第10話 増えた理由
「
「木曜日から週末まで泊まったらだめですか?」
私と由茉ちゃんはお昼休憩に、会社近くのお店でランチを食べながらクリスマスの予定について話していた。
先日、お互いにプレゼントも買い、ディナーに行く約束もして、クリスマスは一緒に過ごすことは決まっている。今年はちょうど金曜日がクリスマスだ。金曜日と言えばお互いの家に泊まるのが最近の私たちである。
「由茉ちゃんが構わないなら、木曜日から家に来てもいいよ。新しくパジャマも買ったしね」
「やったー! 泊まります、泊まります!
ここ数年は一人か友人と過ごすクリスマスを送っていたが、久しぶりに恋人と過ごすことになった。やはり特別な日は特別な人といたい。
「年明けまでほとんど由茉ちゃんと一緒ね」
「私はすごーく楽しみですよ!」
年末年始も一緒に過ごすことになっている。由茉ちゃんと家でごろごろするだけ。そんな何もないお正月もたまにはいい。
旅行に出かける話もあったのだが、
「理子さんといっぱいくっついてたいからお家で過ごしたい」
などと言われて私も了承してしまった。
「私、人生で最もお正月が楽しみです」
素直に向けられる好意に私も口の端がにやけそうになるのを抑えながら、ランチを食べることになってしまった。
食べ終えた私たちは会社に戻るために外へ出る。今日は生憎の雨模様。冬の冷たい雨が静かに降っていた。
私の差す傘に由茉ちゃんが入る。自分の傘を持っているのに、私と相合い傘がしたいと言って譲らなかったのでこうなった。いつものことなので、私も傘を差し出した。最近すっかり由茉ちゃんの言いなりになっているので、少しは上司としての威厳も保たねばならないと危惧している。
「理子さんは子供の頃にサンタさん来ましたか?」
「親が演出してくれたかってこと?」
「も〜、そうですけど理子さんそんなにストレートに言わないでください」
「ごめん。小学三年生くらいまでは来てたかな」
「理子さんのところにはちゃんと来たんですね。いいなぁ。私の親、すごくドライだからいつもお夕飯の後に手渡しでした」
「そのあたりはお家によって違うから⋯⋯。由茉ちゃんが希望するならサンタ式にプレゼント渡すけど?」
どうせクリスマスだろうと同じベッドに寝るのだから、あまり意味はない気がするが。
「本当ですか? それならミニスカートサンタの理子さんに来て欲しいです!」
「うーん、この年でミニスカもサンタ衣装もキツイかな⋯⋯」
いくら由茉ちゃんしか見てなくても抵抗がある。
由茉ちゃんは私の腕を引っ張ると顔をぐっと近づけて来る。
「赤い下着姿で『私がプレゼントだよ、由茉ちゃん』って言ってくれるのでもいいですよ」
囁くようにとんでもないことを言い出した。
「もう無茶ぶりばかりするんだから」
以前にも似たようなことがあった。あれは確かハロウィンの時だ。由茉ちゃんの性癖なのかもしれない。
「由茉ちゃん、そういうの好きね」
「えへへ、好きです」
ということらしい。服装はともかく、サンタ役をするのもそれはそれで楽しいかもしれない。
日もすっかり暮れて、終業時間になった私たちは駅に向かって歩いていた。由茉ちゃんのお願いで、このあとデパートに入っている洋食屋さんに行くことになった。
駅に到着すると、帰宅する人たちの波でごった返していた。そんな中、由茉ちゃんは余程楽しいのか、足取り軽く進んで行く。時折、こちらを振り返り愛くるしい笑顔を見せつける。
「もう、ちゃんと前見て歩きなさい」
急に照れくさくなって母親みたいなセリフを吐いてしまった。
しかしそんな言葉も虚しく、由茉ちゃんは自分の前を歩いていた女性に思いっきりぶつかっていた。
(本当に、あの
ぶつかってしまった由茉ちゃんと同い年くらいの女性が、躓いて転けてしまう。
「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
由茉ちゃんは慌てて女性の横にしゃがんで声をかける。
「大丈夫です、大丈夫です!」
女性は笑顔で応じる。
「
彼女の隣りにいた長身の女性もかがんで声をかける。奈津と呼ばれた女性に向かって、さっと手を差し伸べる。何だかドラマの一場面を見ているかのように、絵になる仕草だった。
「
転んだ女性は差し出された手を取って立ち上がった。
「本当にごめんなさい」
由茉ちゃんが半分泣きそうな顔になって謝るので、私も声をかける。
「すみません、うちの連れが。お怪我ありませんか?」
「全然平気です。怪我もしてないですから大丈夫ですよ。そんなに気にしないでくださいね」
何度も頭を下げる由茉ちゃんに優しく言うと、先輩と後輩といった雰囲気の二人は去って行った。
「理子さん⋯⋯」
雨に打たれて弱った仔猫みたいな顔で、由茉ちゃんは私を見つめる。
「気をつけて歩かなきゃだめでしょ。でもぶつかった女性も何ともなかったみたいだし、良かったね」
「はい⋯⋯」
「反省してる?」
「してます⋯⋯」
「なら大丈夫だね。行こうか」
元気をなくしてしょんぼりしている由茉ちゃんの腕を取って、私は再び歩き出した。
電車に乗り二駅。私たちはこの辺りで一番大きなデパートのすぐ近くまで来た。由茉ちゃんはまだ落ち込んでいる。
「由茉ちゃん、私に着せるあれ買うんじゃなかったのかな?」
