第2話 オカ研

 「これが、秋から私が通う大学かぁ」雪ちゃんは坂を少し駆けて裏門に向かう。

僕の通う大学は都内の西の田舎にある。歴史は古いが一昨年にいくつかの棟を立て直したため綺麗な見た目の建物が目に付く。辺りは山を切り開いた場所で住宅もあり、学生をターゲットにした多種多様の店がある。それらを麓に大学は小高いよりは少し高い位置にあるため、近所に住む学生達はどこであっても必ず坂を登る必要がある。

彼女が門の前で手を振って待っている。相変わらず元気だな、そう思って歩く。駅からの路線バスが横を通り抜けた。1限開始に間に合う最後のバスがいつもより重そうに坂を上っていく。

「遅いよー 体力落ちたんじゃなかとね」

「温存しているんだよ、雪ちゃんみたいに無尽蔵じゃないからね」

「体は資本だよ」そう言って胸を張る。再会した時から思っていたがデカい。悟られない様にほら行くよと、横を通り抜ける。

「待ってよー 」彼女が追いかける。


 1限は必修科目のため、すでに大教室に同学年の学部生や去年落とした先輩達で席の7割が埋まっていた。大きく縦に3つのブロックがあり、僕らは右側のやや前より中央に座った。後ろの席は満席に近くなるが、前に行けば行くほど空くのだ。

「今日は最後なの? 」

「そう、来週からはテスト週間だよ」

「単位は大丈夫なん? 」

「最終講義がテストだった科目と論文が半分以上あったから、案外楽だったよ。論文も4割終わって提出も3週後だし」

「流石しっかりしてるぅ」雪ちゃんは僕の肩を軽く押した。訂正、結構強くてよろけた。体勢を戻して彼女を軽く睨む。雪ちゃんは満面の笑みで反撃する。もう、っと軽く唸ってため息を着く。勝敗は僕の負けである。

 ふと雪ちゃんが固まった。後ろをみている様だ。僕がそれに気づくと同じくらいのタイミングで男の声

「田中、知り合いか…? 」そちらを見ると茶髪を軽くセットしたチノパンに襟シャツの男。まるで恐怖におののいた表情でこちらを凝視している。

「藤橋、おはよう」

「田中おはようじゃなくて、そちらの女性は知り合いなのか」

「ああ、えっと… 」言う前に被せて答えたのは彼女だった。

「初めまして、田中雅人さんの許嫁の天辰雪魅と申します」

「い、許嫁っ… 」藤橋は叫ばず言葉を失った。驚いたのは僕も同じだ。

「雪ちゃん何言ってるの! 」

「そんな恥ずかしがらなくてよかよ、両親公認の中じゃない」頬に両手を当てこちらを見る

「両親公認っ… !」藤橋が僕の隣にどしっと座り、肩に片手を置いて、下を向き頭に力を入れる。一拍おいて顔を上げると細めた目で

「おめでとう」

「ちょっと待って」と僕

「いや、いい。合コンを断った時、お前は彼女できないかもと思って心配したが… 」藤橋は親指を立て「幸せに、な」

「ありがとうございます」雪ちゃんが頭を下げる

「ちょっと待てって」弁明を試みるタイミングでベルが鳴り講師が入段した。教室が水を打ったように静まった。

「許嫁って何だよ」僕は囁き声で右を向く

「検索したら、双方の親が、子供が幼いうちから結婚させる約束をしておくこと。または結婚の約束をした相手。らしい」左からの声は仕事が早い。

「そういうのはいいから」

「雅人ちゃんは覚えてなかね、寂しいわ」目元に曲げた人差し指を重ねる彼女

「男らしく認めろ」今度は頷きながら肩に手を乗せる目を細めた男。二人の悪乗りが止まらない。

「やめろって」

「んっん」マイクが咳払いを拾った。講師は僕らと逆を向き「お喋りをしている場所がいくつか見受けられるが、成績の判定は試験のみだ。聞いておいた方が身のためだぞ」講師はこちらを一瞥して講義を続けた。僕ら黙ってノートにメモをし始めた。


