第3話 『爆弾屋ルーカス』・上

 


 ――――北京大興国際空港 国際線ターミナル内


白を基調とした清潔感のある内装、床や壁は耐火樹脂を混ぜた金属樹脂素材メタルコンバートが使われ、透き通るような滑らかさと光沢を放っている。

だが、この技術の粋を集結させたターミナルに関心を向ける者等いない。2060年に起きた東アジア技術革新によって技術の根本を覆され、今ではもう当然になってしまっているからだ。

当然この二人も、内装などには毛の先程も気を向けていない。


「よいしょっと。さて、どうしようか空真くうま。お目当てはあるのかい?」


長椅子の一つに腰掛けるレイ。それに対し空真は行き違う人々を静かに眺めている。


「立ってて疲れない?僕は疲れたよ。そもそも人がたくさんいる中で長時間過ごすのが無理なんだよねぇ。」


椅子に深く腰掛け疲れを露わにする金髪美少年。とても絵になる構図なのか通行人の幾人かと目が合う。無垢な笑顔で手を小さく振るレンは彼らから見たらさながら天使にも見えたであろう―――隣の青年がいなければ。

空真は静かに一帯の様子を眺めていたのだが、その表情は徐々に険しくなっていた。明白に吊り上がっていく目は睨まれたと他者が勘違いしても無理はない。

決して誰かを睨んでいる訳では無い。

焦りと緊張状態により表情をコントロールする余裕が無くなっていたのだ。



何かがおかしい―――。



空真は“能力”を使い、一帯の人々を観察する。時計を確認しながら歩く者、携帯端末でメールを送る者、家族へと連絡をする者・・・。様々な者が行き交う中でその死角足り得る数か所に一人ずつスーツ姿の男が隠れていた。


(まるで何かを待っているかのようだ・・・。こいつらは何者だ・・?)


空真は20m程度離れた所の男に焦点を当て観察する。


(拳銃を持っている・・。やはり一般人ではないな。何か身分証明はあるか?)


意識を集中し男の持つ所持品を隅々まで見る。“能力”の使い過ぎを訴えているのか、脳がキリキリと痛み、身体はまるで泥の中にいるかのように重く感じる。


(こいつら・・・!?)


“能力”を解除した事により、圧迫感から解放される。時間にして五秒にも満たない間ではあったが、空真は十分すぎる疲労感に襲われていた。


「・・・逃げるぞレイ。」


「突然何を喋りだしたかと思えば・・・。僕にも状況が分かるように指示してくれないかい?」


「俺の“能力”は知ってるな?」


「えーと『空間視覚ノーブル・フェイク』とか言うんだっけ?要するに『千里眼クレアボヤンス』と『瞬間移動テレポーテーション』で持久力が欠点、久遠空真の自慢の超能力。で、それがどうしたの?」


「説明する暇は無いかもしれん。察してくれ。」


「(無茶言うなよ・・・。)」


空真の端を折った話に困惑するレイ。やれやれ、と呆れながらも椅子から立ち上がるとターミナルの一角に注目が集まっている事に気付く。空真も同じくして気付いたようで様子を伺う。

どうやら注目を集めているのはすぐ近くの『積込荷物受け取り窓口』のようであった。係員の女性と長身の男が何やら揉めている。


「だーかーらー、その荷物いらねぇって。」


「それは困りますお客様!ご自身で積み込まれた荷物はお受け取りください!」


「あー、じゃあこうしよう。麗しい貴女への誕生日バースデープレゼントだ。」


「私の誕生日は冬です。御冗談も結構ですがお受け取り下さい!」


丁寧ながらも苛立ちを隠せない係員に対し、男はヘラヘラと笑いながら胸ポケットにあるサングラスをかける。

男の一挙手一投足は何という事は無く平凡なのだが何故だが嫌という目立つ気がし、空真はその男から目が離せなくなっていた。

これは空真に限らず皆がそうなっており、気付けばターミナル中の人が男へと注目していた。


「てか、俺の顔見たことない?こう話てて気づかない?」


相も変わらずヘラヘラとし続ける男。くたびれたシャツの袖を捲り直す。


「口説き文句でしたらお荷物を受け取った後にお願いします。」


「うーん。そっかぁ、凹むなァ・・・。」


わざとらしく肩をすくめる男。その直後、空真は“ある事”を感じ取り身構えた。ターミナルの死角にいたスーツの男たちが動き出したのだ。

 だが、その男達の動きは空真の予想とは大きく異なる。


「動くな。」


男達七人は先ほどから係員と揉めていた長身の男へと銃口を向けたのだ。


「ほーら、気付いた人いるじゃない。」


サングラスを僅かに動かし、男は歯を見せ笑う。

事態を飲み込んだ人々はその場から大きく下がっていく。


「皆さん。ターミナルから出てください、危険です。」


「銃向けてる奴がよく言うぜ。」


「黙れ!動くな!」


銃口を向けられても尚、ニヤニヤと笑う男。場の空気と不釣り合いなその笑みに、見ている者の心には何とも言えない恐怖感が芽生えつつあった。


「我々は国際秩序機関WOOの捜査官だ。」


まるで自分を奮い立たせるかのような言葉だった。

恐怖に腰まで浸かってしまっているのか、聞きようによっては震えた声とも取れる。



無理もない―――。



そう同情する空真もまた、この男から発せられる“異常さ”と同じモノに恐怖していた事があるからだ。


「ルーカス・デ・ヴァール。国際テロ組織『掃除屋』として活動し、重要施設及び大使館爆破の容疑がかかっている。手を頭に乗せ、後ろを向くんだ。」


「あのさぁ、一つだけ質問なんだが、お前ら現場初めて?」


手を頭の上に乗せながら不快感のある笑みをまき散らし、ルーカスは続けて口を開く。


「この『爆弾屋ルーカス』様に近付きすぎじゃな~い?」



ボンッ。



そんな間抜けな音がターミナルに響く。

空真が次に瞬きすると、捜査官の手首から上は血と肉と骨のカーネーションとなっていた―――。

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