第16話 甘やかな年末

 目が覚めると隣りで由茉ゆまちゃんが心地よさそうに眠っていた。平日なのにすぐ横に彼女が寝ているというのは、何と贅沢で幸福なのだろう。


 私は無意識に由茉ちゃんの頭を抱き寄せていた。可愛くて愛おしい存在が腕の中にいるだけで、私はこれからどんな苦難も乗り越えられそうな気がするのだから不思議だ。


 昨日仕事納めをしたので、平日にもかかわらずこうしてベッドに二人並んでいる。


 昨晩は私も由茉ちゃんも初めて二人で迎える年末年始に、気持ちが昂ぶってしまった。


 時計を見るとすでにお昼だ。取り敢えずベッドを出てシャワーを浴びて、それから朝食兼昼飯を摂ろう。


 由茉ちゃんを起こさないように、そっと体を放す。このぬくもりにずっと触れていたいが、さすがにそろそろ起きた方が良い。


 ベッドから降りようとしたところで、パジャマの裾を引っ張られる。


「⋯⋯理子りこさん」


「おはよう、由茉ちゃん」


 私は裾を掴む手を優しく包んで離す。


「シャワー浴びてから、ご飯食べよ」


「⋯⋯はい」


 まだ寝起きで半分眠ってるような由茉ちゃんをベッドから連れ出す。


 一緒にお風呂に入り、出た後はお昼ご飯の支度をする。昨晩の残りで適当に。由茉ちゃんはまだ眠そうなのでリビングに追いやった。 


 出来上がったお昼をこたつまで持って行く。いつの間にか私の半纏を着込んだ由茉ちゃんが、こたつでテレビを見ながら溶けている。こたつでぬくぬくしているのが心地よいのだろう。


