第8話 動き出す世界


――――世界秩序機関 アメリカ合州国支部 地下四階


局長との面会から一週間。空真とレイは射撃訓練を行っていた。


「空真は上手いなぁ。腕、足、胸、綺麗に撃ち抜いてるじゃないか。」


「コツが分かれば簡単だ。簡単だがこれに意味があるのか?能力者相手に拳銃なんて―――。」


「あるわよ。」


発砲音で靴音に気付けなかったようでクラリッサが扉の前からこちらを眺めていた。


「盗み聞きってのは公的機関としてどうなんだ?クラリッサさん。」


「クラリッサでいいわ。仲間なんだから気を使わないの。で、銃についてなんだけど、っと!」


一歩。たった一歩の踏み込みで距離を詰め空真の手から銃を奪い取る。その銃口は空真の喉元をピタリと抑え、生殺を掌握した。


「あ、あぶねぇなッ!こっちに向けんなよ!」


「そう。そうよ、これは危ないの。こんな風に条件に合わせて銃口を向けるだけで制圧できるほどにね。能力者だって人間よ?撃たれれば怯むし、動けなくもなるわ。」


「あなたが言っても説得力無いですよ・・・。」


以前見た壮絶な光景を思い出し、一般人であるレイはやや引き気味に口を挟む。

喉元から銃が離れテーブルに置かれたところで、空真は一息付いた。


「っ・・ふぅ・・・。まぁレイの言う通りだ。クラリッサみたいに銃の効かない能力者は多いんじゃないか?」


「あのねぇ・・・。この仕事は大物ばかり相手にする訳じゃないのよ?色々な状況ケースで動けないといけないの。それにね、二人とも。あたしもか弱い女よ?銃くらい効くわ。」


二人が頭にクエスチョンマークをいくつも浮かべ顔を見合わせる。


「そのジョーク、新人全員に言ってるのか?」


「空真、あなた結構ズバズバ物を言うのね・・。でも、あたしの能力を知らないでアレを見たらそう思い込むのも無理ないのかしら・・・。」


口を「へ」の字に曲げ、唸るクラリッサ。

長身の体躯に似合わず動きが幼い、空真は端的にそう思った。


「そうね、一度でいいから機関のデータベースを閲覧してみるといいわ。権限は降りてるし、色々知れるわよ。『掃除屋』の事も・・ね。」


「『掃除屋』についての資料があるなんて凄いですね。僕がどんだけ調べても肝心なところに行きつかないのに。」


「完璧じゃないわ。組織単位で見れば目的があるようだけど、個人単位で見たら意味不明・正体不明・能力不明の三拍子が揃ってるわ。それでも今のあなた達が知りえる情報よりは詳しくあるはずよ。」


空真の目つきが変わる。

『掃除屋』、その言葉を聞くたびに空真の中にある黒い炎が大きくなっていく。

自分の目の前から両親が消える映像が今でも瞼の裏で蘇る。怒りを抑えてはいるがそれでもやはり目だけは誤魔化せない。



目は口ほどに物を語る、か。



クラリッサは空真の目を見て、自分の過去を少し思い出す。

彼女が『森の魔女』と呼ばれていたその時を――――。


「空真、後で情報をまとめて君に渡すよ。だからその間に・・。」


「ああ、頭を冷やすよ。」


眉を上げ、ぱっちりとした目をこれでもかと大きくするクラリッサ。


「驚いたわ。この一週間に何かあったの?」


「俺なりに考えた、それだけだ。」


やや強引に『掃除屋』の話を出したのには理由があった。空真の変化を見るためである。

入局後すぐに行われた身体能力のテストは極めて良好。能力安定度検査も合格し、優れた局員になるであろうと思われていたが一つ欠点があった。それは、「精神面」である。

過去のトラウマやそれに付随する情報が入ると、視野狭窄になる点が分析官によって指摘されていた。どこの部門に所属するにしても過度に私情を持ち込むの欠点となり危険である。クラリッサ自体もそう懸念していた、が、ワンズ局長の考えは違っていた。