「以上だ」講義を終えた講師は荷物をまとめだした。それに合わせるように賑やかになる。緊張感がなくなり先ほどと打って変わって弛緩した雰囲気が教室を支配する。

 僕の心中は投げ込まれた石による波紋がまだ収まっていなかった。

「ねえ、どういう事? 」

「それは俺も聞きたい」藤橋が鞄を机に乗せて聞く準備を整えた。雪ちゃんは

「小さい時、雅人ちゃんが引っ越してからずっと落ち込んどってから」

「うんうん」相槌をうつ藤橋

「私がお嫁さんになったら元気になる? って聞いたんよ」

「ほうほう」

「そんで雅人ちゃんは元気になる言うたから、そのまま引っ張っておばさんとこ行って、大きくなったら雅人ちゃんと結婚してもよかか? って」

「それでそれで」

「そしたら、おばさんは、よかよぉって」

「それで許嫁、か」

「いやぁ、恥ずかしいとー 」雪ちゃんはまた両手を頬に当て、顔を振った。

「田中、いや田中さん、師匠とお呼びしてもいいですか」うん、藤橋は一旦黙ろうか。僕は藤橋に乾いた笑顔を向け、雪ちゃんに向き直す。

「そんな昔の事は時効だよ」

「えー なんで? 」

「だいたい子供の頃の約束なんて」僕は彼女の大人になった表情や仕草にあくまで理性的な態度を取った。

「まあまあ、お二人さんともそんなに焦らなくてもいいだろ。これから親睦を深めましょうと言う事で」「異議なし! 」雪ちゃんと藤橋は馬が合うらしい。これに合わせるのは大変だ。むしろ雪ちゃんが編入してきたら毎日こうだと頭痛がする。

 そうこう思ううちに藤橋が立ち上がり

「俺、次は3号館だから行ってくる」

「ああ、行ってら」

「じゃあまた後で」そのまま足早に出口へ行った。

「雅人ちゃんの2限はどこ? 」

「僕は金曜の2限は空きだよ」僕も荷物をまとめ「とりあえずラウンジに行こう」

「うん」二人で教室を後にラウンジに向かった。

 ラウンジは黎明館という食堂や体育館がある建物を通り、部室棟と同じ建物の1階にある。黎明館横の通路を真っ直ぐ進み階段を降りると部室棟、階段手前で右に曲がるとラウンジの入り口がある。

「はえー やっぱり都会はオシャレやねぇ」雪ちゃんが感心するのもわかる。ラウンジは繭の半球が3つ不規則につながった外観をして、中は間接照明や観葉植物に囲まれ、デザイナーズチェアやテーブルが綺麗に配置されている。

 オシャレ過ぎて、なおかついつもテンションの高い学生が多いのであまり使わない。なんだかんだで少し古めの食堂のほうが落ち着くのだ。

 奥に空いているテーブルを見つけたので座る事にした。一呼吸おくと雪ちゃんが真っ直ぐな瞳で

「本当に覚えとらんの」

そんな事はない、さっきので思い出したのだ。正直当時はすごく嬉しかったけど、今になって言われると気恥ずかしさがメーターを振り切っている。多分お嫁さん的な話はあの1回切りだった。

