第7話
男の携帯電話が着信を告げる。その画面に名前は無く、ただ番号のみが浮かんでいた。それを一瞥した後、男は電話に出た。
「主さまー。例の少年と姫が接触しましたー」
軽薄は口調の、若い男の声が聞こえてくる。
「そうですか。様子はどうでしたか?」
「いやー。どうも見てるのが姫にバレちゃったみたいで。すぐに逃げられちゃいしました」
その報告を受けた男の顔に変化はない。しかしそれは、無能な部下には慣れているといったような、見下した態度だった。
「あはは。姫はブラックボックス無しでも鋭いですねー」
若い男は悪びれる様子もなく、笑って報告している。
「あなたはもう張り付かなくて良いです。お姫様に警戒されないように、接触は避けて下さい」
「はーい。仰せのとお」
言葉の途中で通話を切ったのは、やはり怒り故か。男は四方を書籍に囲まれた部屋で、静かに思案に耽った。
***
足早に路地を抜け、大通りに出る。
この中途半端な時間帯は通行人も少なく、走っていると目立ってしまうので、通りに出てからはゆっくりと歩く。
先ほどのコクトとの会話を思い出しながら、独りでにやにやしてしまう。彼は中々の好青年だと思う。ちょっと人付き合いに難のある妹にはちょうど良い。
そんな事を考えながら、ホテルまで戻って来た。
良くあるビジネスホテルの一室。狭い室内はシングルベットでほぼ占領され、壁との間は二人がすれ違うほどの隙間もない。その他の家具と言えば、化粧台を兼ねる簡素な机があるだけ。クローゼットも無い。
そこには既に、顔も体つきも同じ妹が居た。
「もしかして、怒ってる?」
鏡には、眉を寄せて小さく口を尖らせているアカリが写っている。
「別に」
ふいっとそっぽを向き、ベットの縁に勢い良く腰掛けた。
「ふふふ。なら良いんだけど。お姉ちゃんは今度デートの約束をしちゃったぞ」
「勝手にすれば良い」
分かり易い態度に心の中で微笑んでしまう。我が妹ながら可愛い娘だ。これは本当にデートしてたら完全に嫌われていたかもしれない。コクトには申し訳ないが、帰って来て正解だったようだ。
「ほら、これ。剋斗君からアカリに。昨日のお詫びだって」
ちらとストラップを見て、興味を無くす。
確かにこれは、アカリの趣味ではない。そのまま無言で時間を過ごす。
「彼のことは、お姉ちゃんには関係ない」
唐突にアカリがつぶやいた。
「私が、決める」
「そっか。わたしは割と、お似合いだと思うんだけどな」
そういった話への耐性が弱いアカリは、頬を紅潮させて私を睨んでいる。
「あはは。ごめんごめん。ほら、仲直りの握手」
手を差し出すと、目を伏せてじっと自分の手を見つめる。肩を落とすアカリの様子に、いたずらが過ぎたと反省した。
「ごめんね、アカリ」
右手を、アカリの左手に添える。同じ体温。
小さな窓の外、夜の活気を呈しつつある街を二人で眺める。そろそろ、アカリは占いに出る準備を始める頃合いだろう。
「プレゼント貰ったんだから、お礼はちゃんとするんだよ?」
組んでいた手を解かれてしまった。テキパキとお風呂の準備をするアカリの側で、いつかデートに行けたら良いなと祈った。
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