第一話 ザクロとアイドーネウス
西暦四〇××年、地球は大陸を移動し、破壊し、人々の文明は大きく変化した時代。
存在しないとされた魔術、怪談民謡や童話だと言われた妖精や魔獣、異形の人々はまるで永い眠りから目覚めるかの様に動いて生活している。
新しい国境により国家も一新され、この都市ラムラダも地区事に建物の形式や人種、服装文化が違うという混沌っぷりを極めていた。そんな情報過多で、興味が尽きない筈であろうラムラダにて。ただ一人、一心不乱に目的地へと走る子供がいた。
サイドテールにした灰色のロングヘアーに、深緑の瞳。華奢で百四十センチほどの小柄な身長。一見すると女性のようにも見える。しかし、この子供には性別がなかった。男でも女でもない。
第三の性――無性別。特にこのラムラダでは別段珍しい事ではない。とはいえ、歴史が浅いことも事実だ。
そんな彼の者は、目的地である二階建てのカントリーハウスを見つけ、ようやく走り続けていた足を止める。そのまま軽くひと呼吸し、にポケットから一枚の紙切れを取り出す。
そしてじっくりと、目の前の扉のネームプレイと交互に見比べ、何かを確認したらしく、呼び鈴を鳴らした。
呼び鈴のジリジリという電子音が響き渡り、扉が開かれ一人の男が現れる。
長く美しい金髪と、鋭いアメジストの様な紫の瞳。気だるげだが整った表情に、180は軽く超えているであろう長身と、何処かの貴族の様な青いコート。
古い絵画に描かれていそうな美青年がそこにはいた。子供は思わず息を飲む。
「想像していたより、カッコ良かったか?」
「……は?」
男の言葉に、子供は反射で言葉を返した。今、この男は何と? まさか自分で自分のことをカッコ良いといったのか?
子供の怪しむ視線を受け、男は意地が悪そうな顔でにやりと笑う。
「まぁとりあえず入れよ。どうやって此処に来たかは分からないが、その焦った様子から察するに早急な用事なんだろう?」
実際その通りであった。子供は促されるまま、彼の家の中へ入り居間へと案内される。家の中もシンプルだが広いカントリーハウスの構造ではあったが、揃えられていた家具はどれもアンティーク調。
育ちの良い人物なのだろうか、はたまた本人がアンティーク趣味の人間なのだろうか?
(よくわからないけど、この人からすれば僕が済んでるアパートなんて狭すぎるんだろうなぁ)
などと思いながら、子供は高級そうで品のある家具達をまじまじと見つめるのであった。一方で男は奥のキッチンへ向かいながら軽い調子で子供に話しかける。
「そのソファに座っときな。俺様特性ブレンドティーを用意するからよ」
「……はぁ」
何ともまぁ、ギャップの激しい御仁だと子供は思う。見た目からはいかにも冷静沈着で、人をあまり寄せ付けない印象が強かった。しかし、実際の彼はさっきから愉快そうに笑い、楽しそうにお茶を入れている。人当たりが良さそうで、誰とでも仲良くできそうな人物に見えた。
特に似てもいない筈なのに、彼の様子をみて子供は一人の人物を思い浮かべる。
「デメテル……」
「なんだ? 彼女か? それとも君のお母さんか、はたまた妹かお姉さんか?」
男は突如として目の前に現れ、先ほどとは少し違いやや冷めた様な表情で子供にお茶を受け渡す。一方の子供は、彼が突然現れた事に驚きつつも、温かいお茶をどうにか受け取った。
「えっと、友達……です。一週間前から行方不明になっていて……」
「ふむ。その口ぶりから察するに、己のやれることは全てやり切った後だな?」
彼はそのまま子供の向かい側のソファに腰かけ、自らもブレンドティーを優雅に飲みながら事情聴取を行う。
「は、はい。彼女の家……実家住まいなんで、実家なんですけど。尋ねたらご両親は帰ってきてないって。学校にも来てませんでしたし、警備隊にも調査して未だ行方が分かってないんです。それで、その……風の噂で、ここに来ると良いと聞いて」
「ほう、一体どんな風の噂だか。しかしまぁ、このアイドーネウス様を頼ろうと判断した君の判断力は実に素晴らしいものだな。—-改めてようこそ、我が事務所へ。俺様の名はアイドーネウス・ミントプルートだ。君は?」
アイドーネウスと名乗った男はゆっくりとお茶を飲み干し、手前のテーブルにカップとソーサーを静かに置いた。
たったそれだけの仕草だが、子供はどこかぞわりと悪寒が走る。無論、傍から見れはアイドーネウスは丁寧に接してくれているし、温和な対応である。どこにも悪寒を走らせるような要素はない……筈なのだ。
相手は名乗った。だから自分も名乗り返せばいい。けれど、直に返すには何処か息がつまる様な何かが、一瞬だけ子供を襲ったのも事実である。
「僕は、ザクロです。ザクロ・ペルセポネ」
「うむ。ザクロか……なるほど。失礼ながら、君は無性別かな?」
無性別という単語を聞いた瞬間、ザクロは素直にうなずく。そう、今のザクロの格好はどちらかというと女性風。傍から見れば余計に性別が分かりにくくなっている為、本人の自己申請が無ければ判断できない……筈だった。
しかし、この男アイドーネウスは一瞬でそれを理解する。一体どういうからくりなのか、ザクロ自身も強い興味を抱いた。
「あの……アイドーネウスさんはどうして僕が」
「良い良い。気安くアイドーと呼んでくれ。まぁ、経験上の賜物と思ってくれ。それよりもだ、君の友人探しの件についてだ」
話を中途半端に切り、やや強引に依頼の話へと持って行く。あまりに不自然だが、依頼を持ってきたのは自分な為、ザクロは強くは言えない。
「探す相手の特徴を詳しく教えてくれるか?」
「えぇと、それってこの件を受けてくれるって事でしょうか? まだ報酬の話もしていませんし……」
ザクロの言葉を聞くな否や、アイドーネウスはザクロへと右手を伸ばし、そのまま顎を掴んでゆっくりと告げる。
「実に哀れだ。お前自身、狂った運命に敷かれたのだな」
瞬間、ザクロは一体何のことを言われたのか分からず茫然としているしかなかった。しかし、視線の先のアイドーネウスの瞳はまるで獲物を狙う肉食獣の様にこちらをしっかりと捉えており、ザクロは身を震わせて理解する。
この男は恐らく、
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