第一章 17.帰還

「はははは……ついに、ついに、やったぞ……! どちらも死んだ、そして私はこの通りだ!! 弱い奴は皆死ぬのだ……! そして強い奴だけがこの世界の勝者だ!!」

 

 ティスタから受けた傷を完治させた男が高々と笑っている。



 今、目の前で、愛し合っている二人が散った。

 


 ジダンはこの残酷な現実に発狂しかけ、気が狂いそうになった。

 多くの剣に刺され、無残にも動かなくなったティスタを恐る恐る見つめる。

 

 命がけで自分に戦うなと言った、そして伝えろと。

 彼の事だ、きっと戦いに巻き込みたくなかったのだろう。

 だが、幾度となく自分も戦いに挑もうと思った。


 しかしお互いに散れば、この出来事を誰が伝えるのだろうか。

 最後まで戦い抜き、愛し合ったこの二人の思いを、苦悩を。


 そう、まだ戦争は終わっていないのだ。


 この惨劇に胸がつぶれそうになりながらも、必死にこらえた。


 まるでこの不条理で無情な世界に歯向かうように。


 だが、これで本当に良かったのだろうか。

 もし自分も戦いに飛び込んでいたのなら、こんな結果にはならなかったのだろうか。

 だが、もう現実は変えられない。そんなこと分かっている。


 しかしこの事実に体が震えている。

 だめだ、落ちつかせないといけない、ばれてはいけない。ここで自分が死んだら何もかもおしまいだ。

 分かっている。けれども震えが止まらないのだ。

 泣いてはいけない。堪えろ、堪えろ、堪え続けるんだ。


 ジダンは強く強く、自分を押し殺した。

 

 その時、信じられない程の強い光が目の前に立ち込めた。


「なんだ!? この光は!」


 兵達がどよめき見つめている先へ、自身も目を向けた。


 ーーティスタが最後の力で放ったあの剣だった。



 次の瞬間、セーレ王女の亡骸を美しく何かが包んでいく。

 一瞬で包み込まれた彼女の姿は、まるで大きなクリスタルの結晶に閉じ込められたようだった。


 すると剣は力尽きたかのように光を失くし、静まり返った。


 あの剣を敵に渡してはいけない、ジダンはなぜか強くそう感じた。


「なんだこれは!?」


『しくじったな……ヒードよ……』


「ど、どういうことだ……! 死んだはずだ……! 私は確かにこの剣で女を刺した!!」


 青白い男が言うように、セーレ王女は確かにあの短剣で刺され、血が流れた。


 だが、今何かが起きている。


『この女が我の力を留めている……そしてクリスタルで封じているのだ……あの憎き白神ベロボーグの力によって……!!』


 雷が激しく鳴り響く。


 その光に照らされて、黒神チェルノボーグと言う姿があらわになった。


 それは真っ黒でとてつもなく大きな翼を持ち、人間とはかけ離れた姿だった。

 頭上には2本の角を持ち、肉が付いていない骨格には黒く固そうな皮膚がこびりついている。

 そしてその髑髏どくろのような顔には赤く不気味に光る眼が灯されていた。


「くそっ、くそがっ!!」


 男はセーレ王女を刺した短剣で、クリスタルに閉じ込められている彼女を何度も突き刺した。

 だが、その結晶には傷一つさえつかない。


『この剣が根源なのだ』


 クリスタルの傍にあったティスタの剣が浮かび上がる。

 その瞬間黒い球体が突如現れ、剣を取り囲むように渦を巻きながら稲妻がバチバチと音を鳴らしながら光った。

 そしてみるみるうちにその球体が大きくなったかと思うと、周りの岩壁を揺らすような地響きと強い光と共に、はじけ飛んだ。

 そのとてつもない衝撃に思わずきつく目を閉じた。


「……破壊出来ない……だと!?」


 目をそっと開けると、そこには狼狽うろたえているヒードという男と、先程と一切変わらない真っ白な剣の姿があった。


 その時だった。


 突如洞窟の入り口から、多くの海水が激しい地響きと共に雪崩れ込むように押し寄せてきた。


「津波か……!?」


 入り口の方へ目を向けると、兵士達の慌てふためく悲鳴と共に、次第に何かがこちらに向かって来ているようだった。

 打ち付ける激しい波によって、それがとてつもなく大きいものだと分かる。


 ゴル帝国の兵士達が次第に溺れ沈んでいく中、どうにか命からがらに泳ぎ、近くの岩壁へ辛うじて掴まった。

 

 すると間近で通りすぎたその大きく神々しいものに目を見開いた。


「セイレーンか……!?」


 それは、透き通るような海色の長い髪を持つ頭身を持ちながら、耳にはひれを持ち、足部分には魚の尾がある神秘的な女性の姿のような水の精霊だった。


 伝説とまで言われていたその精霊が今ここにいる。

 そして荒々しい怒りがこちらにまで伝わってくるようだった。


「なぜ水の精霊がここに……!? くそっ!! なんだこの海水は!!」


 高台の岩壁にいたヒードと言う男にまでもうすぐ波が押し寄せようとしている。

 するとセイレーンを囲むように先程の黒い球体がまた現れ、段々と大きくなり始めた。

 そして瞬く間もなくはじけ飛ぶ。

 その衝撃で岩片が至る所から音を立てながら落ちてきた。


 しかしセイレーンはその攻撃を受け止め傷つきながらも、周りの岩をも砕く勢いでどんどんと邁進まいしんしてくる。


 次の瞬間、その大きな手をあの男がいる高台に伸ばし、クリスタルに閉じ込められたセーレ王女を鷲掴みにすると、躊躇することもなく洞窟の入口へ方向を変えた。

 セイレーンは岸壁にぶつかりながらも、必死に外へ泳ぎ向かっている。

 それはまるで、彼女を助けるかのようだった。


「待て!! その女は……くそっ!」


 男が声を荒げる。

 大きな岩が次々に降り注ぎ、足元まで押し寄せたその海水に身動きが取れないようだった。


 その時ティスタの剣が波にさらわれたのだ。


 直感的にここだとこの頭が伝えてきた。

 今しかない、と。


 今にも海中に沈みそうなティスタの剣にまで死に物狂いで泳ぎきり、素早く救い上げると、力のある限り洞窟の外へ向かって全身を動かした。


 セイレーンに続き、大雨が降り続くこの真っ暗な外へ命からがら脱出したのだ。

 


 ーー途中、海へ沈んでいく彼を心に焼き付けて。



「ティスタ……」

 

 なんて無慈悲な結末なのだろうか。

 こんな最期、誰が想像しただろうか。 

 

 大きな波音が聞こえ、夜空に稲妻が光る。

 この広い海原で、あのクリスタルが反射して光って見えた気がした。


 ティスタとセーレの二人の死、これを見届けることだけが自分に出来ることだったのだろうか。


 何度自問自答しても、泣いても、叫んでも、もう何も変わらない。

 ティスタとの約束を守る、今の自分に出来る事はもうそれだけしかなかった。


 ジダンはティスタの剣を強く握りしめ、リンガー王国へ帰還したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る