白く濁って灰になれ

エリー.ファー

白く濁って灰になれ

 来るか。

 来るのか。

 来ないのか。

 もう、終わりなのか。

 ずっと、ここにいるべきなのか。

 移動するべきなのか。

 爆弾を抱えた宇宙人が走り込んでくるわけでもない。

 ただ、イナゴが来る。

 大量のイナゴがやって来て、何かも壊していく。

 まともじゃない。

 あんなもの悪夢すらこえている。

 私は、何度も何度ももう終わりだと思った。そのたびに仲間が励ましてくれた。けれど、その仲間は、イナゴに巻き込まれた。

 手を伸ばして助けようとしたのに、イナゴたちはその体を持って行った。掴もうとする指先の肉を噛みちぎり、骨も砕こうとするその顎。

 思い出すことはしたくない。

 私はもうこの状況から逃れられないことは分かっている。無駄な努力を重ねることで、いつかは希望が見えてくるなどとも思っていない。

 ここにいて、誰かの助けを待つというおよそ低い確率の今後の自分の命をすべて預けなければいけない。

 私にはもう何もないのだ。

 何の行動をしたところで私の人生に与える影響は些末なのである。

 私は別に人を騙して生きてきたわけではない。たぶんだが、人よりついた嘘の数も少ない方だと思う。そのせいで損もたくさんしてきたし、馬鹿にもされてきた。そのせいか自信をもてないままにこの年齢になって、そしてイナゴの大群に巻き込まれた。

 もしかすると、私の日ごろの行いがこの地域に、この国に、この世界にイナゴの大量発生という現象をもたらしたのではないか、と考えてしまう。少し笑ってしまった。だとしたら少しばかりではあるが、胸に風が通るような気がした。

 私は世界というものに自分の生き方や能力を使って一矢報いたと言えるのかもしれない。

 気が付けば、愛する人も愛していない人も、すべて巻き込むような状況が生まれてしまった訳だが。

 イナゴの大量発生は、もちろん事実を言えば私のせいではない。世界的に有名なある研究施設から逃げ出したイナゴから始まった問題であるし、それは誰に責任の所在があって、どうするべきなのかは明白である。

 まぁ、すべては遅いが。

 しょうがない。

 生き残るということを考えるしかない。

 私は今、ジャングルジムの中にいた。

 このイナゴは何故か公園に存在するジャングルジムの中には入って来ないのだ。壁がなく、ただ鉄の棒によって囲われているだけだというのに、である。

 ジャングルジムとイナゴの関係など分かるわけもないが、それが事実であるし、今現在もそのおかげで命が助かっていることは間違いない。

 私は少しずつジャングルジムを覆い始めるイナゴの群れに気が付いていた。

 イナゴはジャングルジムの中に私がいることには当然気が付いているのだろう。けれど、中に入らない。

 待っているのだ。

 私はこのジャングルジムから出てくるのを待っているのだ。

 絶望して自殺をしようとするであるとか、水分補給をするためであるとか、ジャングルジムの外に出るための理由というのは幾つもある。イナゴたちは理解しているのである。人間である以上、機械的にただ中に居続けるということなどできる訳がないと。

 待てば、答えは出る。

 イナゴたちの目がそう言っていた。

 考えろ。

 考えるべきだ。

 このまま死ぬのだけはごめんだ。

 結局、ジャングルジムの中だろうが外だろうが、生き残ろうとする限りは、追い込まれた環境というものは、それを取り巻く環境というものは、変化しないのだ。

 いつか肉片一つ残らぬ骸骨になっても笑顔でありたい。

 私は。

 天才だ。

 私はエリートだ。

 そして。

 それは事実だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白く濁って灰になれ エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