問題点について相談をしに来たクラリッサに対し、『私の言葉で彼は大きく変わろうとしている。少し様子を見てほしい。』と言ったのだ。

その意を汲み数日。今、その変化をクラリッサは目にしていた。


「これなら、大丈夫そうね。」


「何の話だ?」


どこか嬉しそうにほほ笑むのに対し訝しむ空真。

その様子を「なんか絵になるなぁ」等と眺めるレイ。


「実はね、初仕事があるの。三時間前からワシントンで謎の病原体による連続感染が起こってる。今、捜査部が警察と連携して情報を集めてるところよ。」


「『掃除屋』との関連性は?」


「今のところ不明。だけど、可能性はある。情報が集まり次第ってところね。明日朝すぐにワシントンに行くから用意しといてね。」


「分かった。そろそろ訓練も飽きたところだ。」


「僕も何かしら情報が無いか探してみるよ。空真、明日頑張ってね。」


「何言ってるのレイ?あなたも来るのよ?」


「へ?」


間抜けな声を出す。

レイは何かの間違いだと思い、クラリッサが次に出す言葉を待った。


「あなた達二人はあたしと同じ局長直属の特別部隊。だからあたしが現場に出る時は一緒に来てもらうわ。」


「捜査部とかの方が僕は合ってるような・・・。」


「局長の意向よ。こればっかりは逆らえないの。てことで、諦めなさい。」


わざとらしくウインクをする姿にムカついたが、レイは諦めた。

クラリッサは要件が終わったようで立ち去り、空真は片付けを始める。その傍ら、タブレットをリュックから引っ張り出しデータベースへのアクセスを始めた。


そうして映し出されていく数々の情報は二人にとって新鮮で、有益で、そして残酷だった―――。





――――ワシントンD.C. 某所 貿易倉庫


夜闇の中で静まり返る倉庫内。静かにライトが照らす中、そこに人影が複数。


「『運送屋』、ご苦労。」


『運送屋』と呼ばれた少年は、手をヒラヒラとさせる事でその言葉に応えた。


「でェ?エリオット使ってまで顔を合わせた理由ってのはなんなんだ『総長』?」


「ルーカスの言う通り。理由をまず聞きたいな。」


二人の言葉に男はロングコートを揺らし動く。


「理由はコレだ。紹介しよう新人だ。」


コンテナの角から人影が伸び、ゆっくりと靴音を鳴らし、そして現れる。


「ドーモ、先輩方。よろしくーっす。」


軽薄そうなこの男に『爆弾屋』と『運送屋』は警告する。


「おい、新参者。塵になりたくなかったらを今すぐやめろ。」


「ルーカスと同意見だね。今すぐにでも能力を解除しないなら文字通り、。」


「・・・ケビン。」


「はーい。」


『総長』と呼ばれた男の一言には逆らえず、を解除した。


「まだ納得いかないんだけどさ。新人の紹介なら映像通信でも良かったんじゃないか?」


「理由には続きがある。例の久遠Jr.ジュニアが秩序機関に入った。実際に会った者から見てどう思う?」


「どうってのはコイツとの能力相性かい?」


「そうだ。」


「なら、正面からやっても側面からやっても負けないと思うよ。ルーカスはどう思う?」


「あーん・・。そもそもアイツ、多分、反応物質を感知できてねェよ。俺の空圧縮バルーンも見えてないんだから。」


そう言うと、ニヤァ、と粘り気のある不快な笑みを浮かべる。


「そうか。では、任せる。ケビン、決まりは覚えてるか?」


「『与えられた仕事では何をしても構わない。ただし、愉快に残酷にサディスティックに行う。』でしたよね?」


「そんな事は言ってないが、。」


明るいとは言い難い倉庫内で、不気味な笑みを浮かべる面々。

この集会を目にした者がいたなら、彼らの不気味さに戦慄することになるだろう。


「任せたぞ、『疾病しっぺい屋』。


「はーい。キヒヒヒヒ。」



ハハハ、キヒヒヒ、フフフ、ヒッヒッヒッ・・・。



不気味な笑みを残し、掃除屋サディスト達は闇に消えていった――――。

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