第9話 贈物の理由
クリスマスを数日後に控えた土曜日。
目が覚めると、私の腕はがっちり
時計を見るとすでに午前九時半を過ぎていた。外からは朝の生活音がかすかに聞こえてくる。
昨日の夜はめいっぱい由茉ちゃんを甘えさせて甘やかしたせいで、こんな時間に起きることになってしまった。
「由茉ちゃん、起きて」
私は彼女の頬を軽く叩く。しかしまるで起きる気配がない。
「起きて」
身体を揺するとようやく身じろぎし出す。寒いのか毛布を引っ張り上げて、潜り込んでしまった。
「由茉ちゃん、お出かけするんじゃなかったの?」
「うぅ⋯⋯眠いぃ」
このまま寝かせておいても構わないと言えば構わないのだが、今日は一緒にプレゼント買いがてらデートしようという約束をしていた。
「起きないなら私一人で出かけるけどいい?」
「⋯⋯⋯⋯」
私はベッドから手だけを伸ばして床に落ちてしまったバスローブを拾いあげる。そしてそれを身に着けてお風呂へと向かった。シャワーを浴びているとすりガラス越しに由茉ちゃんの姿が現れる。
「
まだ半分夢の中に片足を突っ込んでるような声に「どうぞ」と返した。
中に入って来た由茉ちゃんの体に少しぬるめのお湯をかける。
「あったかくて眠気が増えそうです」
「それじゃあ、冷たい水にする?」
「それは嫌です」
とろんとした眼差しがまるで小さな子供みたいで愛くるしい。
私たちは仲良くシャワーを浴びて、簡単に朝食を済ませると冷たい冬空の元へと出て行った。
電車とバスを乗り継いでショッピングモールへと到着した。クリスマスの飾り付けをされ、いつも以上に華やかな場所になっている。
今日はお互いのクリスマスプレゼントをそれぞれ買って、お昼をレストラン街で食べた後、二人でモールをぶらぶらしようという予定になった。
「理子さんが喜んでくれるプレゼント見つけて来ますからね!」
由茉ちゃんは見るからにはりきっている。少し前まで眠そうにしていたのに、今はすっかり元気だ。
「私も由茉ちゃんが喜んでくれそうなもの探して来るよ」
「ありがとうございます理子さん! 私は物じゃなくてもいいんですけどね」
「お食事とかの方が嬉しい?」
「違いますよ〜。本物が一番ってことです!」
「????」
何の本物が欲しいのかさっぱり分からない。以前、何か欲しがっていたものがあっただろうか。
由茉ちゃんは私にひっつくと耳元で囁いた。
「『理子さん』、以外の何があるんですか」
何で分かってくれないのだと口を尖らせている。
「それはプレゼントになるの?」
私はなるべく落ち着いた口調で返す。
「えへへ、なりますよ〜。世界で一番嬉しいプレゼントです!」
どうやって答えていいものか。
「考えておくけど、プレゼントは買っておくから。買い終えたらあそこの広場で待ち合わせでいい?」
小っ恥ずかしいので、話題を変える。
「了解です!」
と言うわけで私はモールの東に、由茉ちゃんは西へと歩き出した。
(由茉ちゃんって本当に私のこと大好きなんだなぁ)
熱さで流れてきた汗を拭って、予め決めておいた物が売っているお店へと直行した。
一時間ほどしてから私は待ち合わせ場所の広場に戻って来た。中央には巨大な白いツリーが聳えていて、紅を基調とした飾りで彩られている。写真を撮る人や立ち止まって眺める人が行き来していた。
まだ由茉ちゃんの姿は見えない。私は隅に置かれたベンチに座って待つことにした。取り敢えずプレゼント探しは一時間と話し合ってはいたけど、遅くなるようならメールか電話で連絡をくれるだろう。
私もツリーを撮ろうかと思い、スマホをカバンから取り出していると人が近づいて来た気配がした。由茉ちゃんかと思い顔をあげると懐かしい顔があった。
「理子だよね。やっぱ理子だ。久しぶり!」
「
元カノだった。別れたのは五年も前だけど、今もたまにメールで話す仲だった。
「こんな所で理子に会うとは思わなかった。今日は一人?」
「ううん。連れいるよ。ここで待ち合わせしてるの」
「そうなんだ。この間話してた新しい恋人? やっとできて何かほっとしたよ」
「やっと、って何。三年ぶりくらいで」
「だって理子って別れてもすぐ恋人作ってたからさ。三年もいないからもう恋愛しないのかと思った」
「たまたま合う相手と巡り合ってなかっただけ」
「三年ぶりに巡り合えて良かったじゃん」
私はしばらく彩奈とお互いの近況を話し合った。他愛もない話で盛り上がる。
