第7話 夜明け前

 「実はあの病院は僕の祖父のものなのです」

「だろうね。あんなもの見たあとじゃねえ」私は不参加の依田に連絡して車を出させた。

電話を終えると先ほどコンビニに飲み物を買いに行かせた田中君と藤橋1回生が返ってきていた。彼は缶コーヒーを渡しながら告白をしてきたのだ。

「続けて」私は缶を開けた。


「昔祖母が亡くなった後から病院で様々な怪現象や不幸があって、すぐに祖父は病院を閉めました。表向きは建築物にアスベストを使用していたからという事にして。

しかし撮影スタジオにしてからも怪現象や利用者のけがなどが相次ぎました。その原因が祖父達の行った実験と聞いたのは、祖父の今際の際でした。

その内容は簡単に説明すると生物の精神エネルギーを物質化して被験者の体に当てる事で様々な影響を与えるものです。それを応用してがんなどの様々な病気を治そうとしたそうです」

「その研究のもとは第8師団のかい? 」

「そうです。祖父は生理化学部隊でエネルギー関連の研究をしていました」彼は続けた。

「当時祖父はがんになった祖母を治そうとしていました。しかし一般的には荒唐無稽な内容で、第8師団の事を隠していた祖父は一族のものだけで研究をしていました。

そして人への臨床の対象になったのが祖母でした。祖母は自分から被験者になることを

申し出たそうです。

はじめのうちは良い結果を残し、それを応用して軽い症状ならばほぼ完治できるようになりました」

「錫来総理ももしかして… 」

「はい、まだ初期段階だったため快方にむかったそうです。

しかし祖母は臨床を始める頃にはすでにステージ4だったそうです。そのため正エネルギーをより増幅させるためかなり大掛かりな装置を作製し実験を行う事を決めたそうです」たんたんと話す彼の声が少し弱まる

「その実験は失敗しました。

祖父や父はその原因をこう判断しました。

病院の特性上もともと多くの負の感情があったため、増幅装置はそれも増幅してしまい、正エネルギーだけを入れるはずが、周辺の負のエネルギーをも注入してしまったそうです。

その大量の負のエネルギーを吸った祖母はみるみる変異をし始めたそうです。

咄嗟に父はそのエネルギーの注入装置を壊し、受け入れ装置を閉じて完全に外界との行き来を封じました。その何時間後かに計器上祖母の死亡が確認されたそうです。

しかし蓋を開けてしまえば大量の負のエネルギーがどんな効果を及ぼすか不明のため装置ごと封印され、実験室を封鎖したそうです。

その時に実験にかかわっていたのが祖父、叔父夫婦、叔母、僕の母親、父親の「田中アキラ」他何人かの親族です。

その後結局両親は離婚して母に引き取られました。でもなぜかぼくの性は父方の田中になりました。それで旧性は「球井」です」

 後輩の説明では今一要領を得ないが、要するに祖母の病気を治すために祖父を中心に実験を行うが失敗して、祖母は死、家族も離散し病院も閉鎖したという事だろう。

「ただ地下からあふれたエネルギーの往来を止められず、病院では怪現象などが頻発したらしいです。

そして病院を完全に閉じることになり、封印が解かれないように取り壊しもしなかったそうです。祖母の墓標として親族で守りとひっそりと残していました。

しかし最近心霊スポットとして有名になり、人が良く訪れるようになりました。

常時監視し、僕も空いた時間で野次馬を追い返しました。でもこのままでは良くないのでどうすればよいかとみんな考えていました。

そんな時に大学でオカ研と、安国会長が有名なオカルト関係のブロガーかつインフルエンサーという事を知りました」

「ほう」

「僕はチャンスだと思い、会長に近づくためオカ研に入りました」彼は一層バツの悪そうな息を吐いた

「オカ研ならうまく誘導すれば訪れるだろうと読み、今回それが叶ったので叔父さんと協力して、入り口のカギを開けておき、地下へ行けるようにしておきました。

実際問題何もできなくても、何か収穫があればよい、最悪大変なことが起きて、会長がその危険性を発信すれば人が寄り付かなくなるかもしれないとも考えました。

結果は収穫どころか多分問題は解決したくらいなレベルだと思っています」

「つまり私たちはダシにされたわけね」

「すいませんでした」

「しかも、それが理由で会員になるとは… 」正直落胆もしたが彼のこの腹黒さも気に入った。私はすました声で

「まあ今回は安田が軽い怪我だけで済んだけど、もし貴方の言う通り夏美や他の会員に何かがあったら、私は許さなかった」彼は立ち頭を下げようとし

「返す言葉も… 」と言う前に私は制止させ両眉間を手のひらで挟み無理やり顔をこちらに向かせる

「あんな経験初めてだった。すごく楽しかった! だから許す。以上だ」彼と裏腹に私の気分はすこぶる良好だった。

「でも」手を顔から離すと彼は私に曲げられていた腰を伸ばした。私は先に続けた。

「いいかい、田中。君の行いは決して正しいとは言えない。だが過程はどうあれ結果として一人の軽傷に対して二度と経験出来るか分からない貴重な体験をしたのだ」これは私の本心だ。彼は言葉を無くす

「それに私達の様な存在は、君にとっては祖母の墓荒らしと同じだ。むしろ基本的に犯罪行為なのだよ。なのでおあいこだ」

「ごめんなさい」彼はうつむき涙をこらえる様に顔を下ろし腕で覆う。我ながら甘い。そう思うがきっと彼らは私が楽しく生きるパズルのピースになってくれる。私はそう思わずにはいられないのだ。

