第8話 製作の理由

 


 十二月に入り、街のあちこちでクリスマスの華やかな飾りが目に入るようになった。買い物に行けばクリスマスソングを耳にし、大きなショッピングモールには見上げるほど大きなツリーがお出ましする。


 デートやパーティーの話、プレゼントの話。皆がどこか浮足立つ季節がやって来た。


 私の勤める会社の出入り口にも小ぶりで質素ではあるが、ツリーが出されて青やピンクの電球をチカチカさせている。


 今日は週末の金曜日。久しぶりに由茉ちゃんの家に泊まりに行くことになった。


「ここのマンション、ツリー飾るんだね」


 由茉ゆまちゃんが住むマンションのエントランスをくぐると、管理人室の脇に子供の背丈ほどの可愛いらしいツリーが出されていた。


「そうなんですよ。変わってますよね。でも見てると楽しくなるので私は好きです」


 二人でエレベーターに乗り込み、三階で降りる。


 部屋に入りリビングまで行くと、テーブルの上には新聞紙が引かれ、モミの青々とした枝に、金色に塗装された松ぼっくりや白い木の枝、赤いリボンなどが雑多に広がっていた。


「もしかしてこれ、クリスマスリース作ってるの?」


「そう、そうなんです。今年は手作りしてみようと思って材料を集めて作ってるんです」 


「由茉ちゃん意外と手先は器用だよね」


「意外って何ですか〜。私が不器用みたいな言い方しないでください!」


「ごめん、ごめん」


「ところで理子りこさん、リースにはちゃんと意味があるの知ってますか?」


「意味?」


 どんな意味があるのか私は知らない。


「『永遠の愛』なんですよ」


 どうだと言わんばかりに胸を張って答える。


「へぇ、そんな意味があったんだ」


 由茉ちゃんは作りかけのリースを手に取る。


「ほらリースってこんな風に丸いですよね。終わりも始まりもない。永遠ってことらしいんです」


「なるほどね」


 確かに丸いものはひと続きになっているので、どこかで切ったりしない限り終わりというものがない。


「私、たまたまリースの意味を知って願掛けのために作って見ようかなって思って挑戦してるんです」


「願掛け? どんな?」


「理〜子〜さ〜ん!」 


 由茉ちゃんは私の返答が気に入らなかったのか頬を膨らませて眉を吊り上げる。


「何でとぼけるんですか!!」


「そういうつもりじゃなかったんだけど。私との愛が永遠に続きますようにってこと?」


 我ながら少し、いやけっこう恥ずかしい返しをしてしまったが、由茉ちゃんは更に恥ずかしかったのか顔をりんごのように真っ赤にしてしまった。


「理子さんのバカ!バカ!バカ!」


「怒る? 怒らせるようなこと言った?」


「本当に理子さんって侮れないですね。あんなにはっきり言われたら、照れるじゃないですか」


 両手で顔を覆ってしまった。


「はっきり言ってほしそうにしてたのは由茉ちゃんでしょ」


 私もとんでもなく恥ずかしいことを言ったような気がして耳に熱が広がる。 


「そうですけど〜。はぁ。私が理子さんに敵うのにあと千年くらいいりますね。今コーヒー淹れて来ますね」


 由茉ちゃんは脱いだコートをソファにかけるとキッチンに入ってしまった。私も何だか熱いので着ていたコートを脱いだ。


 改めてリースを見ると、作りかけではあるが丁寧に作業しているのが伺える。きっと大事に作っているのだろう。願掛けのために毎日こつこつ作業している姿を思い浮かべると、何だか嬉しくなってくる。


 コーヒーを持って来た由茉ちゃんと並んでソファに腰をかける。


「理子さん、実はこのリース二つ分あるんですよ」


 そう言って由茉ちゃんはテーブルの端に置かれた白い紙袋を手にする。中にはまだ何も飾りがついていない白木のリースが出てきた。


「良かったら理子さんも一緒に作りませんか? これ理子さんの分として用意してたんです」


「お揃いのリースかぁ。いいかもね」


 私たちは夕飯とお風呂を済ませた後、パジャマのままテーブルでリースを作り始めた。予め用意されている飾りをリースの土台となる枝に絡ませて嵌め込んでいく。


 部屋の中には由茉ちゃんがつけたラジオだけが淡々と流ていた。時にはクリスマスソングもかかり、由茉ちゃんは鼻歌をうたう。どこか調子の外れた鼻歌が可愛くて、横でこっそり癒やされているのは内緒だ。


 半分ほど形になったところで、由茉ちゃんが背伸びをする。


「理子さん、今日はこの辺で終わりにしましょう」


「飽きちゃった? 私は楽しいんだけどね」


「リースに嫉妬する」


 由茉ちゃんが私にのしかかって来る。


「そうなんだ。じゃ、リースにキスしちゃおうかな」


「変なこと言わないでください」


 私の手からリースを取り上げるとテーブルの上に追いやってしまった。


「週末なんですよ。私はもっと理子さんを堪能したい」


 ソファに押さえつけられて、唇を重ねてくる。私も由茉ちゃんに腕を回してキスに応えた。


 付き合ってそんなに月日は経っていないのに、昔から愛し合っていたかのようにお互いの身体が溶け合うように馴染む。それだけ私が由茉ちゃんに身も心も許しているということなのだろう。自分でも驚くくらいに。


 由茉ちゃんは私のパジャマのボタンに手をかける。


「いいですよね?」


 と聞きながら言葉と裏腹に語調は許可を求める気が微塵もしなかった。


「お好きにどうぞ」


 ラジオからはゆったりとしたロマンチックな曲が流てくる。


 たまにはこんな夜もいいかもしれないと思いながら、私は彼女を抱き寄きよせた。             

                  

 

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