第2章

第14話 理子と由茉の日常

Episode1

 

 お昼休みのことだった。


 私は由茉ゆまちゃんを含め、数人で会社の食堂でランチをすることになった。


 由茉ちゃんの一つ先輩である藤岡ふじおかさんが率先して話を振っている。彼女は最近、新しく彼氏ができたらしい。他の人の恋愛事情にも興味津々だ。


河合かわい課長ってどんな人がタイプなんですか?」


 急に私に振られる。私なんかに聞いてくるとは思わなかったので、言葉につまる。


 隣に座る由茉ちゃんがじっとこちらを見ていた。


 適当に当たり障りなく流せばよいのだが、彼女の手前どうすべきか。


「私の勝手なイメージですけど、河合課長って年上の人が好みなのかなって思ってて。実際はどうなんですか?」


「特にそうでもないけど⋯」


「そうですよ。理子りこさんは年下だって好きそうじゃないですか」


 由茉ちゃんがむっとして答えたので、私は手にしたお茶を吹き出しそうになった。


「そうね。明るくて元気な人がタイプかな」


 これなら由茉ちゃんも怒るまい。


「意外です。課長って落ち着いた人が好きなのかと思ってました」


「何でですか!? 理子さんが落ち着いた人が好きって決めつけないでください!」


 またもや由茉ちゃんが怒る。


「も〜、由茉には聞いてないでしょ。今は課長に聞いてるの」


 藤岡さんからデコピンされていた。


由茉ゆまも聞いてほしいんじゃない? 聞いてあげなよ藤岡」


 斜向かいに座る田宮たみやさんが口を開く。


「じゃあ、由茉はどんな人がタイプなの?」 

        

「それはやっぱり理子⋯⋯利口な人。利口な人が好きです!」


 由茉ちゃんはどや顔で答える。


 私はなるべく表情が変わらないように努め、おかずを口に運んだ。


「利口? 由茉って時々言葉のチョイス変だよね」


 藤岡さんが笑っている。


「えーっと、聡明な人っていうのがすぐ出て来なくて。あ、頭のいい人が好きというか⋯⋯。田宮先輩はどんな人が好きなんですか?」


 どんな時でも由茉ちゃんという娘は私が大好きなのだと実感する。


(本当、可愛い彼女持っちゃったなぁ)


 一生懸命、他の人へと話題を振り出した由茉ちゃんを眺めながら、私は妙な満足感でいっぱいになっていた。






  

Episode2

 

 会社の飲み会で、由茉ちゃんは程よく酔っ払っていた。あの娘はいつもご機嫌でお酒を飲んでいる。楽しそうなのはいいことだ。酔ったからといって飲みすぎることもなく、その辺は上手くセーブできているので、私も安心して彼女の飲んでいる姿を見ていられる。


「私最近ブルーチーズにはまってるんだよね。通販で色々取り寄せて食べ比べしてるんだけど、これが楽しくて」


 同じく適度に酔っている藤岡さんが、由茉ちゃんの肩を抱いて、話しかけている。


 私もビールを傾けつつ、耳も傾ける。


「ブルーチーズですか? カビが生えてるチーズですよね。パンのカビは何で食べられないんだろう」


 由茉ちゃんは酔っているせいか、見も蓋もない言い方をして、私は笑いそうになった。


「由茉、言い方があるでしょ。言い方」


「青カビが生えてるチーズ?」


「そうじゃなくて! そうだけど。美味しいよ〜、ブルーチーズ。由茉も機会があったら食べてみな」

   

「私はブルーチーズよりもリコッタチーズの方が好きです」


「なるほど、なるほど。由茉はリコッタチーズ派なのね。やっぱパンケーキにするわけ?」


「パンケーキ?」


「リコッタチーズって言ったらリコッタパンケーキでしょ?」


「私、リコッタチーズ食べたことありません」


「今、リコッタチーズ派って言ったよね?」


「はい。言いましたよ〜。食べたことはないですけど、名前の響きが好きです。リコッタチーズ。リコッタ」


 私はおかしなことを言い出した由茉ちゃんに、笑いのツボを刺激されるが、耐える。 

      

「味とかじゃなくて、響き⋯? あ〜、リコッタが可愛いって。チーズなんだから名前が可愛いかどうかじゃなくて、味とか食感で選びなさいよ」


「え〜。でも、リコッタチーズが一番って感じがします。この世で一番好きなものを思い出すので」


「この世で一番すきなものって何なの?」


「秘密です」


 由茉ちゃんはにまにましながら、ビールを美味しそうに飲む。 

 

(本当に、由茉ちゃんおバカなんだから)


 私も気分が良くなってお酒が進む。


 バカップルというのは私たちみたいなのを指すのかもしれない。

 

 






Episode3 

 

「理子さん、田宮先輩って何か怖くないですか? 私、苦手です」


 由茉ちゃんがそう言い出したのは、家で夕飯を食べ終えて一緒にこたつでテレビを見ている時だった。


 ドラマの番宣で、先輩OLが後輩に怒っているシーンが流れた後である。


 田宮椿たみやつばきさん。由茉ちゃんの五つ上の先輩で、私の部下の一人だ。


「そう? 田宮さんいつも笑顔で優しいと思うけど」


 田宮さんは仕事に卒がなく、ミスもほとんどしない。報連相はきっちりしているし、後輩には優しく接しているように見える。何よりいつも明るくて、私が後輩なら理想の先輩だ。


「理子さんには笑顔なんですね」


 由茉ちゃんは納得がいかないのか、むくれている。


「きっと理子さんが好きなんですよ、田宮先輩。理子さんには特に愛想がいいし。でも私には厳しいです。他の後輩には優しいのに。でも理子さんは私の彼女だから渡さないです」


 由茉ちゃんの中では田宮さんが私を好きということに決まってしまったようだ。


 先日珍しくミスした由茉ちゃんは、田宮さんに厳しめに注意されていたので、それが堪えているのだろう。


 どの先輩からも愛されて可愛がられている由茉ちゃんだから、厳しくされるのには慣れていない。


「田宮さんは別に私が好きなんじゃなくて上司だからよ。上司には愛想良くしておくものでしょ」


「えー、絶対そんなことないですよ。だって田宮先輩、毎年理子さんにバレンタインのチョコ贈ってますよね?」


「あれは世話チョコってやつでしょ。お世話になってる人に贈るってやつ」


 確かに田宮さんからは毎年貰ってはいる。それも某有名高級チョコレートを。


「田宮さん以外からも貰うし、特別な意味なんてないよ」


 それでも由茉ちゃんは腑に落ちないようで、眉間にしわをよせて唸っている。


「由茉ちゃんこっちおいで」


 手招きすると由茉ちゃんはこたつを出て、私の腕の中に入って来る。私はそんな彼女を思いっきり抱きしめた。


「ここにこうしていられるのは、世界中で由茉ちゃんただ一人しかいないよ。分かってる?」


「理子さんっ」


 子供みたいにすがりついて来る由茉ちゃんの背中を撫でながら宥める。


 可愛い。私の彼女は他の誰よりも可愛くて愛おしい。


 おかけで私の毎日は薔薇色だ。

 

 


 

     

   

 

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