第二章 永遠の大草原『オロクプレリーの戦い』

第二章 1.再起

 突風が吹き突き続ける中、目を開けると彼女がいる。

 クリスタルに閉じ込められ横たわるあの愛しい女性が。

 その表情はまるで眠っているようで穏やかだった。

 どうしようもなく溢れ出てくる。

 悲しみ、怒り、愛しさ、激しい思いが次々に。


 その時、耳障りな激しい雄たけびと共に、部屋中のステンドグラスの窓が粉々に割れ、雪崩のごとく突風が入り込んできた。


「これは、まさか……!」


 聞いた事のあるような女性の声が響く。

 その瞬間、背後の天井が崩れ落ち、瓦礫がれきが落ちる轟音ごうおんと共に上空から鳥のような騒がしい鳴き声が聞こえ始めた。

 だがそんな状況でも、クリスタルの中にいる彼女から目が離せなかった。


「やはり黒魔鳥こくまちょうだわ! 二羽も!?」

 

「お二方! 早くこちらへ来てください!! そこは危険です!」

 

 男が近くで叫んでいる。


「おいおいおーい、リンガーに入れちまったやん! ヒード様の言う通りや! それにセーレちゃんもミッケ! ヒビも入って、剣もあるやん! わい、ツイてる~! それ、ついでに持って帰るわ~!!」

 

「その声はバーツね! なぜここに……!」

 

「当ったりー! 今日もリラちゃんかっわえ~! けど、今日はゆっくり出来へんわ~ヒード様の頼みやからな!」

 

 その時何かが自分の背後から猛スピードで突進してくるのが分かった。

 目の前の剣がカタカタと音を鳴らし始める。


「ヒード……?」


 言葉にならないような激しい怒りが込み上げてくる。

 この感情はもう制御おろそか、止めようがない。

 

 ――次の瞬間、その鋭い爪を受け止めた。

 目の前にあったの剣で。


 それはとてつもなく大きく、骨格がむき出しになっているような羽と黒い皮しか持っていないような不気味な鳥だった。

 その重圧に自らの足をきつく地面に抑え込む。


「くっ……」


 その時、自分の足元に一粒また一粒と、水滴が落ちてくるのが見えた。

 それはこの目から溢れ出ているものだった。


 すると信じられない力が体内から込み上げてくる。


「……うぉぉぉぉ!!」


 黒い大鳥を勢いよく弾き飛ばした。


 手に持つ剣が段々と白く光輝いていく。

 すると、自分の周囲に無数の水滴が漂い始めたかと思うと、力強く引っ張られるかのようにこの剣の周囲に素早く集まり、ピタッと静止した。 


 次の瞬間、その水滴が一気に剣へ吸収され、眩い光を放出した。

 その光と共に、渾身の力を込め、振り落とした。

 

 ――水しぶきと共に、黒い鳥の首を跳ね落とした。


 その大きな鳥は甲高い鳴き声と共に倒れ、目の前でチリとなり段々と消えていく。


「もうこれ以上……セーレを、苦しめないでくれ……」

 

 怒りや憎しみ、そして悲しみに飲み込まれてしまいそうだった。


「お、いいねー誰やー? ま、今日わいは様子見なんで、また出直してくるわ~」


 残された薄気味悪い鳥が羽をばたつかせ、楽しげに笑っている若い男を乗せたまま、飛び去って行く。


 その瞬間、周りが暗くなり始めたのが分かった。


 ――


「……」

 

「目覚めたわ!!」


「おい、お前誰なんだよ、一体!」


「ちょっと、恩人にいきなりそれはないでしょ!」


 頭が重い。段々と先程の事が思い出される。うる覚えだが、戦った記憶はかすかに残っている。


「……セ、セーレは! セーレ王女は無事か!?」


 いや、無事なはずがない、あの日あの場所で死んだのだ。

 でも先程見た眠るように横たわる彼女は一体何なのだろうか。


「……あなたは一体……それにこの剣……」


「この剣は……! だめだ、絶対、ぜったい離してはいけないんだ!! あの時オレにくれて……」


 彼女が持っていた剣を素早く奪うと、体が小刻みに震え始めた。


「大丈夫……? あなた、意識がないのに、ずっとこの剣を離そうとしなかったわ。……ちょっと落ち着きましょ!」


 立ち上がり、近くの窓を開けた。そこには優しく光が入り、暖かで新鮮な空気を感じられた。


「もう朝よ! ずっと起きないから心配したわ!」


 明るくそう言う彼女がまるでセーレのように見える。いや、彼女ではなかった。


「俺はお前に聞きたいことが山ほどあるんだが!」

 