「覚えてるけど、本気だったの? 」

「そりゃあねえ」沈黙で耳が周りの音を拾い集めるが気まずさの解消にはならない。しかしすぐに彼女が

「でもよかよ。今まで会えんかった分これから埋めていけばよかと」雪ちゃんは明るく言った

「そうだね」彼女の明るさに気持ちが楽になった

「だから、まず… 」雪ちゃんは急にしおらしい弱い声になった

「えっ、なに? 」

「だからね、スマホの… 」両手で持ったスマホをこちらに見せた

「そうだね、連絡先交換しよう」ぱあっと表情が明るくなった彼女は

「うんっ」と顔に花を咲かせた。


 スマホの操作を終え登録を完了した所で入口から見知った顔がこちらに来ている事に気づいた。その女学生2人組の1人は近づくなり芝居がかった口調で

「おや、こんな所で逢引きとは田中君も隅に置けないね」

「雅人ちゃん、誰? 」雪ちゃんの髪が少し浮かぶような気配を漂わせている。これは警戒している時になる動きだ。

「おはようございます。会長」

「うむ、おはよう。それと初めまして、大きい彼女」

「そんな、彼女だなんて… 」雪ちゃんの警戒モードは一気に解除された。

「紹介するよ。こちら僕が所属するオカ研の会長の安国さんと主務の布藤さん」

「紹介に与った現代視覚不能事案研究会会長の安国しおりだ。気軽に安国さんと呼び給え」

 安国しおり、オカ研こと現代可視不能事案研究会の会長。身長149センチと小さく、黒のショートヘアに必ず黒いフリルかレースのついた服を着る文学部史学科の3回生。

 都市伝説からUMAまでオカルトの造詣が深く常に何かを探求している。本人のブログやSNSは有名でその道のインフルエンサーでもある。本人は隠している様だが。

体格は小柄で顔も可愛い為よく告白され、その度付き合うがすぐに別れる事を繰り返しているらしい。なんでも彼女の高く圧倒的な発言と行動に振り回され、男の方が根を上げてしまうのだ。

「私は布藤夏美よ」

 布藤夏美、オカ研の主務にして安国しおりの悪友。明るめの茶髪にカールを施したロングヘアー。今日の服装は白のブラウスに落ち着いた赤茶色のチェック模様のキュロットスカート。背は160センチ位でまさにあか抜けた大学生の見本の様な女性である。

 経済学部の3回生でそのゆるフワな雰囲気で安国しおりの行動にブレーキ掛けている。 

「それでなんの用ですか、会長」

「たまたま見かけたから、今日のミーティングにちゃんと参加するよう念押しに。しかしまあ面白いものが見れるとは」くっくっくっ、と笑う安国会長

「一応5限がある依田君以外は午後4時に部室に来てね。それと貴女は田中君のお友達かしら」布藤さんが雪ちゃんに聞いた

「はい、天辰雪魅です」

「姿勢が綺麗だから背も高く見えるわ」

「ありがとうございます。実際184センチあるので大きいとよ… 大きいです」

「はっ、180センチとは驚いた。バレーボールの選手並みじゃないか。スポーツ推薦組かい? 」安国会長が聞いた。雪ちゃんは首を振ってから

「後期からここに編入します」

「それは結構。まあ頑張り給え。そうだ、今日のミーティングに田中と来るかい」

「よかとですか」キラキラと目を輝かして雪ちゃんはこちらも向いた。

「構わないよ。うちは誰でも歓迎さ」そう言って安国会長は出入口に向かって行った。

「じゃあ、また後でね」そう言って布藤さんも手を挙げて後に続いた。その手の動きがとても女性らしい。

「いい人達だったね、雅人ちゃん」

「まあいい先輩たちだよ」

「えーと、現代視覚… なんだっけ? 」

「オカルト研究会、オカ研でいいよ」

 現代視覚不能事案研究会、通称オカルト研究会、略してオカ研。オカ研の活動は週3回部室でのミーティングが基本だ。そこで決めた対象や現象の確認のため週末に様々な場所に赴き調査を行う。内容はだいたい安国会長が決めてそれにメンバーが振り回される。といった形をとっている。

 僕自身は大学生らしくテニスサークルにでも入りたかったのだが、サークル紹介週間の時につるんでいた藤橋がブースに座っていた安国会長と布藤さんに一目惚れしてすぐに入会を決めたのだ。そう僕は道連れにされたのだ。ただ僕自身もその時、あの安国会長に見惚れたのも事実である。

「ただ中身がなぁ」

「どしたの? 」雪ちゃんが覗き込む

「なんでもないよ。食堂行く前に少し構内を案内しようか」

「嬉しい。行こぅ」外は太陽が真上を通り過ぎているが見る事が出来ないほど眩しい。少しジメジメとしてきた。

「まず、図書館かな」歩き出すと雪ちゃんが上を見ている「どうしたの? 」

「都会にはロボットも飛んでるだねぇ」

「なに言ってるんだよ。置いてくよ」

「ああー 待ってよー 」蝉の鳴き声が段々多くなってきた。それを狙う鳶が少し高い空で弧を描く。田舎では見たことのないヘリコプターも飛んでいる。賑やかな空である。


 4限を終え、藤橋と合流し部室棟へ向かう。部室棟は敷地内の北側の斜面を少し開いて作られており、構内唯一の地下がある建物である。外はまだまだ暑いが地下にある立地的な面で部室棟の中は少し過ごしやすい。

 階段を下りてすぐに十字路があり、右に曲がって一番奥から2番目の部屋がオカ研の部室だ。入り口のドアに網硝子。そこに「オカルト研究会」とありその文字に赤いペンで斜線が引かれ、上に「現代視覚不能事案研究会」と書き直されている。

 お疲れ様ですと声を掛けて部室に入った。中は中央に小さめの長机。左にムーやオカルト関連の雑誌や神話関連、SF関連の本がぎっしりと詰まった本棚。右には小さなテレビとそれに繋がれた3世代前のゲーム機。奥にソファー。その左隣のカラーボックスに歴代の先輩方が寄贈したであろう教科書やマンガがある。

そして壁の至る所に新聞や週刊誌の切り抜きが貼ってある。ものによっては赤い文字でメモも記入されている。壁に直接書かれている部分も多い。

 部室内ではすでに安国会長と2回生会員の安田武先輩が対戦ゲームに興じていた。

「おっ、来たか。楽にしていてくれ」安国会長が頭をテレビから動かさずに答えた。僕らは先輩らの後ろを通り、空き椅子に腰かけた。

「ああっ! 」安田先輩が声を出してコントローラーを持つ手を下げ力なく天井を仰ぐ「また負けた」

「まだまだ修行が足りんな」

「会長、もう一回やりましょう」

「残念だが時間の様だ」安国会長は顎でドアをさす。一瞬後に布藤さんが入ってきた。「さあ、始めようか」安国会長はニタニタと笑みをこぼした。


 「諸君、夏といえばなんだね? 」

「スイカですか? 」安田先輩が答える

「それもある」

「海ですか? 」藤橋が答える

「少し、近づいたようね」会長の表情は変わらない

「じゃあ花火ですか? 」雪ちゃんが答える「離れているぞ。会議をなんと心得る… と思ったが、田中の彼女君は初めてだから仕方がないわ」

「ちょっと待て、田中ァ、お前彼女いたのかよ」安田先輩がかなり前のめりに聞いてきた「なんか知らない子がいると思ったら彼女かよ」安田先輩は力なく下を向いた。

「雅人ちゃん、皆に言われるなんて私達お似合いなんだね」そう言って雪ちゃんは、僕の肘に腕を通して引っ張った。余りの力にそのまま彼女に倒れこみ膝枕の体勢になってしまった。それを見て藤橋はせせら笑う。

「田中ァ! 見せつけてくれやがってェ! 」

血の涙を流しそうな勢いで安田先輩が凄む。しかしすぐ頭に雑誌で丸めた棒を食らった。食らわせたのは布藤さんだ。

「話が進まないでしょう。安田君。静かにね」

「ん、終わったかな」会長が仕切り直す。

「まあ、田中の彼女君の紹介は後でするとして、君はなんだと思うかね」僕を指す

「心霊スポットですか? 」

「・・・ 」安国会長は指を下ろし

「大正解だ」と口を三日月にしてにやける。

「日本の夏といえば怪談であろう。ではなぜ夏に怪談なのか。わかるかい。田中の彼女君? 」

「確か江戸時代に歌舞伎の夏の演目が怪談物だったからだったと思います」

「やるじゃないか。諸説あるがその通りだ」会長はご満悦だ。「そうだ、まだ名前を聞いていなかった。教えていただけるかな」

「天辰雪魅です」

「いいね、天辰君。グリフィンドールに十点」

「やったよ、雅人ちゃん、これで1位ね」

「ノリがいい事は大切だ。田中にぜひ仕込んでくれ給え」

「了解であります」雪ちゃんは左手で敬礼する。まさかこの2人もなのだろうか。その予感はあとで的中する。

「さて諸君、夏休みは合宿を行うのがサークルの主であろう。ただし遊びに行くのでなく研究会である以上研究しなければならない。」

「であるから、夏合宿は恒例の心霊スポットの調査を敢行するっ」会長がこぶしを上げる。続けて布藤さんが

「場所は松山の泊町にある祖父の別荘を使います」一同がわあっと盛り上がった。

「雅人ちゃん、すごかねぇ。別荘で合宿て」

「そうだね」このままで大丈夫であろうか。盛り上がる皆を会長が手のひらで抑える動作をした

「まてまて、1回生がいきなり調査合宿は大変なのだ。だからその前にテスト週間が終わる2週後の週末に、近場の心霊スポットで調査練習会を行う。なので今日はその練習場所を決めようと思うのだが」会長は座り腕を組む。すぐに藤橋が

「近くならあの城跡はどうですか? 」

「六皇子城址公園か、悪くはないが出来れば建築物内をまわりたい」

「じゃあ、藤山の樹海は? 」

「天辰君、青鹿原樹海は週末に行くのは遠いな。だがいいセンスだ。スリザリンに十点」

「わーい」雪ちゃんは楽しそうだ。

「なら、都営地下鉄の始発駅にある病院はどうですか? 」と僕。

「球井病院か」会長は一旦考え

「いいチョイスだ。田中。確かに大学最寄駅から1時間くらいでかつ建物。そして知る人ぞ知るスポットだ」

「しおり、どんなところなの? 」布藤さんが聞いた。

「うむ。」安国会長は説明を始めた。


「球井病院、都営地下鉄宿々線の始発である発代駅から徒歩3分にある廃病院だ。それは都心部に近い為、付近には大手時計メーカーの本社ビルや旧露国の新聞社員邸宅やマンション、住宅などがある。

 戦後から存在し当時では珍しいコンクリート製4階建て、閉院するまではあくまで普通の病院だったそうだ。とある医者一族で経営していたらしい。近所の評判もよく、閉院の時は惜しまれたらしい。

 閉院した後は撮影スタジオとして、映画やドラマなどで使われたのだ。本物の病院が多くの機材や病院特有の内装を残したままのため、とてもリアルな撮影が出来ると業界人やコスプレイヤーなど利用する人が多かった。

 そしてある時ホラー映画に本物の幽霊が写っていると話題になったことがあった」

「それ覚えています。確『円輪』ですよね」安田先輩の補足で布藤さんもああ、と頷く

「左様である。テレビでは某スタジオとしか言わなかったが、あの病院である事は実際に行った者達にすぐに知れ渡った。そこからインターネットの某巨大掲示板やテレビにラジオ、SNSなどの媒体で病院を利用した人の証言が静かに沸き始めた。

 撮影中スタッフが控室にしている病室に向かった俳優を呼びに行くと誰もおらず、俳優は撮影現場から離れていなかった。

 病院の外で撮影をしていて1階のみを利用していたのにも関わらず4階のカーテンが閉まるのを見た。

 手術室でコスプレ撮影中、床にコードが多い為それとレフ版の足を絡めて固定していたのだが撮影が終わるとコードが全て外れていた。

 実際に心霊番組でアイドルや芸人がカメラをもって入ったこともある。その後に動画サイトの配信主が生配信をしたこともあったな。

 どちらもおざなりな構成であったよ。触っていないはずのエレベーターが勝手に動き中には誰も乗ってないだとか、夜に行ったため管理人のおじさんが敷地内の奥から出て来て急遽許可を取るだとか。

 などなどいくつもあって、それなりにありがちである。ただ他の心霊スポットと違う所がある」部室は少し暗くなり始め、安国会長は暗黒微笑で

「あの病院は作りが不自然なのだよ。

 まず、病院は死を連想する4という数字を避けるのが一般的だが、四〇一病室など四の文字を使う場所が多い。そこまで大きい病院ではないのに何故かかなり広い地下室がある。病院と道の間に城の堀の様な不自然に広く深い隙間がある。

 実際に行った者達の中には心霊現象よりも違和感や不自然さを挙げる人間が非常に多いのだよ。

 そして私が興味を持つ一番の理由はこれだ」安国会長はタブレットを操作し、画面をこちらに向けた

「現在は撮影スタジオとしては休止中ではあるがサイト自体は残っている。ここを見てほしい」指さす先は注意事項とある

「3と5を読んでみ給え」

【3、スタジオとして貸し出しておりますが、電気は通っておりません。ライトなどは各自で用意してください。また安全の為コンセントや変電版は絶対に触れないで下さい。】

【5、管理人は常駐しておりません。何かあった場合は当ページの連絡先、もしくは下記地図にある不動産関係事務所においで下さい。】

「これがなんすか? 」藤橋の間の抜けた声のあとに

「あっ」布藤さんが声を出す。

「気づいたようだね」ふふふ、と安国会長が答えた「そう、まずスタジオを貸し出している頃から電気は通っていないのに動くエレベーターの存在。

常駐していないはずの管理人との会話。この平面な地図ではわからないが立体地図のアプリで見てみると、病院から不動産事務所の方は下り坂になっている」タブレットを見て藤橋が冷や汗をかく

「じゃあ事務所から病院は… 」

「ああどちらも死角になっていて目視は出来ない。もっとも病院の2階より上は分らないがね」静まる部室内

「もうひとつ、心霊スポットとしてある程度有名になったため、夏休みや冬休みに球井病院を訪れた若者は多かった。しかしその多くは入る前に管理者と名乗る者に解散させられた。

 彼らはSNSや掲示板で口そろえて、管理者と名乗る自分らと変わらないくらい若い男が邪魔をした。その若者を舐めてかかり、押し通ろうとした者もいたが余りの気迫や剣幕にたじろぎ、侵入を諦めたと。

管理人はおじさんではなく若者? 夏の間だけのアルバイト? ただの若い夜勤アルバイトが凄い気迫と剣幕で人を追い払う? 

私も気になり以前調べたが情報は少なかったが面白いものもあった。

院長の名前が球井芳雄、戦前に医者となり直ぐに世界大戦に突入。私立大学出身であるが異例の帝国軍理化学部隊所属。1年後あの第8師団生理化学部隊に配属」

「あの8師理部隊すっか? 」安田先輩が驚くのも無理はない。第8師団生理化学部隊とは秘密裏に非人道的な実験や研究を行い、様々な発見をもとに数多くの兵器や技術を生み出した部隊だ。

戦況をひっくり返しただけでなく医学分野やエネルギー分野などを大きく進化させたとして教科書に載った隊員も多い。

しかし戦後その非人道的行為を自ら告白し、責任を取る形で隊長が自決しその後解散。隊員達は表舞台を去ったのだ。

「どうして、そんな事分かったのかしら」布藤さんも少し前のめりだ。

「調べるうちに球井芳雄が第七十代総理大臣錫来善行の主治医だった事が分って、総理大臣の自叙伝を読んだのだが」

「それ知っとると。確か一昨年位に出たはず」雪ちゃんが手を挙げた。

「テレビでも結構取り上げていたからね。ただ政治家の自叙伝の面白さがわかるにはあと20年はかかりそうだ。

話がそれてしまったから戻そう。自叙伝では錫来総理が闘病中に主治医との交わした話がある。

弱気になる総理に対して、主治医が自分が第8師団生理化学部隊の隊員だった事を明かし、その想いに感動した総理は研究を頑張ってほしいと握手を交わすシーンがある。それでピンと来たのだわ」

