第3話 球井病院
地下鉄の発代駅は地下3階の構造で上り線ホームは地下2階。僕と藤橋はカメラや指向性録音機などが入った肩掛けのボストンバックをそれぞれ持ち、階段を上る。
「雅人ちゃん、重くない? 手伝おうか」
「彼氏をあんまり甘やかしてはいかんぞ、天辰君」安国会長が言う。
「そうそう、頑張る男性を立てるのがいい女の条件よ」布藤さんは冗談を言いながらニコニコする。
「去年参加した男は俺だけだったから大変だったな」安田先輩は地図を見て球井病院の位置を確認している。
今回の調査に参加するメンバーは、安国しおり、布藤夏美、安田武、藤橋トオル、天辰雪魅、そして僕である田中雅人の6人だ。
「しおり、依田君と連絡取れた? 」
「問題ないよ、布藤。バイト終わりに迎えに来てくれるそうだ。
諸君、出る前に話したが調査終了後は依田会員の車で国道沿いのスーパー銭湯に行くので楽しみにしておいてくれ」
なんでも今回の様に調査に出向いた時は終了後必ずお風呂屋に行くのが伝統らしい。大学を出る時にそれを聞いた雪ちゃんは小躍りしていた。
「お風呂屋さん楽しみとー 」
「おいおい、主目的は調査だ。何があるかわからない。浮足立たない様に」はーいと、雪ちゃん返す。
「お、あの道ですね」安田先輩が指さす。まだ国道を歩いているが、ある看板が会員たちの目を捉えた。
〈緊急病院 球井病院 コノ角入ル〉
右に曲がると直ぐに大きなビルが横にある。
「依田君御用達のメーカーだな」安国会長が言う。
依田先輩は3回生で口数は少ないが行動は早い、まさに仕事人的なポジションである。今回は夜勤のバイトがある為不参加だ。
そう雪ちゃんに説明していると皆の足が止まった。着いたのだ。球井病院に。
安国会長は病院を見上げ軽く観察してから身震いした。そしてすぐに振り返り、司令官の様に手を伸ばしこちらに檄を飛ばす。
「諸君、此処が今日の調査地。緊急病院 球井病院だ。充分に気を付け探索を行うとしようではないか」夜中なので小声でなおかつ動きもコンパクトだ。
球井病院はまず道沿いに救急車などが入る駐車場が敷地の右手前側にあり、それを囲むようにアルファベットのL字型の建物だ。Lの直角に曲がる部分に扉。建物の道沿い駐車場側を向くように玄関がある。
「戦後すぐの建物なのに自動ドアとは驚いた」安国会長がしみじみとしている。
玄関のすぐ奥には地下への階段がある。僕はドアノブを回す。
「田中、どうだ? 」階段の少し上から藤橋が声を掛けて来た。
「ダメだ。ビクともしない」
「オッケー、会長に伝えてくる」急階段をテンポよく藤橋は登って行った。
「本当にお堀があるのね」建物の道路に面した部分を見て布藤さんが言う。
「柵あるみたいですけど、これは物理的に怖いですね」安田先輩は付近に注意を払っている。深夜とはいえ一応町中ではあるので、入るまでの見張りをしていた。
「諸君、集合してくれ」安国会長が皆を呼び寄せる。奥の扉を調べていた雪ちゃんも玄関前に来た。
「どうやら、鍵はかかってないようだ」そう言い自動ドアの境目に手を差し込み広げようとする会長。ゆっくりではあるが少しづつ動いている。手を止め、肩で息をして
「単純に私の力では厳しいみたいだ。男子諸君にお願い… 」会長を無視して雪ちゃんはらくらくとドアを左右に開けた。
「会長さん、これでよかと」雪ちゃんはにっこりとした。
「助かる。今のうちに侵入しよう」メンバー全員がそそくさと静かに玄関を通り、最後に雪ちゃんが自動ドアを元に戻した。
電気が通っていない院内は暗く、僕たちそれぞれに懐中電灯のスイッチを入れた。前もって会長の教え通りにまず足元を確認する。
「意外に綺麗ですね」安田先輩は天井にも光を当て見回す。
「やはりアポなしで侵入できたものは少ないようだね。荒らされた形跡見当たらない」安国会長も見渡す。玄関のすぐ右に受付室、左側は広いスペースにソファーが4つ置かれ、壁には大人程の大きさの振り子の置時計があった。置時計の横には上への階段。
「ソファーはボロボロだけど、時計は普通ですね」藤橋は置き時計の硝子を手でこすった。少しの埃が舞って、懐中電灯の光に照らされた。
「見て回ろうか」安国会長を先頭にメンバーたちが進む。受付室の中はペンケースや札入れがすこし散乱しているが特に目ぼしいものはなかった。
待合スペースを過ぎ奥にはエレベーターが見える。安田先輩がボタンを押してみたが反応は無し。
エレベーターの隣に上下階に行ける階段があり、さらに奥には診察室であろう部屋とレントゲン室があった。
「すごいね、雅人ちゃん。そのまま残ってると」
「ほんとだね。これは撮影スタジオを利用する人は嬉しいだろうね」レントゲン撮影機や隣の小部屋にはそれを動かす親機が残されたままになっている。ファイルを入れていた棚は空っぽだった。
「しおり。何にもないね。上行く? 」布藤さんは返答を待たずに部屋の外に出た。
怖くないのか。正直僕はこんな夜更けにこういう所に来た事は無い為かなり怖い。雪ちゃんは僕の袖を掴んで離さない。藤橋は他のメンバーが立てる音に反応し、いちいち声に出して素早く息を吸う。
2階も全員で見て回った。1階の診察室の上には同じく診察室。
受付室や待合室などの上には病室がある。カーテンが残っている部屋や古びたベッドが2つだけある部屋。二〇一号室とある空っぽの部屋、ペットボトルや雑誌などスタジオ利用した人の残した者がある部屋。安田先輩はその部屋はスタジオの楽屋みたいなところだと推測した。
レントゲン室の上は手術室らしき場所。ここにはメスやクーパーなどを置いておく台や手術台、心電図を図る機械をはじめ、クランケを照らす円形の照明器具が天井から繋がっていて、部屋の隅には長めの洗面台がある。
各々がドラマなどで見る手術室よりも多くの見たことない物があり、興味津々見て回った。
「なんか、社会科見学の気分になってきた」藤橋はだいぶ慣れたらしく動きが大きくなっていた。
「あまり触るなよ。大きい機材だから倒れでもしたら大変だからな」安田先輩は皆に注意を促した。
「そういえば、布藤先輩すごいよな」藤橋が小声で「こんな所でも怖気ずに堂々と動くなんて」
「すごかねぇ」雪ちゃんも頷く
「俺なんか最初変な声出たし、一番前も後ろも嫌なのに」
「確かにね」先頭と殿は常に先輩方の誰かが担当していた。会長の言動から遊びの範疇の様なものと思っていたが、やはり大学生ともなると機材だけでなく行動も本格的だ。
「一回生、そろそろ次行くぞ」手術室にはもう安田先輩しか残っていなかった。
「うい」藤橋が行くあと僕ら追い、手術室を出たらその後に安田先輩が続いた。
3階も同じ造りのため、また目ぼしい物や期待していた(あまり起きてほしくはないが)心霊現象的な事は起きなかった。
3階の病室から窓の外を見る。ここからだと不動産の事務所だと思う建物が良く見える。後ろで安国会長達は回していたカメラの動画を確認していた。実は僕が回しいていたのだが、目ぼしいものは撮れていなかった。
「雅人ちゃん、大丈夫? 」雪ちゃんは不安そうにしている。
「心配してくれるの」
「当たり前よ。だってここは怖いと」
「ありがとう。大丈夫だよ。雪ちゃんも無理だったら、言ってよ。会長に頼んで外に行こう」彼女は首を横にぶんぶんと振る。
「平気! 雅人ちゃんと一緒がいい」笑顔だけど、震えている。このやさしさは多分昔僕を救ったものだろう。
「何、見つめとーと」
「なんでもないよ」僕は少し笑った。そのあたりで安国会長が集合をかけた。
「諸君、何もないので拍子抜けしているだろう。であるから班を2つに分けて、まだ調査していない4階と地下に向かおうと思う」
「安国先輩、くじ出来ました」安田先輩は先をマジックで赤く塗った割り箸を見せる。先を握り隠した状態で雑にかき混ぜる。
「じゃあ全員先を持ったら、せえので取りましょう」布藤さんが最初に割り箸を掴んだ。
それぞれが持った所を安田先輩が確認して
「1、2、3」声に合わせ全員が割り箸を軽く引いた。僕の選んだくじの先は塗られていない。
「おそろいとね」雪ちゃんが割り箸の先を持ち横向きにくねくねと振る。
「うむ。丁度いい」安国会長も同じ班のようだ。
私は上がいい。安国会長が直ぐに言ったので布藤さん、安田先輩、藤橋は地下に行く事となった。
「地下は本当の暗闇だ。二人はしっかり布藤を護衛するように」
「了解っす」安田先輩は片手を軽く上げ病室を出た。2人がそれに続く。病室を出る前に布藤さんが僕とすれ違いに
「多分、この病院何かあるわ」耳打ちした。「2人ともしおりをお願いね」と全員に聞こえる様に言いそのまま病室を出た。
「私たちも行こう」安国会長はゆったりと歩き出し僕たちもそれに続いた。病室を出た時雪ちゃんが
「やっぱりこの病院って… 」どうやら先ほどの耳打ちが聞こえていたらしい。僕が何か言おうとする前に右手をこちらに向けて「大丈夫、頑張る」自分に言い聞かせている様に下を向きながら言った。僕は彼女の右手を軽く握り、大丈夫だよ、と。
「お熱いのもいいが置いていくぞ」安国会長がこちらを一瞥して、待合スペースにつながる階段の方に消えた。慌てて二人で後追った。
僕は殿として2人が階段へ上がるのを確認して、なんとなく病室の方を見た。突き当りにあるエレベーターの階数表示板が3から2へ移動した。
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