「もう、ちょっとエダー! こんなに怯えてるし、ちょっと落ち着いてからにしましょ! ね、ケイスケ」


「ケイスケ……?」


 その名前になぜか引っ掛かりを覚える。そうだ、今何かが違っている。


「……どうかしたの?」


「……敬介、そうだ、自分は敬介だ。そうだ、オレは瀬戸敬介。日本の児童養護施設で育ち、10歳の妹がいる。そうだ、いおりがいる。いおりがいるんだ――」


「何ブツブツ言ってんだ!? こいつやばくないか?」


「オレはティスタじゃない……ティスタじゃない……!」


「ティスタって……あなた聖なる人ホリスト族のことも知らないのになぜ知ってるの……?」


「オレは……敬介なんだ……」


 混乱した頭を抱える。あの時の人生は何だったのか。あの思い、あの痛み、あの悲しさ、あの怒り……吸い込まれてしまいそうだ。


『もう一度……あの場所へ……』


 いおりの声が頭の中に響く。


「そうよ、あなたはケイスケ、セト・ケイスケよ。しっかりして! あなたはティスタではないわ!!」


 彼女から発せられた言葉にはっとする。そうだ、彼女はリラだ。

 あの壮絶な最期を思い出す。自分は死んだ。いや、ティスタは死んだ。


「そうだ、お前がティスタなんてわけないだろ! 馬鹿が」


 このイラついている男はエダーだ。今までのことが段々と蘇ってくる。


(――そうだ、いおりがそうさせたんだ。いおりがあの場所へ連れて行き、こうなったんだ……もう一度ってことは、二度目ということなのか? あの経験が……死が……オレの過去の記憶なのか? そうだとすれば、俺は生まれ変わってるってことなのか……? あの人生はなんなんだよ……教えてくれよ、いおり……)

  

 次第に自分を取り戻していく。同時に自身の生い立ちや、いおりとの記憶、大学を断念したこと、就職を間近に控えていたこと、今までの瀬戸敬介の人生をゆっくりと思い出した。


「あぁ、オレは瀬戸敬介だ……」


 その言葉を聞き、リラはほっとした様子で、エダーは当たり前だと言う。

 敬介は自分の手にあるこの白い剣を見つめた。

 明らかにこれはのティスタの剣だ。だいぶ古くはなっているが、あの軽さにこの優美さ、この感触さえも覚えている。

 

(オレ……いやティスタはこの剣で確かに戦った。そして救えなかった、彼女を……)


「なぁ、なぜセーレがここにいるんだ……?」


 その時、ドアを叩く音が聞こえた。


「その話はわたくしがしましょう」


 ドアの向こうにはリラの母親が立っていた。ティスタの記憶から言えば、この国の女王なはずだ。

 

「キリア女王……!」

 

 エダーは驚き、膝を付く。


「ただし、あなたを信用出来た場合です。わたくしは、キリア。この国の統治者です。単刀直入に聞きます。あなたは一体どこの何者なのですか?」


 強い口調で敬介へ尋ねてきた。


「……瀬戸敬介です、この国の者ではありません」


「ではどこの国なのですか?」


 日本と言っても信じてもらえないだろう。だが、言わずにいれば密偵だと思われる可能性もあるかもしれない。ゴル帝国の民とでも言った方がいいのか。どうすればいい、どうすればいいんだ。


 ――敬介は腹をくくった。


「日本です、この世界にはない日本出身です。ここへ連れてこられたんだ……多分妹に……そしてオレは、恐らく……ランディア・ティスタの生まれ変わりだ」


 女王を真っすぐに見つめ、そう告げたのであった。

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