第4話 『爆弾屋ルーカス』・下

 


 ――――北京大興国際空港 国際線ターミナル内


ビチャ。



肉片が飛び散る。赤く染まった腕からは、湧き水のように血が現れ、多くを滴らせた。

男達の痛覚が働くまでの一秒、一瞬の静寂が狂気の世界の合図となる。


「「アアアアアアアアァァァァァァァァァァァッ!!」」


絶叫の協奏。その絶叫スクリームに耳を傾けながら男は楽し気な笑みを顔の浮かべる。


「やれやれ、学習能力が無いなァ。能力者に対する警戒ってのが足りない。それはもう、ハンサムを見つけたビッチのように一直線すぎるよ。ハハッ!」


何がそこまで上機嫌なのか。


空真はその様子が心底不快であった。

今、腕が吹き飛んだ捜査官達には帰りを待つ者がいたはずだ、日常があったはずだ。

それをいとも容易く破壊し、嬉々として命を、安全を、日常をついばもうとする。相手の命や安全を欠片ほども考慮しない。それがまざまざと伝わり怒りが込み上げた。

義憤のような清らかな感情ではない。ただ、過去の憎しみで煮えたぎっていた怒りがこの男の言動によって沸点に達したのだ。


「おい。」


空真はゆっくりと近づき声をかける。ニヤニヤとしたままルーカスは視線を動かす。


「一つ聞きたいことがある。」


「突然の質問コーナーかい?おもしろいね、いいよ答えるよ。あ、ただし、初体験とかそういうのはNGだぜ?こう見えてそういう話は気恥ずかしくてね。あと初恋なんかも――――」


「八年前、久遠クオンという研究者を殺したか?」


拳を強く握り、ルーカスを睨み続け問う。

その視線に狼狽うろたえる事も無くわざとらしく思い出すような素振りをする。顎に手をあて、宙を見てキョロキョロする様は芝居がかって不気味さを倍増させた。

そして、何か閃いたかのように目と眉を動かし再度楽し気に口角を上げた。


「アーハーン?だいたい分かったぞォ?君、あのオジサンの近親者だな?いいね、復讐。そういうのドラマチックで好きだよ。でも復讐する相手が違うんじゃないかなァ?」


「・・・どういう意味だ?」


「八年前はまだ俺も入りたてでねぇ。そりゃ、大使館とか気に入らない政府高官アホども天国ハレルヤまで吹っ飛ばしたりはしたけど幹部の皆とは組ませてもらえてないんだよ。」


しょんぼりとしながら芝居臭い溜息をする。


「あれは幹部と総長がやった事でさ、俺はなーんにも関与してないんだよ。だから何も君の近親者にはしてない。ただ―――。」


「ただ?」


「様子は見てたぜぇ!幹部の一人が様子を実況してくれてなァ!!強かったなァ、あの女。男の方を逃がす為に随分と大暴れしてたもんだよ。見てて興奮したが実際あの場にいたらもっと楽しかっただろうなァ・・・。」


「・・・・。」


「ああ、怒ってる?まァまァ落ち着けって?怒るほどの事もない話だぜ、実際。今の話は俺の主観が入ってるが実のところ大した話じゃない。偉そうな科学者が女に守ってもらって最後は死んだ、それだけだ。女の方も腕が千切れるまで戦ってたけど可哀想なもんだよ。の為に命張るなんてな。」


「分かったから、それ以上何も言うな。」


悪気など微塵も無いかのように笑顔を浮かべる男の語りを空真は遮る。


(父さん―――、母さん―――。)


ゆっくりと掌を開き、握る。


「お前をブチのめす理由ができた。」


臨界点に達した心に、身体が動かされる。


一瞬、ほんの一瞬。まばたきよりも速いその一瞬で空真は相手の真後ろへと移動テレポートする。


(これは絶対に躱せない!!)


勢いをつけた回し蹴りがルーカスの延髄を捉え繰り出される。

が、その足先は首までもう少しというところで止まった。空真が意図して止めた訳ではない。

まるで新品のソファに脚を沈めているかのようにそれ以上に脚が届いていかないのである。


「いやァ。焦ったよ。今のは高速移動か空間移動だな、それに良い蹴りだよ。速度も衝撃もなかなかだ。」


笑みを崩さず、別段焦る様子も無く振り返るルーカス。

振り返ると同時に次の攻撃へと移行する。行動と共に生じるを空真はその眼で見逃さない。足を戻し態勢を変えながらルーカスの斜め上へと移動テレポートをする。


空真の『空間視覚ノーブル・フェイク』による移動テレポートは慣性を持ったまま移動する。投球をしながら移動テレポートすればその投球の速度は維持され、跳びながら宙へ移動テレポートすれば宙で更に一段跳ぶことができる。


(これなら――――!!)


宙で放たれた左側頭部へと向かう逆回し蹴り。

が、これも見えないクッションに阻まれ、男の頭へとは届かない。


「筋はいいけど決定的な部分が欠けてるよなァ。」


攻撃の不成立に距離をとる空真。


「お前、能力者とまともに戦った事が無いだろ。」


ルーカスの言葉に耳を傾けず攻撃を続ける。

その悉くが届かない。


「ちょっとした能力者のチンピラ相手なら強いだろうな、奇襲性もあるし一撃も重い。ただなァ・・・。」


「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ゛! !」


慣性を乗せ、移動テレポートと攻撃を恐ろしい速度で繰り返す。

蹴り、掌底打ち、膝蹴り、肘打ち・・・。



だが、そのどれもが届かない。



「ハァ・・ハァ・・・。」


息を切らす空真とは対象的に涼しい顔のルーカス。


「そんな喧嘩に毛が生えた程度の技術は掃除屋ぼくらには通じないわけだ。全ての研鑽のレベルが違うんだよ。」


拳が、想いが、この男には届かない。

膝をつく空真。その事実が心を絶望へと染めていく。

父と母の仇達が目の前にいる。それなのに拳一つ分の距離が届かない。

その曇っていく表情を待ってましたと言わんばかりにルーカスは近付き、笑みが最高点へと達した。


「仕方ないよ。人は生まれ持ったものが違う、それ以上のモノには届かないし勝れない。俺の方が君よりも。そんだけだ――――!?」


一迅の風と共にルーカスが壁まで吹き飛ぶ。壁まで15mは優にあったはずだ。

顔を上げ、ルーカスの居た場所へと視線を向けると、そこには女性がいた。その拳により発生した風で彼女の翡翠色のツインテールが美しくなびく。


「理不尽を生み出す事は許さない。」


そう強く言葉を吐き、彼女はルーカスへと近付いて行く――――。

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