第5話 寄道の理由
終業時間になり、会社を出ると
「
今日は一緒に外で食べようと約束していた。
私の腕を掴んでくっついて来る。由茉ちゃんは人前だろうが、気にしないようだ。私も腕を組むぐらいはいいかと放置している。
「そうだ、理子さん。私理子さんとやってみたいことがあるんですけど、ご飯の前にいいですか?」
「やってみたいこと?」
「どうしても理子さんとやりたくて」
無理難題を振って来ることはないと思うので、私は了承した。そして由茉ちゃんに案内されるがまま付いて行く。
私たちは電車に揺られて、夕食を食べるお店がある駅で降りた。店の前を素通りして、由茉ちゃんはずんずん進んで行く。どこを目指しているのか分からないまま、駅から五分ほど歩いただろうか。
由茉ちゃんはゲームセンターの前で止まった。
「理子さん、ここです」
「ここってゲームセンターだよね? 一緒にゲームしたかったの? でも私疎いよ」
「いいんです、いいんです。理子さんとやりたいのはゲームじゃないので!」
私は腕を引っ張られて中に足を踏み入れた。
お店の中ほどで立ち止まる。
「じゃーん! これです!」
由茉ちゃんが指す箱型のそれは側面に綺麗な女の子が印刷されている。いわゆるプリクラというやつだ。
「理子さん、プリ撮ったことあります?」
「あるよ。懐かしい。昔とは雰囲気違うけど、学生時代に友だちとよく撮ったなぁ」
私が知っているものよりも豪華でしっかりした作りになっている。当時より進化しているのだろう。
「理子さんと撮りたかったんです。いいですか?」
上目遣いで甘えるように私の顔を覗き込む。由茉ちゃんはこういう仕草がナチュラルにできてしまう。そしてそれがあざとすぎない。私には到底こんな可愛い仕草はできない。それが様になっている。これで断るなんて鬼でもなければできないだろう。
「いいよ。でも写真ならスマホでも撮れるじゃない」
「形として欲しかったんです」
これくらいのお願いならいくらでも聞いてあげられる。
「どうやって操作するんだっけ?」
私が知ってるのとはかなり違っているので、正直使い方はよく分からなかった。
「大丈夫です。任せてください」
と言うので操作は任せよう。
「理子さん、中でハグして欲しいんですけど、いいですよね?」
「えっ、ハグ!?」
「嫌ですか?」
「そんなことはないけど」
仕切りがあるので外からは足くらいしか見えないだろうが、こんな所でハグするのは少し気恥ずかしい。
「私みたいなおばさんとそんなポーズしても、その何か⋯⋯あれじゃない?」
言い訳が勝手に口からこぼれる。
「も〜、理子さんは何でそんな事言うんですか!? 私にとってはずーっと、素敵な憧れのお姉さんなんですから! おばさんなんて言って卑下しないでください。前にも言いました!」
「ご、ごめん」
何せ由茉ちゃんとはかなり年の差があるので、どうしても私なんかでいいのかという不安は常につきまとう。
「私は理子さんが理子さんでいてくれたら、年齢なんてどうでもいいんですよ」
「由茉ちゃんは年上がタイプ、なの?」
「私のタイプは『理子さん』です!」
胸を張って可愛いドヤ顔を見せてくれる。
どう答えていいか分からず、私は由茉ちゃんの頭を撫でくり回した。
「どうしたんですか、理子さん!」
「何でもないよー。撮ろうか」
「はい!」
由茉ちゃんは筐体の側面に硬貨を投入すると、私を仕切りの向こうへと連れて行く。
そして先程お願いされたとおりにお互いの体に腕を回して、撮影する。
「OKですよ、理子さん」
再び外に出ると側面に撮った写真が映し出されていた。
「名前書きましょう」
言われるがままに由茉ちゃんの真似をしてひらがなで「りこ」と書き入れた。
こんなの久しぶすぎてちょっと照れくさい。
完成した写真が出てきた。
「はぁ〜理子さんと撮れたっ!!」
由茉ちゃんは目をきらきらと輝かせている。
(こんな顔してくれるなら写真もいいな)
たかだかプリクラ一枚でまるで宝物を見つけたかのような顔をしてくれるのだから。
「えへへ、後で手帳に貼ろう」
由茉ちゃんは無邪気な笑顔で喜んでくれている。
(私も貼っちゃおうかな。手帳に)
半分こにされた写真を渡されて、私までそんな気分になってしまった。
私たちは食事をするために来た道を戻って、お店に入った。個室もあるお店だ。丁度席も空いていたので個室を選び、奥の部屋に通される。ウェイターがお冷とおしぼりを置いて去り、由茉ちゃんはさっき撮ったプリクラを取り出した。
「今から手帳に貼るの?」
「そうですよー」
由茉ちゃんはカバンから茶色い革製のカバーが掛かった手帳を取り出した。開いた一番最初のページに貼り付けようとする。
「そんな目立つところに!?」
「え〜だめですか?」
「誰かに見られたらどうするの?」
「やばいですか?」
「ほら、由茉ちゃん⋯⋯、私たちは一応上司と部下でしょ。あんまり親密すぎるのも問題というか⋯⋯」
社内でも由茉ちゃんは構わず懐いて来るので今更ではあるが、さすがにプリクラを撮る仲というのはまずいのではないかという気がする。
「う〜ん、分かりました。最後の方に貼りますね」
少ししょぼんとした由茉ちゃんは、手帳の反対側を開いてそこに貼り付けた。
由茉ちゃんは手帳をパラパラとめくり、真ん中当たりで手を止めた。そのページはクリアポケットになっている。中には折りたたまれた黄ばんだ古そうな紙が入っていた。
「理子さん、これ何だと思いますか?」
「その古い紙?」
たたまれているので中に何か書かれていたとしても分からない。少しざらついた紙に見える。
「これ、私にとってはお守りみたいなものなんですよ。ずーっと大事にしてきたんです」
由茉ちゃんは懐かしそうな顔で、とても大事そうにそれを撫でる。表情や雰囲気からそれが彼女にとって、とても大切なのであろうことが伝わってきた。
「どんなものか聞いてもいいの?」
「いいですよ⋯」
「失礼します」
タイミング悪く、店員さんが料理を運んで来たので由茉ちゃんは手帳をしまった。
見るからに美味しそうな料理がテーブルに並べられた。
「ご飯食べようか」
「はい!」
結局、その紙について聞くのを私は忘れてしまった。
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