるから、必然的にそうせざるをえない。
わかりやすく言えば、映画を観ているようなものであろう。
映画に出てくる登場人物の心理は直接には語られない。しかしながら、その人物の仕草や表情から、その人物がどのような心理状態なのか、あるいはどのような性格なのかを推測することはできる。つまり、映画を観ている者が、登場人物の言動から、その人物の性格や心理を想像するのである。
話を戻そう。
女は顔をしかめていた。
もしかしたら、足の指がしもやけで痒いのかもしれないが、文脈から考えるに、男の行為に不満があるのではなかろうか。
男の手元にはティッシュの上にクッキーが五枚。
女のほうに差し出されたお皿の上にはクッキーが三枚。
なるほど。女が顔をしかめるのも頷ける。
このように、登場人物の内面に直接触れずとも、その心理を推し量ることは可能であり、純粋な客観視点であるならば、推し量ることでしか登場人物の内面を表現することはできない。ある状況、ある言動から読者に読み取ってもらうしかないのである。
さて、話を戻そう。
猫は女の足元を見ていた。
女の両足がもぞもぞとつま先を中心に交互に踏み交わされている。
猫にとっては、なんとも興味をそそる動きであろう。
猫の尻尾がぴょこんぴょこんと跳ねた。
女の足元に獲物がいるように、猫には見えるのかもしれない。
猫の視点から女の顔を見上げれば、女は顔をしかめていた。
なるほど、と猫は思った。
しもやけが痒いのだな、と。
猫は人間のことを知っている、と人間が想像するその度合いをはるかに超えて、猫は人間のことを知っている。
しかしながら、人間のしもやけのことを猫がどれほど知っているのかは議論の余地がありそうだ。
言い忘れていたかもしれないが、この小説の主人公は猫である。
この小説を書いている人物に目を向ければ、どうやら書き忘れていたわけではなく、たった今思いついたようだ。
そうだ、猫を主人公にしよう、と。
プロットもなければ設定もない。いいかげんなものである。
テーブルの上から美味しそうな匂いが床まで漂い降りていたことに、猫は気がついていた。
おそらくこれは、と猫は思う。
自分の好きなバターとミルクとシュガーの匂いではないか、と。
猫は座ったまま身体を伸ばした。テーブルの上を見ようとするが、高さが足りない。
猫は身体を縮めて小刻みにお尻を振った。ジャンプするための予備動作であろうと思われる。
さて、この後、猫がテーブルの上に飛び乗り、テーブルの上では少々カオスな展開が繰り広げられるであろうことは想像に難くないのであるが、主人公である猫の名誉のためにも、そこまで書かれる必要はないであろう。
猫を主人公にしたことにより、書き手もようやく筆が乗ってきたように見受けられるが、当初の趣旨から外れて最早ただの猫小説となりつつあることを顧みれば、この小説もそろそろ終わり時を迎えたように思われる。
それでは最後に、主人公である猫の名前を紹介してこの小説の終わりとしよう。
猫の名は「キリン」である。
脇役である人間二人と馬には、名前はまだない。
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