第12話 恋する理由

 


 今日は十二月二十五日。


 会社を出るとすでに空は暗く、密やかに星が煌めいていた。


 指先の感覚がなくなりそうな冷たい空気の中を、由茉ゆまちゃんと並んで歩く。


理子りこさん、寒い〜! 寒いです」


「ツリーはやめて真っ直ぐ帰る?」


「ん〜、ツリーは見ます」


 ということで、私たちは電車に乗り込み、三駅目で降りる。駅ビルの中へと入った。


 一階にある広々とした吹き抜けエントランスに到着すると、横にいた由茉ちゃんが歓声を上げる。


「すごい⋯⋯。綺麗ですね」


 見上げるほどに高いクリスマスツリーは金色に輝き、白や赤の飾りがよく映えていた。


 私たちみたいにこのツリー目当てに来たのか、周りは写真を撮ったり、待ち合わせしている人で賑やかだ。


「金色のツリーは初めて見ました! 理子さん、写真撮りましょう!」


 腕を取られ、ツリーの前に連れ出される。由茉ちゃんは腕を延ばしてスマホを構え、二人並んだ写真を撮った。


「理子さんは撮らなくていいですか?」


「私も撮りたい。いい?」


「もちろんです!」


 私も自分のスマホで写真を撮った。


 なかなかよく撮れたので、嬉しくてにやけそうになる。


「すみません、写真撮ってもらえませんか」


 いつの間にか由茉ちゃんは、通りすがりの年配の女性に声をかけていた。


「理子さん、せっかくだから撮ってもらいましょう」


 私たちはツリーの前に並んで立つ。


「いいですか、撮りますね。はい、チーズ」


 出された合図に私たちは笑顔を浮かべる。多分、私も由茉ちゃんもとても満たされた顔をしているはずだ。


 返されたスマホには仲良さそうな私たちが写っていた。


「ありがとうございました」


 立ち去る女性に由茉ちゃんは嬉しそうな笑顔でお礼を言い、私もそんな様子を見ているだけで頬がほころんだ。 

 

「理子さんにも後で送りますね。クリスマスってやっぱりいいですね。次はケーキ買いましょう!」


 跳ねるように先を行く由茉ちゃんに手を引かれて、私たちはケーキ売り場へと向かった。

 

 


 家に帰って来ると、玄関に飾られたクリスマスリースが目に留まる。これは以前、二人で作ったものである。由茉ちゃんが作ったリースは私の家に、私が作ったリースは由茉ちゃんの家に飾ってあった。


 リースには「永遠の愛」という意味があるのだと言う。


 その言葉通りになれたらいいなと、私は玄関でリースが目に入るたびに思う。


「やっぱり理子ハウスはいいですね」


 由茉ちゃんはまた変な呼び名を口にしながらブーツを脱いで、リビングに向かって行く。


「その呼び名はやめなさい」


 子供をたしなめる母親の気分だ。倒れたブーツを揃えて、私も由茉ちゃんの後に続いた。


 お互い部屋着に着替えると、二人でキッチンに立つ。クリスマスディナーは昨日済ましたので、今日は鍋だ。寒い時はこれに限る。


 お互いにやることを分かっているので、何も言わずとも準備はさくさくと進んだ。


 確認しなくても役割が決まっているあたり、息が揃っている。こんな瞬間が私には心地よい。


 鍋が完成したので、リビングの真ん中に鎮座するこたつに運ぶ。


「鍋、何回目でしょうね、理子さん」


「まだ三回くらいじゃない。私は楽だからいいけどね」


 二人で年末の特番を見ながら、鍋をつついた。


 他愛のない話をしながら、何度も過ごしたありふれた夜。


 どれくらい夜ご飯を共にしたか、すでに数え切れない。よもや二人で食べるのが当たり前になってきている。


 でも私はこの当たり前がとても好きだったりする。


 ご飯の次はデザートだ。一緒に食器を片づけた後に、こたつにケーキを並べる。クリスマス仕様の真っ赤なストロベリーソースがかかったケーキ。


「やっぱりホールで買えばよかったですね」


 由茉ちゃんがフォークで切り分けたケーキを口に運ぶ。


「大きい方がクリスマスっぽいけど、私たちだけじゃ食べ切れないでしょ」


「毎日少しずつ食べたら減りますよ」


 由茉ちゃんはホールケーキにしなかったのを後悔しているようだ。


「小さいのなら二人でもいけたかもね。来年に取っておきましょうか」


「来年も理子さんと一緒にクリスマス過ごせるんですか!?」


 こたつの向こうから身を乗り出してくる。


「今年限りのつもりだった?」


「全然、全然です。理子さんが来年もいてくれるなんて嬉しすぎます!」


 恋なんてものはいつ終わるかは分からないが、少なくとも今は来年、再来年と先を夢見てもいいではないか。


「理子さんとの時間が増えていくのが楽しみです」


「そうだね。私も」 




  