 二人でのんびりお昼を食べる。


「由茉ちゃん、今日はこの後どうしようか」


「家で理子さんとぼーっとしてたいです」


「面倒くさがりなんだから」


 たまには二人でごろごろするのもいいか、と思いつつお椀や皿の中身を片付けていく。


 ふとテレビのCMが目に入る。とあるデパートの新春セールのCMだった。どーんと真っ赤な福袋が映し出される。


 私は最近、近所のデパートで買い物をした時にもらった福引券があったことを思い出す。


 昼食を終えて、私はこたつの上に財布を出す。


 中に入れていた福引券を取り出した。


「私もそれ持ってますよー」


 デパートには由茉ちゃんとよく行って買い物しているので、自然と増えていた。


 由茉ちゃんも財布を持って来て、福引券を机に並べる。


「これ、今日までですね」


「そうね。二人分合わせたら丁度二回分できるね」


 福引券は全部で十枚あり、五枚で一回引ける仕様だ。


「せっかくだから、買い出しがてら引きに行ってみようか」


「はいっ!」


 由茉ちゃんもこたつから出る気になったので、着替えて支度をする。


 外に出ると真冬の冷たい風に晒された。由茉ちゃんが私の腕を掴んで引っ付いて来る。


 デパートにはいつも会社終わりに寄ることが多いが、今日は家からなので車で向かう。


 助手席に由茉ちゃんがおさまる。


 年末とあって、街中は人も車も普段より大分少なくなっていた。


 ラジオからは軽快な音楽が流れ、由茉ちゃんが楽しそうにのっている気配が伝わってくる。


 由茉ちゃんを車に乗せるのはまだ数えるほどしかないのだが、こうして彼女とドライブするのは楽しい。


 春になったらもっと二人で色んなところに行きたい。


「いつか理子さんと車で温泉とか行ってみたいなぁ」


「いいね。温泉。ゴールデンウィークに一緒に行こうか」


「本当ですか? 嬉しい〜」


 これからも二人の時間を少しずつ重ねていきたい。


 そんな想いを乗せて、車はデパートに到着する。街中は人出が少なかったものの、デパートはほどほどにお客さんがいるのか、駐車場は七割ほど埋まっていた。


「理子さん、あの福引券一等賞何がもらえるんですか?」


「何だろう。私も確認してなかった」


 福引券には賞品については記載がない。


 デパートに入ると入口脇に福引のポスターが貼ってあるのが目に入る。由茉ちゃんもそれに気づいて寄って行く。


「理子さん、一等賞は草津の温泉旅行ですよ!」


「草津かぁ。いいね」


「お湯が流れてるんですよね、草津」


 そのままの言い草に私は思わず吹き出した。


「湯畑のことね」


「そう、それです。多分。草津当たるかなぁ」


「当たったらいいね」


「私、理子さんと付き合って一生分のくじ運使い切ったと思ってました。けどよく考えたら理子さんに巡り会えたから、最強の運を持ってる気がします」


 満面の笑みで見つめられて、照れくさくなる。


「理子さんに比べたら一等賞くらい何でもないです!」


「それは心強いね」 


 自信満々な由茉ちゃんと一緒に福引き会場へ向かった。


 会場はデパート一階にある吹き抜けのロビーに特設されていた。福引に並ぶ列の最後尾に私たちも付いた。


 福引の賞品は一等の草津温泉旅行から八等という名の参加賞ポケットティッシュまである。 


 福引というのはそう簡単に当たらないのか八等を引き当てる人たちが多い。


 しばらくして私たちまで番が回って来た。前に並ぶ由茉ちゃんが回転式のくじをガラガラと回す。私もハラハラしながら何が出るか見守る。


 受け皿に落ちてきたのは白い玉。


「八等です」


 くじの受付のお姉さんがティッシュを由茉ちゃんに渡した。


「外れちゃいました。理子さん私の分まで頑張ってください」


 由茉ちゃんと入れ替わりでくじの前に立つ。ハンドルを持ってゆっくりと時計回りに動かす。せっかく応援してもらったが、どうせ私も白い玉が出るのだろうなと期待感は薄い。


 一回転したところで、箱から玉が転がり落ちる。白かと思ったが青い。青いのは何等なのだろう。


「理子さん!!」


 由茉ちゃんは興奮気味に私の背中に抱きつく。


「四等賞出ました! おめでとうございます!」 


 受付のお姉さんがベルを鳴らした。


「四等⋯⋯」


 びっくりしたのか由茉ちゃんがまじまじと青い玉を見つめる。


 周りからも小さいながら拍手が起こる。


「こちらにどうぞ」


 別のお姉さんに四等の賞品が並ぶ陳列台まで案内された。


「四等はこちらの安眠グッズの中からお好きなものをお選びください」


 四等の安眠グッズは枕、抱き枕、毛布の三種類が並んでいる。


「理子さんどれ選ぶんですか?」


「⋯⋯抱き枕かな」


 枕はすでにある。毛布もこの間由茉ちゃんからプレゼントされたものがある。消去法で選ぶならこれしかない。


 私は横目で由茉ちゃんを伺う。特にいつもと様子が変わらないので、私は抱き枕を選んで受け取った。

 

          

             

