第7話 世界秩序機関‐World Order Organization‐
『世界秩序機関-World Order Organization-』。その頭文字を取り、一般的にWOOと呼称されるこの機関は超能力保持者の人権保護及び犯罪抑止を目的に設けられた国際連合の機関である。名目上は国際連合の一機関となっているが、その局長の手腕と実績により一機関ではありえない程の特別権限と国連からの事実上の独立を果たしている。
局長と各部門長を中心に構成された職員には各国捜査機関に対し同等の捜査権限を行使する事ができ、危険性や異常性の高い能力犯罪の抑止
*
――――世界秩序機関 アメリカ合州国支部
白を基調とした清潔感と開放感のある内装がこの組織の全てを物語っていた。
清廉にして潔白。正道たる王道。各国の大使館や調査機関の建物も清潔感はあるが秩序機関ほど引き締まった印象は無い。
そんな屋内でクラリッサはやや目立つ。その乳白色をした古めかしい軍服のような制服が、という訳では無い。西洋人形のような整った目鼻に童顔、極めつけはその翡翠色のツインテールがである。
目に入る人々がどうしても彼女を視界の中心に収め、正面から背姿まで余すとこなく眺めてしまう。
自分の容姿の異端さを知ってか知らずか、彼女はすれ違う人に微笑みながら奥へと進む。
後ろを歩いて行く空真達も当然ながら見つめられる事となり、レイですらも気恥しい気持ちになっていた。
「クラリッサさん、すみません。あの列なんですか?」
視線を浴びる中で、一段と長い列ができている窓口を指し示すレイ。何かの手続きを待っている列のようで全体として雰囲気が暗いように思えた。
「ああ。あれは『雇用補助金』の窓口よ。」
「そういうのは役所でやるもんじゃないのか?」
空真が当然の疑問を口にする。
「人種や宗教の問題があまり無い日本出身のあなたには実感が湧かないでしょうけど、能力者が社会で生きると様々な問題が起こるのよ。」
やや含みのある言い方であしらい、そのままクラリッサは進んでいく。その説明に納得し切れぬまま二人も後に続いた。
*
エレベーターで最上階まで上がり扉の前に案内される。
「局長室」と書かれたの部屋を前にしてクラリッサが襟元を正しなが二人に注意をした。
「いい?これから会うのは世界で一番偉大な方よ。くれぐれも口の利き方に気を付けてちょうだいね。」
その言葉に息を呑む。扉を開けるまでの数間、様々な憶測が頭の中で飛び交った。
威厳のある大男だろうか。大きな組織を束ねる者だ、それ相応の身構えと出で立ちをしているのだろう。あれほどの
「局長、クラリッサです。失礼します。」
扉が開かれ踏み入れると、空真の予測や気構えは全くの無意味となる。
そこは六畳間ほどの和室。異空間にでも飛ばされたかと思い、そこにある木製の小窓からの風景に目線を移す。だが、そこから見える景色は澄んだ青とビル群による階層相応のものであった。
「ふふふ、クラリッサ。あたしゃ、そんな偉い人間なんかじゃないよ。気持ちは嬉しいがね。」
突然の声に大きく目を見開き、声の主を見る空真。見ると、正座をした小さな老人がいた。
頭巾を被っており細かな表情は見えないが、声色から朗らかな印象を受ける。この時空真は余りの驚きに目を見開き、言葉を失っていた。局長が老人だったからではない。
いつからそこにいた?