 私はいくつかの疑問を彼にぶつけた。

「院長室の仕掛け箱は誰も気が付かなかったのかい」

「もともと書類の山でしたので底に仕掛けがあるとは誰も。あれは夜に月明りやライトなどの弱い光のみで初めて気が付くものですよ」なるほどな。次は

「院長室の金庫の暗証番号は? 」

「あれも親族の生年月日や記念日を入れたのですが開かずで。ただあの仕掛け箱を見て、祖母の実家がある県の名称を入れたら開きました」

「そういえば、数字の他にアルファベットもあったが全部英語とは考えにくいな」次は

「病室に401号室とあったが、なぜ4と言う数字をつかっていたのだ」それを聞くと彼は軽く笑った。

「あれは、ホラー映画の撮影用に札の上からラベルを貼ったものをそのままにしていただけですよ。うちの病室は漢数字を使っています。ただ4階だけ撮影の為にアラビヤ数字の4をつかったラベルを貼っていたんです」そうかあの時感じていた違和感はそれだったのか。

 顔ににこやかさが戻る田中君を見て嬉しい反面、この安国しおりを鼻で笑っていたと思うと苛立ちを少し覚える。だが顔にも出さずに横に座っていた彼の脇に拳を刺す。

「いっ」彼は軽く唸って「なんですか? 」と目をぱちくりさせる。私は自分でも完璧な笑顔を向けてそこから離れた。

 あの表情を思い出せば今月中の晩酌の肴には困るまい。

辺りは徐々に明るさを増し始めた。夏の短い夜ももう終わる。スマホの通知を見ると依田から「もうすぐ着きます」とある。それを見て深呼吸と大きく伸びをする。

「諸君、そろそろ迎えが来る。汗を流した後は映像や音声の確認を行うのでそのつもりでいる様に」入る前と同じく檄を飛ばす。これからの夏は楽しみである。


「雅人ちゃん、目赤いよ。大丈夫? 」雪ちゃんが覗き込んだ。会長は通り沿いで依田先輩の車を誘導している。

「大丈夫。もう大丈夫」

「会長に怒られたと、ごめんね、私も共犯みたいなもんやのに」雪ちゃんはまだ病院が元気な時に何回か遊びに来て一緒に院内を探検しておばあちゃまに怒られた事もある。しかし実験の事などは知らないはずだ。

「雅人ちゃんが自分で病院に皆を行かせようとしてるのはおかしいと思ったと。でもあんな事あったんだったら仕方ないと」

「もしかして聞こえてた? 」

「うん、鬼モードだと耳もすっごく良くなるとよ」鬼モードとは雪ちゃんが本気を出した状態で、体が少し大きくなり角が生え、筋力や五官なども大幅に強化されるのだ。しかし今は元の、普通の人間状態に戻っている。

「ごめんね。服破けちゃって」

「ああー エッチぃ」雪ちゃんは袖や肩、首元などが破れたシャツを、両腕をクロスさせて隠した。「見たいなら二人きりでね」

「今度服買いに行こう」雪ちゃんの冗談を躱しつつ別の話題を振る。

「うん。私澁谷に行きたい」まるで尻尾を振る犬の様にご機嫌なようだ。

「二人とも車乗りなー 」藤橋が呼ぶ。僕らは向かった。乗る直前に僕は球井病院を振り返る。本当にさよなら、おばあちゃま。おじいちゃまを許してあげてね。

「早く乗り給え」

「了解です」車は朝明けを背に国道へ向った。



 …あの人の病院って上から見るとこうなのね。多くの魂を導いて私は最後に空へ向った。魂たちは上に向かう雨の様だった。

 孫に看取られて逝くなら悪くは無いかな。ただこの雨は少しだけ冷たい。だんだん意識が薄れていく。その狭間でふと振り返る。

ああ私は素直になれないままだったのね。ずっと口悪かった。そのばちがあたったのね。

「待っていたぞ」そこには白衣を来た夫がいた

「貴方… 待ってたってあなたのせいじゃない」また私は。

「そうだな」

「面倒ごとを孫にまで押し付けるなんてダメな人ね」違うのよ、私が言いたい事は。

「すまんな」

彼はいつも様にバツの悪そうな顔をする。

そうじゃない、素直にならないと。私は息を吸い答えた。

「いいわ。こんなところでもおこりたくなし」

「でも、俺はお前を救えなかったのに… 」

「色々教えてもらったわ。これからね」手の甲を夫に向け指輪を見せる。

「それは… 」

「全く一番近い人の気持ちに気づけないなんて私も人の事が言えないわ」軽くため息をついて、心をしっかりと込めて私は伝える

「素敵なプレゼントありがとう」

「…どういたしまして」

「覚えていてくれたのね。紅色が好きな事」

「ああ、お前の故郷の色だ」

「うふふ、最後にこんな気持ちにしてくれるなんて」

「許してくれなくてもいいさ」

「ううん、許してあげる。孫に免じてね」

「ありがとう」

「どういたしまして」

「じゃあ行こうか、マサ子」彼が手を伸ばす。

「はい。芳雄さん」掴んだ手は懐かしい暖かさでいっぱいだった。

意識が消えていく。でもとても心地よい。手のぬくもりはまるで雨上がりの大地のよう。

ありがとう。救ってくれて。

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