第二章 2.使命

「おま、何言ってる……」


「なるほど、全て辻褄が合います」


 口を開いたエダーに、遮るような仕草を送る女王が思わぬ返答をしてきた。

 想像とは違う予期せぬ返答に、敬介は思わず固まる。


「わたくしはあなたがティスタの剣を使い、水の精霊の力により白魔法を発動させ、戦っている姿を目にしました。今ではもう採掘されなくなってしまったホリスト鋼で出来たそちらの剣は、セーレによりティスタの為だけに作られた剣。その者以外では、決してあのような術は使えません」


「信じてくれるのですか……!?」

 

「えぇ、半分は。ただ、何かティスタだけが知っているセーレの情報を教えていただけませんか?」


 ティスタのみが知っている情報、ジダンにも話していない情報があるとすれば。


「……そうだ! セーレの部屋には隠し道があると。彼女の部屋だけではなく、各王族の部屋にもあるとも言っていました。その隠し道から夜中にこっそりと湖に泳ぎに行ったから、オレ……いや、ティスタと出会ったんです。それに鍵を盗み、ちょろかったと言って、あとは……」


「も、もう良いです。よく分かりました」 

 

 少し顔を赤らめながら、これ以上聞きたくないという顔をしている。

 

「……わたくしはセーレの姉、ラリアの孫です。私が幼き頃、伝記本でもある『セーレとティスタ』をよく昔話のように祖母から聞かされました。もちろん民中もこの話は知っています。ですが、わたくしにしか知らない情報があるのです。それは、祖母ラリアによって語り継がれたセーレの隠された破天荒な行動。その情報は代々女王であった者しか知りません」


 セーレは姉にだけはあの破天荒さを隠しきれなかったようだ。

 高貴な振舞をしながら、ティスタの前ではあんなに無邪気に笑っていた顔が未だに忘れられない。

 

「じゃあ!」


「えぇ、信じましょう」


 敬介は胸をなでおろした。


「こいつがあのティスタの生まれ変わり……?」


 信じられない、という引きつった顔でエダーはこちらを見つめている。隣で黙って聞いているリラは、想像の域を超えたのか目が点になるとはこの事だと思った。


「セーレはなぜここに……」


「報告では、ティスタの剣によりクリスタルに包まれた後、水の精霊であるセイレーン出現により、救出、帰還となっています。そして報告主ジダンにより、剣の奪還も成功し、命がけで脱出、帰国したと語り継がれています」


「ジダンはあの後、約束を果たしてくれたのか……! そうか……」


「ええ、彼もホリスト王国の勇気ある兵士の一人として称えられていますよ。何よりジダンは伝記本『セーレとティスタ』の筆者でもあります。その本によって、二人に注がれた愛情が国民へも伝わっていますよ」

 

 なぜか目の前がぼやけてきてしまった。涙腺が弱まったのはティスタのせいかもしれない。もしジダンにまた会えるのならもっと他愛の無い色んな話をして、笑いながら肩を組みたかった。


「セーレは生きているのでしょうか……」


「……分かりません。刺された傷はふさがっています。ですが、もう約100年あのままなのです。ただ……」


「ただ……?」


「先日、セーレを包むクリスタルにヒビが見つかったのです。これが一体どういう意味を成すのか……。ジダンの報告によりセーレ自身が黒神チェルノボーグの力を抑える役割を担っているとされ、クリスタルはその彼女を守るものだと言われています」


「だとしたら……!」


「えぇ、あのようにヒビが入るとなると……嫌な予感を感じるのです」


黒神チェルノボーグ……あいつを復活させたせいで、セーレはこんなことに……」


 拳を強く握る。あんなことは許されない、決して。


「ですが彼女のお陰か、あの復活から黒神チェルノボーグを目にした者はおりません。……しかしあの後、ゴル帝国はより絶大な勢力を持つ事になってしまったのです。……それが黒魔法です」


「黒魔法……!?」


「黒魔法……それは言わば、わたくし達聖なる人ホリスト族が使う白魔法とは正反対の魔法。白魔法は回復に特化した守りの魔法ですが、黒魔法は攻撃属性の魔法や能力を使い、魔物さえも兵力としているのです。私達リンガー王国は、その黒魔法によりあの頃から窮地に追い込まれています……」


 すると急に、女王が床に膝を付き、頭を垂れた。


「……恥を忍んでお願いがあります。そのティスタの剣を使い、わたくし達と共に戦って頂けないでしょうか」

 

「え……」


「お母さま、何を……!」

 

