第9話 『疾病屋ケビン』・上
――――ワシントン特別病院 隔離病室前廊下
職員が慌ただしく行き交う。誰がどう見ても只事では無い。皆口々に「何が起こっている!?」と声を上げる。しかし、明確な答えを持つ者等この場にはいない。
「ここは・・地獄か・・・?」
空真は強固なガラスの先にある病室の中を見つめていた。
管を繋がれ、か細く息をしているそのほとんどがまだ十にも満たない子どもばかり。
激痛に耐え兼ね、涙が止まらぬ子。
血を吐き、今にも命の灯が消えかかっている子。
息をするのも苦しい口で、父と母を必死で呼ぶ子。
これをガラス越しに見ている親たちの胸中は想像を絶する。手の届く所で我が子が苦しんでいるのに何もできない、してやれない。
地獄、いや、地獄ですら救いがある。これには、この場所には、救いが無さすぎる・・・!!
現場の現実に目を覆いたくなる空真。
「モニターの情報だけでは現場は分からない。この雰囲気、よく覚えておきなさい。」
クラリッサの厳しい言葉が二人の身を引き締める。
「州内三つの大病院で現在運ばれたのが四十名。その全てが子ども。・・・意図的だとあたしは思う。」
「そうだと思うが気になる点が二つある。」
自身の端末に送られ、まとめられた情報に空真は目を細めた。
「まず一つ。『国立免疫センターにおいて一致する疫病無し。』ってのはどういうことなんだ?そもそもこれは同じモノの集団感染なのか?」
空真は遠目に病室を見る。嘆く家族も苦しむ子どもも直視する度に心が痛んだ。
「今も能力を使って細かく視た。でも何度見ても症状が違うように思えるんだ。呼吸器系の症状や皮膚の異常、それも場所が様々だ。疫学は素人だがそれでも同じものにはどうも思えない。」
「そうね。だからこそ意図的だと思うわ。」
ここで話すべきで無いと考えたのであろう。
クラリッサは二人に目配せし、病室側から距離があるラウンジに移動する。
「普通、病には病の
「一見複雑に見えて、事はシンプルなんですね。」
「そうよレイ。『菌やウイルスに介入できる
微かに漏れた怒気に空真は驚きつつも共感していた。
意図的に子どもだけを狙い行う犯行。抵抗力の無く、自分に歯向かえない者だけに狙いを定めた卑劣さ。
如何なる理由があっても許されないその行為に心の底から嫌悪した。
「空真、二つ目も教えてもらえる?」
目頭が熱くなるような感情に流されていたのをクラリッサが呼び戻す。
「あ、ああ。その二つ目なんだが―――。」
――――『誰がこんな大がかりな事できるんだ?』。そう言おうとしたその時、答えの方から歩み寄ってくる。
ラウンジの壁に埋め込まれたテレビ。先ほどまでニュースを映していたはずのそれが急に別のもの映し出す。
『マイクテース。マイクテース。』
明るい声で男がマイクの調子を伺っている。
突拍子が無い。嫌に明るい人物―――。
クラリッサと空真は嫌な予感を全身で感じた。
「
立ち上がり周囲を見るクラリッサ。
ラウンジに点々といる彼らはお互いに、「お前見たか?」「いいや。お前は?」と応え合い、何も知らない様子。
考えを巡らすクラリッサ。その一方で空真は能力を使い周囲を調べていた。
周囲に不審物は無い・・・。更に広げるか。一般病室・・・異常な・・ん?
見ていた風景の中に同じ物がチラついた気がして戻る。
一般病室のテレビに映る映像、それは今ラウンジのテレビと同じものを映していた。
こいつ―――まさか――――!!
空真は能力を解除し、レイに詰め寄る。
「なぁ!?レイ!!テレビの電波ジャックできるか!?」
「え、え?」
「公共電波!このテレビの電波をジャックってできるものなのか!?」
余りの勢いに驚き返答が出せないレイ。
気圧され、言葉に困る彼に代わりクラリッサが聞きただそうとしたその時、画面に大きな変化が表れる。
先程までマイクの調子を整えていた男はどこからか椅子を持ってきていた。その表情はクリスマスの準備をする無垢な子どものよう。
椅子の位置を中央に調整し、そのままどっかりと座る。そして一言。
『全国ネットでこんにちは!掃除屋デース!』
軽々しく発せられたその言葉には考えられない程の重みがあった。
クラリッサ、レイの両者は空真が慌てた理由を即座に理解する。
この男は―――。
「ま、待ってよ空真・・・!!」
レイが事態の深刻さに震えながらも口を開く。
「公共の通信ってのはさ、リアルタイムで常に暗号が変わるんだよ?一昔前ならともかく、今はそれに経由している衛星や通信会社事の何重ものアクセス権限が付随して、ましてや各国の国防がお抱えの対策室で回線の状況を逐次観察している!それに割り込むにしても電波の出力だって―――。」
「そんな『不可能』をやってのける連中だった・・・。最悪だがそういうことだレイ。」
事態を受け止めきれない。今、この映像を見ている者のほとんどはそう思うだろう。
それを知ってか知らずか、映像の男は意気揚々と軽口を開く。
『うーん?どうだろう?そろそろ話題になってるかな?ワシントンの皆さ~ん?どうですか~?・・・まぁ聞こえないんだけどね!キヒヒヒヒヒヒ!!』
一人で大笑いする男。それを見て「ほんと笑えない。」とクラリッサは小声で吐き捨てる。
『あー・・・最高。皆さんのアホ面が手に取るように分かるわー。そんなアホ達にも分かるように自己紹介しまーす。』
ヘラヘラとした態度に輪をかけて不快なのはその風貌。
気味悪いくらい黒い目の
『掃除屋の期待の新星、『
唐突に屈み、その金属だらけの顔が大きく映る。
『ワシントンの
『
だが、『最悪』の時間はまだ始まったばかりであった―――。
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