「今更だけど私なんかと話してるの、もし彼女に見られたらヤバくない? 平気?」
「別に平気でしょ。今はただの友だちなんだから」
私は今まで付き合ってきた彼女たちとは友人関係を築いている。円満に別れたので、取り立てて疎遠になる必要はないからだ。
「そりゃ理子は平気でも彼女さんは別じゃない?」
言われてみればそうかもしれない。
そして丁度よく通路の向こうに由茉ちゃんの姿を見つける。
「あの白いコート着て、茶色い紙袋持ってる
「随分年下なのね」
「そうね。十四も下だし」
「えぇ!? 若すぎない? それにしてもなぁに理子、その嬉しそうな顔。よっぽど相手が可愛くてたまらないのね」
「そんな顔してた?」
「自覚なしなのね。あーあ、理子に
「うん。またね」
私は締まりのない顔をしているらしいので、口元を引き締めた。
彩奈が去ると同時に由茉ちゃんが足早にやって来る。
「理子さん、お待たせしました! 今の人誰ですか?」
「ただの友だち」
「こんな所で会うなんて奇遇でしたね。もっとお友だちと話していたかった⋯⋯、ですか?」
由茉ちゃんは不安げに私を伺う。私と彩奈の邪魔をしたのではないかと気にしてるのだろう。元カノということは言わない方がいいかもしれない。余計心配させそうだ。
「そんなことないから気にしないで。プレゼントは見つかった?」
「はい! 理子さんが好きそうなもの買えましたよ〜。理子さんも見つかりましたか?」
「一応ね。由茉ちゃんが喜んでくれるといいんだけどね」
「私は理子さんからの贈り物なら何でも嬉しいですよ! たとえ道端の石でも」
「そう? じゃあ今からその辺の道で拾って来ようか?」
「も〜理子さん、例えばの話ですよ。適当に拾った石はもらっても嬉しくないです。時間かけて選んで拾ってくれるならいいですけど」
きちんと選べば石ころでも嬉しいというのが何とも由茉ちゃんらしい。
「この後どうしようか? お昼食べに行っちゃう?」
「理子さん、その前に私パジャマ買いたいです。お揃いの。さっきすごく可愛いパジャマ見つけて」
「じゃあ、そのお店に行こうか」
私は由茉ちゃんに連れられて目的のお店までやって来た。パジャマや部屋着、他にも雑貨などを売っている。
「理子さん、これです。これ。可愛くないですか?」
白地に青で雪だるまのイラストが入った、裏起毛のふわふわのパジャマを由茉ちゃんは手にする。
「確かに可愛いけど私が着るには可愛すぎかな」
「えー、そんなことないですよ! 似合いますよ。だって理子さんは『かわいいりこ』なんですから」
「かわいいりこ、じゃなくて
「お家で着るんだからこれくらいいいじゃないですか」
「確かに外では着ないけど」
そんな会話をしていて、ふと過去にもこんなやり取りをした気がして何かを思い出す。
『おねえちゃんの、なまえ、なんていうの?』
『私? 私は河合理子。理子だよ』
『かわいいりこ?』
『ふふ、違うよ。⋯⋯ちゃん。か、わ、い、り、こ』
『かわい、りこ? おねえちゃんのなまえにもかんじある?』
『漢字? 漢字でどうやって書くかってこと?』
『うん。ここにかいて』
『河合理子。これでいい?』
『ありがとう、おねえちゃん。りこおねえちゃんのなまえ、すごくきれいだとおもう』
『本当? ありがとう。⋯⋯ちゃん!』
多分高校生の時だ。
親戚と一緒にどこかのモールに出かけて、迷子の小さな女の子を見つけた。私は迷子センターまでその女の子を連れて行った。その時に名前を聞かれて、センターに置かれていたらくがき帳に名前を書いた。そんな昔の記憶。
「由茉ちゃんって発想が四歳児よね」
「どういう意味ですか? それ褒めてますか、理子さん」
「そこまで悪い意味ではないけど」
「うーん、何か納得できないですけど⋯⋯。理子さん、このパジャマ嫌ですか?」
「由茉ちゃんはこれがいいんでしょ? いいよ。お家で着るんだし。そもそも由茉ちゃんしか見ないから」
「いいんですか? 嬉しい!!理子さん大好き!」
とても喜んでいるのを見ると、年甲斐もなく可愛いパジャマを着るのも悪くないと思えてしまう。
私たちはお揃いのパジャマを買って、お昼を食べに行くためにレストラン街へと向かったのだった。
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