第5話 能力者の戦い

 


 ――――北京大興国際空港 国際線ターミナル内


レイは、空真から少し離れたところで全てを見ていた。


空真の体術は並大抵の軍人のレベルに達していることはよく知っていたし、『空間視覚ノーブル・フェイク』と言われるその超能力が強力であることも幾度も見てきた。

しかし、それは二人が今まで対峙してきた相手を物差しとした場合の話である。


二人が今まで『掃除屋』を追うために戦った相手は、能力者こそ居たものの何れも末端の者だった。

レンが世界中の情報をかき集めて掴んだ尻尾はどれも末端の末端。トカゲの尻尾切りにも満たぬ、『掃除屋』の核心に繋がらない情報だった。それでも危険は少なくなかった。寝込みを襲われもしたし、包囲されたこともあった。それを乗り越え、やっと掴んだ確かな、それを掴みきれると空真もレンもどこかに「自惚れ」ていた。それがあったことを現在いま、その眼で有り有りと見せつけられてしまった。



(次元が違う・・・。)



空真の全てを通さないルーカスの能力も、そのルーカスを殴り飛ばした女の拳の破壊力も、目に映っている光景が規格外すぎている。レイは全身の毛が逆立ち興奮とも悪寒とも取れない不思議な衝動で頭が一杯になっていた。



 *



「立てる?動ける?じきに増援が来るから下がって!」


ツインテールの女性は地に膝をつけていた空真に視線だけ向ける。

なびく髪に見惚れていた空真も、ハッ、とし思考を正常に戻す。


「今のは一体・・・・。それに『掃除屋』は・・・?」


「あっちの壁にめり込んでるわよ、・・・五体満足でね。」


そう言った矢先に、10m以上先にある壁のクレーターから不快な笑みの男が出てくる。

服に掛かった細かな瓦礫を払い、身なりを整えだすがこれと言った外傷は見当たらない。


「くゥーー。キクねェ。『空圧縮バルーン』の密度、流石に上昇げちゃったよ。」


「でしょうね。コレで仕留められるなら国際指名手配なんかしないわよ。」


「しつこいねェ。それに俺は今日、まだ何もしてないぜ?」


「そこの捜査官の腕、吹き飛ばしたでしょ。それだけで十分よ。」


「んッンー?先に拳銃向けたのはそちらさんだぜ?しかも今日の俺はこの上無く紳士的と来た。何せ爆弾にせず腕をもいだだけ、軽い握手みたいなものさ。まァ、もう握手できねェけどな!!」


 キッヒッヒッヒ、とわざとらしく笑う。

 自分を吹き飛ばせる程の相手を目の前にしてもこの余裕、不気味を通り越してこれは最早異常であった。


「もう口閉じていいわよ。掃除屋あんたらと話していると、話が通じなさ過ぎて殺したくなってくるもの。」


「ああ、掃除屋俺らは皆、楽しいお喋りが大好きだからな。それにお前らは俺を。建前としても事実としても―――。」


言い終わる前に女の方が動く。空真が辛うじて見えたのは踏み込む瞬間、床が軽く陥没したところまでであった。次に見えた頃には彼女はルーカスの懐に入り込んでいた。


「殺す気ぐらいで丁度良さそうね――――!!」


拳がルーカスの左胸目掛けて伸びる。まともに当たれば即死の一撃。

対戦車砲のようなそれはルーカスへとは当たらず、壁を粉砕する事となる。

ルーカスはどこか?その答えは後頭部直上である。弾丸の如きスピードの拳をなし、その腕を台にし空中へと転回したのだ。

視界の外へと移動し宙にいるその刹那。ルーカスは女をしっかりと捉える。



(まずはあの剛腕パイルバンカーを壊すか・・・。)