と。
能力を全開にしていないとは言え、空真は自分の周囲にいる人間の位置関係等は目を閉じていても分かるはずであった。が、この老人は目の前に鎮座していたにもかかわらず『居た』事を即座に認識できなかった。
何が起きたか分からずただただ驚愕するしかなかったのだ。
「その二人が、保護対象だった子?」
「はい、久遠 空真とレイです。」
名を出されると共に老人の目線が二人へと向く。
頭巾の下が先程よりも良く見える。表情が見て取れ老女であると分かった。皺だらけの顔だがどこか気品がある顔立ちをしており、微笑んでいるその顔を見ていると扉を入る前に引き締めていたいた気がちょうどよく緩む。
「まぁ、座んなさいな。そうかぁ。久遠
ズズズ、と緩やかな動きでお茶を飲み、どこか遠くを眺める。
「お二人に何があって、何をしていたかは知っているよ・・。辛かったねぇ、不幸を防げず、すまなかったねぇ・・・。」
涙こそ流していないがその瞳の奥にある深い哀しみと苦難が声を通して二人にも伝わり、感極まりそうになるのを必死に抑え―――る事ができたのは空真のみであった。
「い゛え゛い゛え゛・・そ゛ん゛な゛・・・う゛~~~・・・。」
レイは涙腺のみならず鼻の制御もできなくなる一歩手前というところまで効いていた。
いつもなら呆れる空真であるが、自分も一歩耐えきれなかったらと思うと人の事を言えないと分かっていた。
「泣きなさい、泣きなさい・・。生きているんだから悲しい時は泣けばいい。」
「あ、あの、それで、俺は入れていただけるんでしょうか?」
「あぁ、その話もクラリッサから聞いたよ。そうだねぇ、制限を設けてはいないから入るのは構わないよ。ねぇ、クラリッサ?」
「はい、人種、性別、宗教、超能力の有無、その他如何なる枠組みに属していても拒みません。だから彼も入局しても問題無いと思います。ただ、直接お聞きになりたいことがあるんでしたよね?」
朗らかな、まるで聖母のような顔で空真を見つめる老女。
「その前にきちんと私の身の上を明かしましょう。私は、ワンズ、そう名乗っているわ。世界秩序機関の局長をしています。年齢は・・そうね、遥か昔から世界を見てきた、とだけ云っておくわね。一応は超能力保持者だけど、こんなつまらないことには興味がないでしょうね・・。」
「聞きたい事、というのは?」
口を挟んだ事に抗議しているようで、クラリッサが空真を睨み付ける。
「そうね、聞きたい事というのはね、あなたが私たちの元に来て『何がしたいか』、ということよ。」
考えるまでも無い――――。
「俺はあいつら――『掃除屋』をこの手で・・・。」
「『復讐』―――かい?」
「はい・・・。」
「憎いかい・・?『掃除屋』が、その周りが。」
「憎いです。『どうして俺の両親が?』『なぜ奪われなければならない?』―――そう考えるだけで頭と胸が焼けるような想いになります。だからこの手で!奴らに報いを与えなければ!そうでなければ前に進めない!!」
感情の蓋が開きかけ、声を荒げる。それに対しワンズは、優しい眼差しで静かに空真を見つめていた。
「クラリッサさんの強さは見ました。あの『掃除屋』と対等に渡り合っていた!それだけじゃなく『掃除屋』の足取りも分かっていたように思えた!お願いします!!俺を、機関に入れてください!!」
「確かに、『掃除屋』を私たちも追っているし、渡り合えるだけの
一呼吸を置き、優しく包み込むように言葉を続ける。
「復讐は病のように
空真はその暖かな言葉に何も返せなかった。
老女の言葉の一つ一つが心染み込んでいき、自分の中の黒い感情と相反し、グルグルと渦を巻き、思考がまとまりを得ないからである。
空真にとってこのような経験は初めてであり、それも相まって余計に応えられなかった。
「すぐに整理できるような感情でもないのは分かるよ。だから、
そう言うとお茶を啜り、クラリッサの方へと首を向ける。
「クラリッサ、それじゃあ二人を頼んだよ。ローラントには私の方から言っておくから。」
「分かりました局長。じゃ、二人とも行くわよ。」
扉を閉め、部屋を後にする。
フロア中央まで戻りエレベーターを待つ。エレベーターが着く間際にクラリッサが口を開いた。
「あなたが『復讐』したいというならあたし達は止めないわ。元より私も『同じ穴の狢』よ。だからこそ助言するわ。キチンとその眼で見て、それで選びなさい。」
それに対し空真は、「わかった」と一言だけ応える。
空真はその複雑な胸中を飲み込み、エレベーターに乗り込んだ――――。
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