 ケーキを食べ終えると、由茉ちゃんは私の腕の中に潜り込んできた。


「ここは私だけの特等席です」


 仔猫みたいに甘えてくる由茉ちゃんを抱きしめる。


「理子さん、ちゃんとサンタになってますか?」


「サンタ??」


 由茉ちゃんは私の服のボタンを外す。


「理子さーん、この間買った下着じゃなーい」


 不服そうに睨まれる。


「あ、そういう⋯⋯。ごめん。お風呂入ってから着替えるから」


「絶対ですよ。私、理子サンタ楽しみにしてたんですからね」


 私なんかの赤い下着姿を楽しみにしてくれる人は、きっと今後も現れないだろう。世界で彼女ぐらいのものだ。


「物好きよね、由茉ちゃんって」


「理子さんが好きすぎるだけです!」


「それは、嬉しいね」


 全く、この娘のこういうところに私もほだされているのだろう。 

 

「そうだ理子さん、プレゼント! プレゼント渡さなくちゃ」


 由茉ちゃんは私の腕から出ると、部屋の片隅に置かれていた紙袋を持って来た。わりと大きめの袋に入っている。


「それにしても随分大きなものを買ってくれたのね」


「理子さんが好きそうなものを考えて選びました」


 袋から赤い包装紙と金のリボンでラッピングされた箱を渡される。ずしりと重量感があった。


「開けていい?」


「はい! 理子さん、喜んでくれるといいな」


 少し緊張した面持ちの由茉ちゃんが見つめる中、私はラッピングをほどいた。


 中から出てきたのはコーヒーメーカーだった。


「理子さん、会社でもコーヒー飲んでるし、お家でもよく飲んでるから」


 由茉ちゃんが紅茶を好きなので、最近は私も合わせて紅茶のことが多いが、どちらかと言えばコーヒー派だ。それをちゃんと分かっててくれたらしい。


「ありがとう〜、由茉ちゃん。大事に使う」


「理子さんが喜んでくれて良かった!」


 私は外箱を見てコーヒー以外も作れるのか確認する。


「これ、お茶にも使えるのね。由茉ちゃんにミルクティー作るのにも使えそうで良かった」


「理子さん、何言ってるんですか! これは理子さん用のプレゼントなんですよ。私のことはいいんです!」


「でもせっかく由茉ちゃんにもらったんだから、由茉ちゃんが好きなものも作れるかは大事でしょ?」


「も〜、理子さ〜ん」


 由茉ちゃんは私に抱きついてきた。


「好き。理子さん大好き」


「ありがとう。由茉ちゃんへのプレゼントは明日でいいんだっけ?」


「はい。理子サンタにもらうので」


 由茉ちゃんは起きたら枕元にプレゼントを置かれていた、という経験がないと寂しがっていたので、私は彼女が寝てからプレゼントを渡すことになっていた。


「理子サンタいつ来ますかね?」


「それは寝てからじゃないと来ないでしょ。サンタなんだから」


「ですよね。寝る前にもちゃんと『理子サンタ』来てくださいね」


「いつも通りたくさんかわいがってあげるから楽しみにしてて」


「いつも通りじゃだめです」


「だめなの?」


「クリスマスは特別な日だから、いつもより甘々じゃないと嫌です」


「私はいつも甘々のつもりだったんだけどなぁ」


「いつもより、もっとです!」 

 

 夜が深まった頃、サンタになった私は由茉ちゃんと温かで幸せな時間を心ゆくまで楽しんだのだった。

 

 




