鬼嫁
@huyumasaaki
第1話 再会
目覚まし時計が電子音楽を奏でる。カーテンの色は夜の緑色が黄色になっていた。窓を開けると朝露烏が飛んでいく。寝坊もせずに毎朝起きる事は大学生らしくないかも知れない。
今日は前期の最終講義で2限から。下宿先のアパートを出るのは3時間後でも間に合う。
顔を洗い、食パンをレンジに入れスイッチ、水を一口飲み布団を畳む。上半身のみ着替える。ズボンを履いて鞄を持てば最低限の状態ではあるが出発は可能だ。しかしいつもの様に余裕はあるので朝の時間をゆっくりと過ごしてから身なりをきちんと整え出掛ける。それが毎朝のルーティンである。
玄関に目をやると郵便受けから封筒の端が見えた。実家では毎日帰宅時にポストから夕刊やハガキなどを取ってから家に入っていたが、一人暮らしではそもそも郵便受けには、たまに宅急便の不在票が入るのみで遅れて気が付く事がよくある。
封筒はめずらしく、裏を見ると母からであった。封を開けて驚いた。色々書いてあったが要約すると「天辰 雪魅」が秋からこちらの大学へ編入する事が決まり、準備と下見がてら上京するので面倒を見てほしいという内容だった。
彼女が、雪ちゃんが来るらしい。目を閉じ幼い記憶を呼び覚ます。
のどかな段々畑が続く山に静かに流れる川。長く所々くねった道とそれに続く水路。名前の知らない鳥たちが飛び、動物たちは尻尾の長い小さい物、角とふさふさの毛が生えた物や牙が長くて足の短い物達が闊歩する。祖母の実家はそんな田舎だった。
小さい時に両親が離婚して母に引き取られた僕は祖母の地元であるこの田舎にやってきた。誰も僕を知らない土地。母と天辰雪魅こと雪ちゃん以外は。
雪ちゃんの親は祖母と同郷でかつ母の友人だった。まだ両親が離婚する前に何度かまだ都会にあった僕の家に訪れた事がある。親の離婚で心細かった僕を雪ちゃんは毎日遊びに連れて行ってくれた。彼女の明るさのおかげで何とかひねくれずに大きくなれたと思う。
その後僕は高校進学のため東京の叔父さんの家に行く事になり、中学卒業以来会ってない。「私も行く」と言って子供みたいに駄々をこねた彼女を車のサイドミラー越しに見た事を覚えている。
雪ちゃんは同学年の子供の中でも大きく、身長は最後まで僕より高かった。
あれから4年位経ったが思い出すと懐かしい日々。流石に背はもう僕の方が高いだろう。身長172で自分より大きい女性はあまりいない。正直彼女より小さい事は若干のコンプレックスであったのは内緒だ。
そういえば、手紙にいつ来るか書いてなかった。消印は三日前に押されている。おおかた来る日になれば母から電話の一本でもあるだろう。雪ちゃんと別れた時はまだお互いに携帯電話を持ってなかったので直接連絡は取れない。だからその辺りは母がうまくやってくれるだろう。
手紙を置いて食器を洗ったところで欠伸が出た。まだまだ出るには余裕がある。ゆっくりしよう。その時玄関のベルが鳴った。
ベルが鳴り終わるとすぐまたベルが鳴る。
こんな時間に連続に鳴らすのは大学での仲良くなった藤橋トオルだろう。
「あの野郎… 」彼は気風のいい男で人に壁を作らない。少し馴れ馴れしく、こういう悪戯も好きそうだ。いまだにベルを鳴らしている。「はいはい、開けるから」
ドアを開けると大きな人影。顔を見上げて一瞬時が止まった。
「たまちゃんっ 」次の瞬間その大きな影は僕を引き寄せ抱きしめる。力強さに驚き、すぐにミシミシと体が締め付けられる痛みと、柔らかさを感じた。痛いと言おうとするが顔も抑え込まれてモゴモゴとするだけ。
意識が遠くなりかけたところで解放された。ぜいぜいと肩で息を吸い、再び顔を見る。脳に酸素が戻っていないがすぐに分かった
「久しぶり、雪ちゃん」