「会長すごいですね。親族じゃないと知らないレベルの情報じゃないですか」僕は素直に感心した。

「雅人ちゃん、大学生ってすごかねぇ」雪ちゃんは安国会長に見入っている。

「もっと褒めてくれてもいいのだぞ。

色々話したが、私の推測はこのようにまとまる。

球井病院で院長の球井芳雄は何かの研究を続けていた。彼の一族もそれを知っていた。

研究に何かがあって病院を閉じざるを得なくなった。しかし病院を取り壊すことはできない事情もあったため、撮影スタジオとして存続させた。

私は多分まだ何かしらの研究は続いていると考えている。理由は電気が通っている事を隠している点。そして管理人は常駐していないと言いながら、おじさんや若者がいた事。

その若者も恐らく球井一族の者だろう。球井病院には何かがある。だからこそ必要以上に異常な態度で来た人を追い返していたのだろうよ」

「じゃあ何でテレビ撮影や配信主、撮影スタジオとして行った人はいいのかしら」布藤さんがもっともな事を言ったが安国会長はさらに嗤う

「そもそもテレビ局が全くのアポ無しで行くわけがなかろう。配信主も許可を取ったのだ、どちらも監視されているだろう。撮影スタジオとして訪れる時は利用時間と場所を予約するのだからいくらでも隠せる。

それに老朽化のため立ち入り禁止場所をはじめに伝えておき、そこを厳重に立ち入り出来ぬ様にするなど朝飯前だと考えるわ」なるほどと布藤さんが顎を持つ

「話をもどすが、病院を閉める理由は不明だ。しかしそもそも心霊現象の発端は何か研究が絡んでいるはず。もともと心霊現象があったなら当時の患者たちからそう言う話が出てくるはずよ。

どうだい。1回生諸君。この現代視覚不能事案研究会に所属しているならそそられるだろう」

「すごい、本当に都市伝説みたいだ」藤橋は右手を握りながら左手のひらにそれを拍手の様に出し入れて興奮している。

「確かに本当の事を知りたいですね」

「あの危な場所に雅人ちゃんが行くなら、私が護衛せんと」雪ちゃんは腕にしがみつく

「決まりだな」安国会長は立ち上がり

「では来る文月の初週末、それぞれ今期学業を終えた物からこの部室に集合。支度を終え、食事をし、終電で球井病院に向かう。

調査機材などはこちらで用意するが各員ゆめゆめ準備を怠るな。仔細は後で、グループチャットに連絡する。以上で定例会を終了する。解散! 」会長は肘を立て、右こぶしを前に出す。

「いかすわぁ」雪ちゃんは目をキラキラさせる。

 

それぞれが部室をあとにした。外は日の入りが終わりかけてやや暗い。こんな時間帯を逢魔が時と言うんだよ。前に雅人ちゃんが教えてくれた。

「じゃあ再来週くらいにな」藤橋さんは駐輪場に向かって行った。私達は手を振り見送る。

「私らも帰らんとね」私は歩き出したけどついてこない可愛い男の子。

「ちょっと待って、電話」彼はスマホを取り出した。電話の内容を聞きながら待つ。

「・・・ はい。そうです。では失礼します。鍵はお願いします」スマホをしまう彼。

「誰と? 」

「おじさんにね」

「そいか、終業の報告かいね」

「そんなところ」

「さあ、帰ろうと。ごはんうちが作るとよ」

「ありがとう。ん? 雪ちゃんどこ泊まる? 」

「そんなん雅人ちゃんちとよ」

「えっ、それはちょっと… 」

「大丈夫と、あの部屋の広さなら余裕で3人は寝れるとよ」

「そういう問題じゃ… 待ってよ」私はあえて意地悪に髪をなびかせながら振り返り、ぺんぎん座の流線の様な笑みをして走り出す。

子供の頃を思い出す懐かしい感覚。流石にあの美人な先輩達には驚いたけど、きっと大丈夫。

彼は約束を覚えていてくれた。私のありのままを受け入れてくれる人。秘密を共有している関係。

 坂の下で振り返り見上げた彼に影が掛る。

またあの笑顔を見たいから頑張る。そう決めたとよ。

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