 買い出しも無事に終えて、これで年末年始は家でだらだらできる。


 家に戻った私は当てた抱き枕を早速寝室へと運んだ。取り敢えずベッドの上へと転がしておく。


「理子さん、何か温かいもの飲みませんか?」


 ドアから由茉ちゃんが顔を覗かす。


「そうしようか」


「私何か作りますね」


 由茉ちゃんは蜂蜜入りのホットミルクを作ってくれた。最近、由茉ちゃんはこれにはまっている。


 再びこたつの住人になった私たちはホットミルクを飲みながら、一息ついた。


「草津当たりませんでしたね」


 残念そうな由茉ちゃん。


「当たらなくても旅行には行けるから。時期が来たらどこに行くか考えましょう」


「そうですね。理子さんと旅行いっぱいしたいです! 私、草津も行ってみたいですけど、他に一番行ってみたい温泉があるんです」


 由茉ちゃんはスマホ持ち出して何かを探している。


「ここです! 山形の銀山温泉!」


 見せられた画面にはレトロな温泉宿が並ぶ風情のある街並みが映し出されていた。とある有名なアニメの舞台とも言われているところだ。


「銀山温泉ね。私もいつか行ってみたいなって思ってた」


「理子さんもですか!? すごく景色が綺麗ですよね。浴衣で理子さんと並んで歩きたい⋯⋯!?」


 私たちの会話を遮るように由茉ちゃんのスマホから着信音が流れる。


「ママからメールです。そう言えばママに昔の写真送って欲しいって頼んでたんだ」


「昔の写真?」


「私が小さい時の写真です。理子さんが見たら何か思い出すかなって⋯⋯⋯、これ見てください!」


 今度は画面に小さな女の子が現れた。四〜五歳くらいの水色のワンピースを着た女の子が、クマとウサギの着ぐるみと一緒に写っていた。とても楽しそうに笑う女の子は一目で由茉ちゃんだと分かる。今と印象がほとんど変わらない。


「これは私が迷子になった後に着ぐるみショーで撮ってもらった写真なんですよ。理子さん、この私覚えてますか?」


「さすがに見ても分からないかなぁ」


「はぁ⋯⋯。理子さんでもやっぱり無理ですよね」


 私が迷子の由茉ちゃんと会ったのはもう二十一年も昔のことだ。その時に一回会ったきりの女の子の姿を覚えていられるほど、私は記憶力は良くない。


 しかし写真を見たことで、私の中のぼんやりとした女の子が明確な姿になっていく。


 記憶の中に写真の由茉ちゃんが追加され、さも覚えていたかのように書き換わる。


「私、この時もう十八だったんだよね」


 改めて年の差を実感する。私が大人になろうかという年の頃、由茉ちゃんはまだほんの小さな子供だったのだ。


「改めて考えると私と由茉ちゃん、だいぶ年離れてるよね」


「離れてたらだめですか? 私はどんな年齢でも理子さんが理子さんなら大好きですよ」


「ありがとう、由茉ちゃん」 


「理子さんとは年は離れてるけど、私には理子さんしかいないんです。こんなにも大好きで、一緒にいて幸せになれるのは」


「ここまで私を大好きでいてくれるなんて、由茉ちゃんしかいないものね」


 私は彼女に唇を寄せる。


「私、理子さんを大好きな気持ちなら誰にも負けない自信があります!」


「嬉しい自信だね」 


「そうだ、理子さんの十八歳の時も見てみたいです」


「私の? 寝室にアルバムあるけど」


「見たいです! 見ていいですか?」


「ちょっと取って来るね」


 私は寝室に行き、本棚の下から高校の時の卒業アルバムを持って行った。


「十八歳の理子さんもきっと理子さんなんですよね」


 私にはよく分からないことを言いながら、由茉ちゃんはアルバムを開く。


「私が載ってるのはここ」


 自分のクラスのページまでめくる。


「⋯⋯⋯理子さん」


 由茉ちゃんは突然顔を覆ってしまった。どうしたのだろうか。


「ごめん、由茉ちゃん。ださかった? がっかりさせちゃったかな」


 ついこの間高校生だった由茉ちゃんと、かなり昔に高校生だった私とでは、同じ高校生でも文化も流行りも違う。


 由茉ちゃんの年代から見たら、高校時代の私なんて見れたものではない可能性が大いに高い。


「⋯⋯⋯⋯高校生の理子さん、やばいですね」


「そう?」


 特にギャルだったわけでもなく、平凡などこにでもいる高校生だったのだが、由茉ちゃんからするとやばいらしい。


「ああ〜可愛い!! 可愛いです!! 可愛い理子は伊達じゃない」


「⋯⋯⋯⋯」


 アルバムを前に悶絶する由茉ちゃんを見ていたら、何か恥ずかしくなってきた。


「変じゃないなら良かった」


「理子さん、可愛いし美人だし、やっぱりモテたんですか?」


「全然」


「嘘だ! 嘘ですよ!」


「はい、はい。本当に私への評価が高いんだから。私なんて普通で面白みもなかったからモテなかったよ」


「そんなはずないです。理子さんが鈍感だったんですね」


 由茉ちゃんは納得顔で腕を組んで頷いている。こうなったら聞かないのでそういうことにしておこう。 


 