「キリア女王……!」


 黙り込み、話を聞いていたリラとエダーが驚きと共に口を開いた。


「ええ、分かっております。こんな見ず知らずの若者に頼ることを……ですが、ティスタの生まれ変わりであるあなたが、なぜこの世界に連れて来られたのか、そこにはきっと理由があるはずなのです。それにあの力……白魔法属性の攻撃は今まで一度も見たことがありません。あの力ならもしかすると……ゴル帝国との戦争を終わらせる事が……!」


 この国の最高権力者である女王が、敬介の前で膝を付いている。恐らくこんな女王は誰も見たことがないのだろう。それ程までにこの国は窮地に追い込まれているということなのか。


「オレが、なぜここに連れて来られたのか……」


 セーレにもらったこの白い剣を見つめると、ティスタの無念さを強く感じる。

 だが敬介はここに己の意思で来たわけではない。


(いおりの願いがもしだとしても、果たして協力すべきなのか……? いおりはそれを望んでいるんだろうか……)


 戦争とは縁のない日本で生まれ育った敬介に、この頼み事が果たして務まるのだろうかと不安を覚えた。


(だが、このまま元の世界に戻れないとすれば、いおりにも会えないとすれば……。この方法しかないのか……)

 

「……分かりました」


(これはやらなければいけないんだ。元の世界へ帰るためにも――)


「本当ですか……! 感謝致します……!」


 女王の目は心なしか潤んでいる。あれから百年、いやもっと前からこの戦争でリンガー王国の者達が多く苦しんできたのだろう。そんな日々を終わらせるはずだったセーレはあの悲劇に見舞われた。


「……オレに出来る事があれば……ただ、昨日の事はほとんど覚えていないんです……どうやってこの剣を使いこなしたかも……あの時、俺は『ティスタ』だったんだ」

 

「ええ、あの時あなたは確かに『ティスタ』でした。ですが、今でもそれは変わりない事。『ケイスケ』として『ティスタ』の力を発動出来るよう、対策を打たねばなりません。エダー、ケイスケ殿と共に鍛錬をお願い出来ますか?」


「はい!」


 王女の言う事は絶対らしい。自分との関わりに、あのエダーがここまで大人しくなるとは。敬介はその様子を見て奇怪きっかいだと思った。


「この部屋は自由に使って構いません。着る物や武具、食事も用意させます。ですが、いつまた戦闘が始まるか分かりません。その時は……武運を祈ります。……許されよ」


 最後に発せられた一言がなぜか胸に引っ掛かる。

 そして女王が部屋を後にすると、急に部屋が静まり返った。


「ねぇ……本当にティスタ、なの……? 妹さんに連れて来られたって本当なの……?」


 恐る恐る聞いてくるリラがこの部屋の空気を少し変える。


「あぁ、恐らく……。そしてその妹が……オレをティスタであった過去へも連れて行ったんだ。そこで全てを見てきた。いや、もう一度ティスタの人生を送ったんだ……。それにオレをこの世界へ送る時、聖なる人ホリスト族、イデア、白神ベロボーグという言葉も聞いた。これは『お願い』だと言って……」


「なぜあなたの世界に住む妹さんがその言葉を知ってるの……!?」


「分からない、ただ……妹の髪は生まれ付き横髪だけ白いんだ。リラと同じように」


「え……!? 聖なる人ホリスト族だって言うの!?」

 

「そんなはずはない。オレの世界に白魔法が使える種族なんて存在しない……」

 

「どういうことなの……」


「……俺は信じねぇからな。確かに昨日、お前があんな力を使って黒魔鳥こくまちょうを倒すところを見た。キリア様の言い分も分かる。だが、こんな得体の知れない弱そうなお前があのティスタだなんて誰が信じるかよ……!」


 エダーが言う発言はごもっともだ。生まれ変わりがあるという事実でさえも信じ難いのに、あのような壮絶な過去を持ったこの世界の住人だったなんて、自分でも信じられない。


「ああ、それは仕方ないと思ってる。だが、オレに色々と教えてくれ。これはやらなきゃいけないことなんだ」


「……あぁ、キリア様の命令だからな。着替えたら庭へ出てこい。リラ、出るぞ」


 そう言うと、一人で足早に出て行った。


「エダーはね、ティスタに昔から憧れているの。あんな言い方で申し訳ないけど、大目に見てあげて」


 耳元でそう小さく呟くと、彼女もさっと出て行ってしまった。


「過去のオレに憧れか……」


 握りしめる剣を見つめながら、なぜか心苦しい気持ちになったのだった。

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