 冬の朝は寒い。


 私はリビングに暖房を入れてから、朝食を作り始める。大方できあがったところで、私は寝室に向かった。ベッドではまだ由茉ちゃんが丸まって寝ている。


 起こそうと思ったが、枕元にあるプレゼントは手付かずだ。


 私は彼女が起きるまで、昨日もらったコーヒーメーカーでコーヒーを淹れて、リビングでしばし待つ。


 新聞をめくっていると足音がこちらにやって来た。


「理子さん、プレゼント! プレゼントがありました! 本当にサンタさんが来たみたいで嬉しいです」


「そう、それは良かった」 


 プレゼントの箱を持ったままの彼女にキスをする。


「何だろう、すごく楽しみ。開けていいですか?」


「どうぞ」 


 寝癖がついてあちこち髪が跳ねてる由茉ちゃんは、私の前に正座すると、静かにラッピングをほどいた。


「筆!!」


「そうだけど、もう少し言い方があるでしょ」


「化粧筆ですよね。熊野の!」


「由茉ちゃんみたいに若い娘に何あげていいか分からなくて。持ってたらごめんね」


「熊野の筆は持ってないですよ。嬉しい〜」


 由茉ちゃんはプレゼントをかかげて、目をキラキラさせながら眺めていた。こんな反応されると、贈り手冥利につきるというものだ。


「こっちはグロス、ですか?」


 由茉ちゃんはもう一つのプレゼントをまじまじと眺める。


「そうなんだけど、ちょっと可愛いの見つけたから買ってみたの」


「私に似合う色だといいな⋯⋯、!?」


 箱を開いて蓋を取った由茉ちゃんは驚いた顔をして私を見る。表情の変化っぷりが見ていて飽きない。


「すごい、理子さん。これ宝石みたいですね。可愛い〜」


「私も可愛くて由茉ちゃんにいいかなって思って思わず買っちゃった」


「ありがとうございます!!」


 由茉ちゃんにあげたのはティントリップと言われるものだ。芯がまるで硝子のように透明になっており、その中に花びらや金箔が浮かんでいる。塗るたびに違う色に変化するというものだった。


「由茉ちゃん、それちょっとつけてみてもいい?」


「いいですよ」 


 私は由茉ちゃんの手からリップを取ると、彼女の唇にのせた。


「理子さんじゃなくて私ですか?」


「何で由茉ちゃんのプレゼントを私が最初に使うの。おかしいでしょ」


 相変わらず変なずれ方をする由茉ちゃんに笑ってしまった。


 

 朝食を食べ終えると、由茉ちゃんは透明のケースに入った一枚のDVDを、スーツケースから持って来た。 

    

「理子さん、私一緒に見たいDVDがあるんですけどいいですか?」


「うん、いいけど。今から?」


 朝から何を観たいのか分からないが、わざわざ持って来るくらいお気に入りなのだろう。


 私たちはこたつに入りながらのんびりとDVD鑑賞することとなった。


「中身は映画?」


「違いますよ。理子さん、びっくりしないでくださいよ〜」


 由茉ちゃんは不敵な笑みを浮かべてDVDをセットする。


「変な内容じゃないでしょうね」


「大丈夫ですよ。ただのバラエティ番組ですから」


 一緒に見たくなるバラエティ番組とは、どんなものなのか私も気になってきた。


 隣りでいそいそとリモコンを操作する由茉ちゃんを横目に、テレビを注視する。


 始まったのは少し懐かしさを感じるような番組だった。最近のものではない。


「これいつの番組?」


「八年前です。私がまだ高二の時に録った番組です」


 季節は今とは真逆の夏。半袖姿の女の子二人組が登場する。彼女たちは私も知っている。当時人気だったアイドルグループの子たちだ。名前も知ってて、実は会って話したこともある。


 そこで私は気づいた。


「由茉ちゃん、何でこんなの持ってるの?」


 恐る恐る尋ねる。


「私のお兄ちゃんがこのアイドルのファンだったんです。それで出ている番組は片っ端から録画してたんです」


 私が知りたいのとは微妙に違う回答が返ってきた。


 アイドルたちはスタジオ飛び出し、とある会社の前にやって来た。


『今日一日こちらでお仕事を体験させていただきます』


 毎日のように見ているビルが映し出される。私と由茉ちゃんが勤めている会社だった。

 