「すごーい、本当に一人暮らしなんだ」間の伸びた声で彼女が、天辰雪魅が言う。
「流石に叔父さんの家から通うには遠いからね」流しでお皿を洗いながら会話をする。
「叔父さんの家も同じ都内じゃなかったと? 」
「都内は都内だけど向うは都心部でこっちは西端。通学に片道2時間はかかるから」
「いいなぁ、私も実家から大学まで2時間くらいかかるけど下宿許してもらえんのに」
「まあ女の子の一人暮らしは簡単には許してもらえないよ」彼女がキョロキョロしている。そんな感じが背中に伝わる。
「バイトはしとーと? 」
「してないよ」
「流石お金持ちー 」がさがさと音がしたので拭いたお皿を棚に戻して振り返る。
「あんまり物色しないでくれよ」
「なんで? 」キョトンとした顔で雪ちゃんは首を傾げこちら見る。
「なんでも」
「えー 私に隠し事何かあるとー 」彼女は立ち上がりこちらに迫ってきた。
玄関でも気が付いていたがかなりデカい。
自分より高い背。広めの肩幅。肩まであるウェーブが掛った髪。服装は七分丈のジーパンにフードのついた半袖のパーカー、その前を開いて緑のTシャツが見えるコーデだ。そして大きな胸。
少しボーイッシュだがそのスタイルの良さと小さな顔から何処となく外国を感じさせる。しかし緑の黒髪と外で過ごした時間の多さを物語る日焼けした肌に軽い訛り。顔も堀が深くない日本人的な美人顔。体格だけが女性にしては筋肉質で日本人離れしているのだ。
「私に隠し事は良くないよー 」さらに顔が上からのぞき込み迫る。
「隠し事じゃないよ… 」僕は急に恥ずかしくなり目を逸らした。
「もしかして、えっちな本? 」
「えっ? 」思考が止まる。それと同時に携帯のアラームが鳴った。二人して携帯が置かれた机の方を見る。その先の時計が8時半を示していた。
「もう、大学に行かないと」僕は雪ちゃんの脇を潜って後ろにでて腕時計や鞄など部屋を出る準備を始めた。
「ああー 誤魔化したー 」彼女はそう言うが動かない。
「違うよ、今日は1限からあるから、そろそろ行かないと」
「むぅ」膨れている「私も行く」彼女は僕が制止する前に続けた「たまちゃんの大学位大きい所なら講義に来てる人が一人二人増えた所で教授は気づかないわよ。それに時期的に今日が最終授業でしょ。それならいつもいない人が何人いてもおかしくないと」
「うーん」雪ちゃんってこんなに頭が回る子だったかな「確かにそうだけど… 」
「大丈夫と! さあ早くしないとおくれちゃうわよ」
「わかったよ。但し自由な単独行動は無しだよ」玄関に向かった。
「たまちゃんって束縛するタイプなん? 」背中越しでもわかる。今雪ちゃんは不敵な笑みをこぼしながら軽口を言っている。昔ならムキになったが、今はもう大人だ。鼻で笑って軽くあしらう。
「そうだ、もうたまちゃんはやめてよ」
「うーん、じゃあ田中雅人だから、雅人ちゃんって呼ぶね」
「いいよ、それで」ちゃん付けは恥ずかしいが、今日限りだ。これ以上は泥沼にはまりそうなので妥協する。
「早速下見できるねぇ」
「えっ、下見? 」頭の中である想像が繋がりそうな気配がした
「言ってなかったと。私が編入するのは、雅人ちゃんの大学よ」
ああ、そうか。拝啓お母さま、手紙の内容も出すタイミングももっと考えてほしかったです。
「さぁ、いざ行かん、都会のキャンパスライフ! 」雪ちゃんは僕の手を取り、アパートの廊下を進む。
「雪ちゃん、大学の場所わかるの? 」急ブレーキをかけた彼女に止まることのできなかった僕は軽くぶつかった。
「わかんない」てへぺろっと振り返る彼女
「やっぱり。こっちだよ」僕は彼女の手を引き大学へ向った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます