第6話 温かな理由
十一月も下旬となると、空気はほぼ冬へと変わっていた。冷たい風が首筋や足元を撫でていく。日が沈んだ後となれば尚更だった。
週末の金曜日は私の家で過ごすか、
「寒い、寒い〜!
電車を降り、私の家の最寄り駅を出ると由茉ちゃんは私に抱きついてきた。
「今日は鍋にでもしようか」
「賛成、賛成です!」
寒がる由茉ちゃんを連れてスーパーにより、鍋用の食材を調達してから家へと帰った。
私は帰ってすぐにお風呂を沸かし、それから夕飯の支度に取りかかる。由茉ちゃんは私が部屋着にしていたパーカーに着替えてからエプロンを身につけた。
(あのパーカーすっかり由茉ちゃんのものになっちゃったな)
着古したパーカーのどこが気に入ったのか分からないが、由茉ちゃんは家に来ると決まってそれに着替えている。
可愛い彼女が自分の服を着ているのは、それはそれで嬉しくもある。
二人でキッチンに並んで鍋の用意をする。少し前までは鍋を食べるのも一人だったのに、今は彼女がいる。過去の私が聞いたらびっくりするような予想外の相手だけど。
「理子さん、去年みんなで一緒に鍋食べに行きましたよね」
「あったね。あの鍋美味しかったよね」
会社の同じ部署のみんなで鍋を食べに行ったのはちょうど一年ほど前のことだ。
「あの時は今こうして理子さんと二人で鍋を作って食べるなんて考えてもいませんでした」
「うん。それは私も」
「私にとっては理子さんって高嶺の花って感じだったんですよ」
「高嶺の花って⋯。そんな御大層な存在だったの?」
「そうですよ。だから彼女になれるなんて夢みたいです」
由茉ちゃんははにかむ。
私をこんなにも愛してくれるなんて、物好きだと思ったけれど、今では失うことが考えられないくらいの大事な存在になっていた。調理中でなければ抱きしめているところだった。
「せっかく鍋やるんだからこたつ出しておけばよかった。準備してたけど、出すの忘れてた」
せっかく冬めいてきたのだから、こたつに入って食べるのも体が温まってよさそうだ。
「理子さんの家こたつあるんですか?」
「あるよ。リビングの隣の和室にしまってある。こたつ布団も洗濯しておいたんだけどね」
「それなら今から出しませんか? 私、手伝いますよ!」
「そう? じゃあこたつも準備しようか」
私たちは鍋の火を止めてキッチンから和室へ向った。
「由茉ちゃん、こたつ出すからリビングのテーブル畳んでおいてくれる?」
「はーい」
私はこたつテーブルを使えるように整えて、由茉ちゃんと入れ違いでリビングに運ぶ。
「こたつ布団これですか?」
「そう、それ」
和室に置いてあったこたつ布団を由茉ちゃんが持ってきてくれる。
二人でこたつを設置して、私は電源を入れた。
「わぁ〜冬って感じでいいですね」
由茉ちゃんもご機嫌になっているので、私も気分がいい。
出したばかりのこたつに鍋を運んで、夕飯の支度を終えると、私たちは向かい合って座った。
「何だか理子さんと家族になったみたいで、すっごく楽しいです」
「もう家族みたいなものでしょ」
私の返答が意外だったのか、由茉ちゃんは驚いた顔で私を見つめる。
「⋯⋯私、理子さんにとってちょっとは特別な存在になれてますか?」
「特別じゃなきゃ、付き合ったりしないんじゃない?」
きっかけは軽いノリだったかもしれないけれど、毎日好意全開で懷いてくれるこの娘が特別にならないわけがなかった。
「そっか⋯⋯。そうですよね。理子さんの特別かぁ」
由茉ちゃんは突然涙をこぼす。
「そんな泣くことじゃないでしょ」
「ごめんなさい、理子さん。感慨深くて⋯⋯」
私はこたつから出て、由茉ちゃんの側に行くと彼女を抱き寄せた。
「大げさなんだから」
「理子さん⋯⋯」
いつだって由茉ちゃんは真っ直ぐだ。それはもう曲がった部分が一つとしてないくらいに。真っ直ぐに私を愛してくれている。
「由茉ちゃん、お鍋冷めちゃうから食べようか」
「はい!」
笑顔が戻った由茉ちゃんと二人で鍋をつつく。愛おしい存在がいれば、一人で食べるよりずっと温かくなる。私は久しぶりにそんな感覚を思い出した。
夕飯を食べ終えた私たちはこたつに入って、のんびりと夜を過ごしていた。
由茉ちゃんは私の腕の中を定位置に決めて、ミカンの白い筋を剥いている。
私はそんな彼女の肩にもたれてぼーっとテレビを見る。
特に何をするわけでもない、普通の夜に私は心が満たされているのを感じた。
「理子さんミカン食べないんですか?」
「由茉ちゃんが言うなら食べようかな」
昨日スーパーで買って来て袋に入ったままのミカンを取り出す。
「私が皮剥きますね」
ミカンを取られてしまったので、由茉ちゃんが剥き終わるのを背中越しに眺める。
器用に白い筋も取り除くと、振り向いて私の口に差し出した。
「食べさせてくれるの?」
「理子さんにならいくらでもしてあげますよ」
「これは餌付け?」
「ミカンなんかで理子さんを餌付けできるなら毎日しちゃいます」
私は差し出されるままにミカンを食べる。
「ごちそうさま」
結局一個丸々食べさせられてしまった。
「私ばかりしてもらうのも悪いから、今度は由茉ちゃんに食べさせてあげようか? もういらない?」
「食べます。食べます。理子さんに食べさせてもらうなんて贅沢ですね」
今度は私がミカンを剥いて、由茉ちゃんの口に持って行くと、指を甘噛みされる。
「こら、由茉ちゃん。指まで食べないの」
「ごめんなさーい。だって理子さんの指綺麗だから」
由茉ちゃんは私の手を掴むと甲にキスを落とす。また指を
「指は食べ物じゃないよ」
「私は理子さん食べたいので、理子さんも私を食べてください」
「悪い
「お仕置きされちゃいますか?」
「どうかな」
私は由茉ちゃんの服の中に手を這わせる。少し高めの体温でとても触り心地がいい。
「テレビ見なくていいんですか?」
「そんな気分じゃないならやめるけど?」
私が手を引っ込めようとすると、由茉ちゃんに掴まれる。
「理子さんに求められて断るなんてもったいなくてできません」
私は体勢を変えて、そっと由茉ちゃんを押し倒した。
お互いの体温を分け合うように私たちは肌を重ねる夜を過ごした。
溶けるようなぬくもりに、冬の楽しみを見つけてしまった。
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