 

 夕飯はデパートで買ってきたもので、また鍋を作って食べた。夜も一緒にお風呂に入り、その後も由茉ちゃんは楽しそうに私の卒業アルバムを眺めていた。


 一足先に寝室に来た私はベッドに転がる抱き枕を取り上げた。ビニール袋から出して再びベッドの上に置く。


 思い立って、私は掛け布団をめくってその下に抱き枕を置き直す。


 そこで由茉ちゃんも寝室へとやって来た。


「さぁ、寝ようか」


「はぁ〜い」


 大きなあくびをしながら由茉ちゃんが返事をして、ベッドに入り込もうとする。しかし抱き枕に気づいて、毛布を持ち上げた手が止まる。


「何で私が寝る位置にこれがあるんですか?」


 眉間に皺をよせて不服そうな由茉ちゃんに見つめられる。


「せっかくだから使おうと思って」


 ベッドに入った私は抱き枕を抱き寄せた。由茉ちゃんも黙ってベッドに入るが、私から抱き枕を掴み取る。


「邪魔です」


 予想通りの反応に崩れそうになる口元をさりげなく手で隠した。



 

 先日クリスマス前に一緒に下着を買いに行った日のことだ。目当て物を買った後に、店内をぶらぶら見ていた。


 雑貨屋さんの前に抱き枕が並んでいた。色も可愛く、大きさも値段も手頃だった。以前から使ってみたいと思っていた私は、自然と引き寄せられていた。  

            

「理子さん、それ買うんですか?」


 由茉ちゃんは何だか拗ねたような口調で私の腕を引っ張た。


「買わないよ。でも抱き枕って使ったことないから一度くらいは使ってみたいなって」


「だめですよ。抱き枕なんか寝る時に邪魔です」


「そう?」


「そうですよ。私で我慢してください! 抱き枕は禁止です!」


 そこで私は由茉ちゃんが、抱き枕を使われると一緒に寝られないと不安になっていると察する。お泊りの時はいつも二人で寝ているし、抱き枕を使われるのは嫌なのだろう。私も彼女が自分より抱き枕を選んだら少し寂しい。 

 

「はいはい。まぁ、私には由茉ちゃんがいるから、いらないかな」


 ちゃんと目を見て伝えると、由茉ちゃんの目が穏やかな色に変わる。


「理子さん、今日お家帰りたくないので泊まっていいですか?」


「今日? どうせ明後日から家に来るじゃない」


「私はなるべく理子さんと長く過ごしたいんです」


 結局、その日は泊まる予定はなかったのに、由茉ちゃんと過ごすことになった。

 

 


 抱き枕反対派である由茉ちゃんはやはり私の想像通りの反応になった。


「これはなしです。抱き枕なんて腰とか背中に悪いですよ」


 由茉ちゃんは抱き枕をベッドの下にほうり投げてしまった。その仕草が子供っぽくて可愛いくて、おかしくて私は笑い出しそうになるのを堪える。


「抱き枕がなくなっちゃったから腕の中が寂しいな」


「私がいますよ」


 由茉ちゃんはするりと私の懐に入り込んで来る。


「これなら寂しくないかな」


 私は愛らしい彼女をしっかりと抱き寄せた。


「抱き枕は私がいない時用にしてください」


「分かった。そうする」


 安堵してきたのか由茉ちゃんは目を閉じる。


 私は電気を消す。


「理子さんおやすみなさい」


「おやすみ、由茉ちゃん」


 残り少ない今年がまた一日過ぎ去ってゆく。この一年が終わる最後の日まで、私は大好きな由茉ちゃんと過ごせる幸せにひたりながら眠りについた。         

         

    

       

      

           

       

 

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