「理子さん、さっきの怒ってますか? 私、理子さんに注意されてたのによそ見して人を転ばさせたりしたから⋯⋯」
「怒ってはないよ。由茉ちゃん、反省してるでしょ。次からミスしないようにしなければ問題ないんだから。仕事の時も言ってるよね?」
「はい。理子さん、ごめんなさい。ちゃんと気をつけます」
「うん。ほら笑顔に戻って」
と言ったけれどすぐに回復しそうにないので、私は由茉ちゃんを狭い路地に引っ張り込んだ。
「理子さん?」
奥へと押し込めるように由茉ちゃんを先に追いやる。暗い路地に人気はない。私は辺りを確認してから、由茉ちゃんの顔を掴んでこちらに向ける。そしてそのまま唇を重ねた。
「由茉ちゃんが大好きな理子サンがキスしても元気は出ないかな?」
「理子さんっ!!」
しがみつく由茉ちゃんの背中をそっとさする。
「理子さん、大好き」
「知ってるよ。早くいつもの由茉ちゃんに戻って。戻らないとお家に帰っちゃうよ」
「戻るから帰るなんて言わないでください!」
「分かった、分かった。行こうか」
私たちは由茉ちゃんが以前から気になっていた洋食屋さんで、オムレツを食べて来てすっかり空腹は満たされた。ふわふわの柔らかで濃厚なオムレツは、また行きたくなるような美味しさだった。
由茉ちゃんも満足したのかずっと機嫌がいい。
「そうだ、理子さん。私もう一箇所行きたいところがあるんですけど」
「どこ?」
「付いて来てください」
にこにこしている由茉ちゃんに先導されながら、私は同じデパートの別の階へとたどり着いた。
そこは某有名下着メーカーのお店だった。
店頭にはクリスマスシーズンとあってか、赤い下着を身に着けたマネキンが並んでいた。
「由茉ちゃん、本当に着せるつもりなの」
「ハロウィンの時も着てくれましたよね? クリスマスはだめな理由はあるんですか?」
「⋯⋯うっ」
確かにハロウィンに由茉ちゃんが選んで買って来た下着を着たのだから、クリスマスはだめとは言い難い。
「大丈夫ですよ! 理子さんに似合うのを選びますから」
「⋯⋯うん」
少し怖いが、売られているのは普通のランジェリーなのでおかしなものを選ぶことはないだろう。
「これ、赤いしサンタっぽいしいいと思いませんか?」
由茉ちゃんはマネキンが着ているものを指す。落ち着いた赤色に薔薇の刺繍が入っている。同じ色で統一されているせいか、細かな装飾も派手になりすぎずにまとまっていた。私くらいの年齢の女性が身につけても違和感はない。私に似合うかは別として。
「あ〜、でももっと似合うのもあるかも。奥見に行きましょう」
由茉ちゃんはずんずん店の中に進んで行く。
「黒いのも捨てがたい。理子さん、黒似合うし。この花の形のレース可愛くないですか?」
「可愛いけどそういうのは由茉ちゃんの方が似合うんじゃないかな」
「今は理子さんに似合うのを探してるんです! はぁ〜、もっとこうスケスケのないですかね? シースルーで⋯⋯」
「どういうのを着せようとしてるのっ」
私は由茉ちゃんの頬を引っ張った。
「りこひゃん、いひゃいれす。ごめんなひゃい」
この
「やっぱりサンタさんっぽく、店頭にあった赤いのは嫌ですか? あれ似合うと思います」
「まぁ、あの、デザインならいいけど」
二人で店頭に戻る。
「で、これを買えばいいのね」
「お金は私が出します! 理子さんへのプレゼントってことで」
「これ結構高いけど?」
「値段は関係ありません!」
由茉ちゃんは買う気満々だが、それなりいい値段のするものを十四歳も年下の子に一方的に買ってもらうというのは、気が引けてしまう。
「私だけというのも悪いから、由茉ちゃんにもプレゼントしたいんだけど。いいでしょ?」
「私にですか?」
「そう。このままだと何か不公平だから、私が由茉ちゃんに着せたいものを選ぼうかな」
「理子さんが選んでくれるんですか?」
「どうしても嫌ならやめるけど」
「全然そんなことないです! 理子さんに選んでもらえるの嬉しい!」
子供みたいに無邪気な笑顔を見せられて、私も何を選ぼうかと楽しさが沸いて来た。
もしかしたら由茉ちゃんもこんな気持ちで選んでいてくれたのだろうか。
私は自分の彼女にとびきり似合いそうなものを探すため、気になったものを一つ一つ見ていく。
「これ可愛いね」
サーモンピンクに花型の白い刺繍がポイントになっているものを手にする。
「わぁ、可愛い!」
由茉ちゃんもテンションが上がる。
「うーん、でもピンクって似合うかなぁ」
「私は似合うと思うけど」
「理子さんがそう言うならこれがいいです」
すぐに決まった。私と違っていつまでも悩んだりしないのは若さゆえか、由茉ちゃんだからなのか。似合うと言ったものを即受け入れられる素直さは私も見習えたらいいのにと思う。
買うものが決まったところで、私たちはレジでそれぞれ可愛くラッピングしてもらい店を出た。
「プレゼントになっちゃいましたね、理子さん」
「一つ増えるくらいいいんじゃないかな。どうせ、クリスマスだし」
「そうですね!」
私たちはクリスマスカラーに彩られた夜の街へと出た。
久しぶりに楽しい聖夜を過ごせそうだ。
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