 八年前、私は社内の広報部にいた。テレビ番組のアイドル職場体験の企画が持ち込まれて、私はそのアイドルたちに仕事を教える担当になったことがある。


 番組ではナレーターがうちの会社の歴史や仕事内容について説明している。


 それが終わり、アイドルと一緒に私が映る。「広報部の河合理子さん」とテロップが出された。


「はぁ〜。八年前の理子さんも素敵ですよね。この頃は髪、短かったんですね。短いのも似合ってますよ」


「もう、由茉ちゃん何でこんなの持ってるの!? 何企んでるの?」


「だからお兄ちゃんがアイドルのファンで」


「それはさっき聞いた」


「何も企んでません。前から理子さんと見たくて」


「私はあまり見たくないけど。恥ずかしいし」


「何でですか? 当時の理子さんも可愛いのに」


 テレビ撮影で緊張してるのが見て取れる自分を見ても、私としては楽しくはない。恥ずかしさで穴に入りたくなってきた。


「この番組がなかったら、理子さんとは再会できなかったと思うので、私にとっては思い入れのある番組なんです」


 私は全く最近まで知らなかったが、過去に由茉ちゃんと会ったことがあった。


 まだ私が高校生の時に、当時四歳だった迷子の由茉ちゃんを助けたことがある。その時に由茉ちゃんに頼まれて私は自分の名前をらくがき帳に書いた。


 それを由茉ちゃんは大事に持っていて、今でも残っている。


 きっと言われなければ忘れたままであろう些細な出来事。


「今の理子さんの名前のテロップ、あれを見て私思い出したんです。迷子になった時に助けてくれたお姉さんの名前を」


 由茉ちゃんは私の腕をぎゅっと掴んで身を寄せくる。


「私あの紙、ずっと大切に持ってて。机の引き出しの奥に入れてしまってたんです。でも、いつの間にかお姉さんのこともそのことも忘れてしまって⋯。で、この番組を見てまた思い出したんですよ」


 由茉ちゃんは側においてあるカバンから手帳を取り出す。そして例の紙が入っているページを開いた。


「思い出してくれたんだね」


 いくら名前を書いた紙を持ってても、小さな頃に出会った人の名前を、私なら忘れたままかもしれない。


「そうですね〜。『かわいい、りこ』は覚えやすいですから!」


「かわいい、じゃないから」


 私なんかより由茉ちゃんの方がずっと、かわいいというのに。


「私、この理子さんを見て、はっきりあの時のお姉さんと同じだとは確信できなかったんですけど⋯、眼鏡かけてたし」


 私が眼鏡をかけるようになったのは大学生になってからだ。初めて由茉ちゃんと会った時はかけていない。


「でも、もしかしたら同じ人かもしれないから、私この会社に入ろうって決めたんです。もし入社できて会えたら、あのお姉さんかどうか確かめられるし。お姉さんにあの時のお礼を伝えようって。理子さんに会うために入ったんです」


「それだけでうちに入社決めたの!?」


「はい。私、特になりたいものとかやりたいことがなかったので、この時に将来の夢が決まりました!」


 呆れていいのやら、関心していいのやら分からない。私がこの番組に出ていなかったら、今頃私たちは別々の場所で働いていのかと思うと、偶然の不思議を感じずにはいられない。


「由茉ちゃんはうちの会社に就職できて、良かった?」


「それはもちろん、当然です! 理子さんに会えましたから。さすがに上司が理子さんになるなんて予想外だったので、今でも理子さんに再会できた時の興奮は忘れられません」


 それは事実のようで、語る由茉ちゃんも少し頬を上気させて興奮気味になっている。


「それなら初めて会った時に教えてくれたら良かったのに」


「理子さんが覚えてないかもしれなかったし、何より私理子さんに一目惚れしちゃってそれどころじゃなかったです。もう頭の中が理子さんでぐるぐる、ぐるぐるして大変でした⋯⋯」


 可愛いことを言ってくれる。


 由茉ちゃんはため息混じりに私にもたれた。


「一目惚れ、か⋯」


「信じられないですか? 本当ですよ。前にも言いましたけど、理子さんの部下になった時からずーっと好きだったんですからね!」


「信じてないわけじゃないよ。ただ、自分が一目惚れの対象になるのかと思ったら、何か変な感じで⋯⋯」


「何言ってるんですか!? 理子さんそうやって今まで知らず知らずのうちに、一体どれだけの男女を落して来たんですか!?」


「多分、落ちたの由茉ちゃんだけじゃないかな⋯⋯」


 それなりに交際はしてきたけれど、果たして私に落ちたなんて言える経験はあっただろうか。多分ない。いつの間にかお互い好きになっていたか、私が好きになっていたかのどちらかだ。