「『圧縮開放バラエティ・ボム腕部破壊リーサルアーム』。」


殺気を感じ振り返るも既にルーカスの攻撃はほぼ終わっていた。女の白く細い腕はひしゃげ曲がり始め、メキメキ、ボキボキとその形を失っていく。そして最後に


空真は目が離せなくなっていた。一瞬で起こった規格外の出来事の数々に。

しかし、この後起きたことはその更に上をいくことであった。



ミチ・・ミチミチ・・・。



女の潰れた腕から骨が、筋繊維が、皮が、文字通り


「おいおいおい、噂通りの規格外だな。流石は国際秩序機関WOOの精鋭、局長直属部隊の隊長。」


「意外ね。他人の事なんかあなた達は興味無いのかと思ってたわ。」


「知らないで爆破するよりも、知って爆破するほうが二倍楽しめる。まァ、そっちも良く俺のこと知ってるみたいだな。クラリッサ・プランタイン、あんたはちょっとばかし相性悪い。」


肩を竦め、わざとらしく口をへの字に曲げる。


「だったら大人しく捕まってくれるかしら?」


武装した白い制服の人間がターミナル内に入り、ルーカスを包囲していく。


「『森の魔女』を相手にしながらこの人数かァ。どうしようかなァ。」


「抵抗するならあたしも本気を出すわ。それに能力者はあたしだけでは無いわよ?」


睨みあう両者。ルーカスが口を閉ざし、不気味な静かさに包まれる。


「・・・・ならさァ。でお前らを粉微塵にしてみるかァ?」


「!?」


先程までの笑顔が消え、鋭い目に変わる。放たれた明確な殺気に全ての者が呼吸を忘れた。


「―――駄目だよ。そんなつまらないこと。」


その声と共にルーカスの陰から少年が現れた。まだ十五にも満たないであろう少年の幼さの残る顔もルーカスと同じ不気味な笑みが張り付いていた。

緊張を破り現れた少年の姿。それ皆が認識すると同時に空真をを除く全員の顔が青ざめていく。


「全員下がれッ!!」


クラリッサと呼ばれた彼女が声を荒げる。


「賢明だね。僕の能力は有象無象には荷が重い。いいよ、手を出さないなら僕も何もしないから。大事な仲間を『運び』にきただけだし。」


その言葉だけでこの場全てを制圧する。クラリッサも歯を噛み締め、屈辱さに顔を歪めた。


「なんだよエリオット、いいとこだったのに。」


「飛行機で爆破する手筈なのに一向にしないから気になって見に来たんだよ。どういう気の変わりようなんだい?」


「俺らの事嗅ぎまわってる奴なんか腐るほどいるが、今回は異常に手が早いじゃん?どんな奴か気になって殺す前に会話したくてな。」


「なるほどね。で、話せたかい?」


「いやァ、あんまり。掃除屋俺らがよほど憎いみたいでさ。どうやら久遠博士のご親類らしいからそれでかな?」


「あー、あの大虚おおうつけか。御苦労な事だね。」


ピクリ。空真の正常に戻ったはずの心で、何か弾け飛んだ気がした。

動き出そうと脚に力を込めた寸前のところでクラリッサに首を捕まれ、這いつくばらされる。


(今は抑えなさい!!相手は『運送屋エリオット』よ!!)


(ッッッッッッッッッッッッッッッン!!!!!)


力をどれだけ入れてもピクリとも動かない。

ここでも空真は『圧倒的な差』というもの受け入れざるを得なかった。


「総長が次の仕事を出してるよ。」


「なら、ここは興醒めだしそっち行くか。」


立ち去ろうとする二人を、全員が見ている事しかできずにいた。


「それじゃ、またいつか。」


「今度は爆破してやるから楽しみにしてといてくれよ!」


ニコニコ、ニタニタと二人は笑い、ホワイトボードの文字が消えるように綺麗に消えた。



 *




「ッ~~はぁ~~・・・。」


緊張が解け、クラリッサを筆頭に皆大きなため息を吐く。


「空真?だいじょ・・ばないよね、ハハハ・・・。」


近寄るレイに応えず、空真はどこか遠くを見ていた。


無理もない。余りにも大きすぎる壁を目の前にしたんだ・・・。僕はこんな時、空真に何もしてやれない。異能ちからもないから同じ苦しみを共有もできない。


二人は大きな感傷に浸っていると手首に鉄の輪が付けられる。


「・・・ん?」


「・・・へ?」


間抜けな声を絞り出す二人。


「はい、たーいほ!」


可愛げな声の主は先ほど剛腕剛力を奮っていたクラリッサ。

そして彼女によって二人は人生初の逮捕をされた――――。

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