 しかし、いつものごとく由茉ちゃんは私への評価だけは無駄に高い。


「由茉ちゃんは『あのお姉さん』と付き合って後悔してない? がっかりしなかった?」


「何でですか?」


 きょとんとした顔で私を見つめる。


「そんな昔から知ってたわけでしょ。イメージと違うってなったりしなかったのかなって」


「しないですよ。むしろ、もっともーっと理子さんが大好きになりました!!」


「そう。それは良かった」


 真正面から躊躇いもなく言われると、やはり照れくさい。


「この三年間、理子さんに彼氏がいないかやきもきしましたけど、無事に彼女になれたので、私はすごく幸せです」


 これ以上にないくらい幸せそうに笑顔を見せるので、私は不覚にも泣きそうになってしまった。


「そうだ、私まだちゃんと言ってなかったですね。理子さん、あの時は私を助けていただき、ありがとうございました!」


 愛おしさそのものの笑顔の由茉ちゃんを、私は抱き寄せた。


「どういたしまして、由茉ちゃん」 


 バラバラだったお互いの過去が繋がり、そしてここまでたどり着いた。


 やはり由茉ちゃんが言うとおり、これは運命なのだろう。


「理子さんキスしていいですか?」


「断らなくていいよ。好きなだけ」 


 私たちは身体がとろけるようなキスに酔いしれた。 


 願わくば、いつまでも二人幸せでいられますように。

 

 

 

 

 寝室の窓を開けると、柔らかな春の風が舞い込んで来た。レースのカーテンを揺らし、ベッドで眠る彼女の頬を撫でる。

「理子さん⋯⋯?」

「おはよう。ほら、起きて。仕事に行く支度しないと」

「はぁ〜い」

 眠気たっぷりのままの返事をしながら、由茉ちゃんはベッドから抜け出した。

 四月から私たちは同じマンションで暮らしている。

 二人で家を決めて、会社からもさほど遠くない場所で暮らしている。

 由茉ちゃんとの同棲生活はまだ始まったばかりだけど、今のところさしたる問題もなく上手くやっている。

 週末はしょっちゅうお互いの家に泊まっていたので、それの延長のようなものだと考えればそれ程無理はない。

 朝食が整ったところで、二人一緒に席につく。

「理子さん、私ちっとも朝ごはん作れてないですね。いつもごめんなさい⋯⋯」

 すっかり目が覚めた由茉ちゃんは、現状を認識して心底沈んでいる。

「由茉ちゃんが朝弱いのは知ってるから、特に気にしてないよ。昨日は由茉ちゃんを可愛がりすぎちゃったからね」

「理子さんのバカ!」

 真っ赤になってる由茉ちゃんが笑いを誘う。

「でも、朝ももう少しできるように頑張りますね、理子さん」  

 二人で住むのだから、家事は分担するのが相応だろう。だが、人には向き不向きがある。朝食を作る、は由茉ちゃんには少々不向きだった。

 でも洗濯や掃除はまめにしてくれるし、夜は一緒に作っているので、気にするようなことではない。

「できることをお互いにできる時にやればいい話なんだから、そんなに落ち込まないで」

「でも⋯、理子さん」

「あんまり落ち込んでるとキスするよ」

「仕事前はだめですよ! だめです。仕事に行きたくなくなります」

「なら、元気出してご飯食べなさい」

「はい。いただきますっ!!」

 美味しそうに朝食に手をつけてくれたので、ほっと一安心したところで私も食べ始める。

 幸せも恋も永遠ではない。

 探せばあるのだろうが、果たして私たちがそこに至るかはまだまだ未知だ。

 でも好きだから、一緒にいたい。

 愛おしいから側にいたい。

 恋する理由なんてそんな単純なことでいい。 

 私に会いたいという理由で就職先を決める女の子がいるくらいなのだから。

「理子さん」

「なぁに?」

「今日もすごく素敵です」

「ありがとう。この髪型そんなに気に入ってくれた?」

「昔の理子さん思い出すので、すごく好きです」

 私は先日、久しぶりに髪を短くしたら由茉ちゃんがえらく気に入ってくれた。八年前と同じ髪型。

「あと理子さん、今日も大好きです」

「うん。私も由茉ちゃんが大好き」

 私たちはこれからも日々を重ねていく。

 幸せな日々を。       

 

 終          


      

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