第一章 14.ティスタの選択
次の日、彼女は敵国であるゴル帝国へ旅立った。
そして見送ったのだ。
そう、彼女の望む笑顔で。
分かりきってはいたものの、最悪な結末だった。
あの時、セーレ王女をこの国から連れ出し、どこか遠くへ連れて行けば良かったのか。
それが彼女にとっての幸せだったのだろうか。
そう思えば思うほど間違った選択をしたのではないか、自問自答を繰り返す自分がいるのだった。
だが、今となってはもうどちらが正しいかだなんて分からない。
けれども、こんなにも愛しく大切なセーレ王女を手離してしまった、そういうことには変わりない。
皆に話せば国の為によくやった、頑張ったと言われるのだろう。
だがこんな結末は自分にとっての幸せとは程遠い。
この選択は間違っていなかったのか、彼女には今後どんな未来が待っているのか。
どんなに悩み、不安に思ってもセーレ王女の幸せを願うしかもう方法はなかった。
彼女に貰った剣に触れる。信じられない程軽く、そして清らかで真っ白な
埋め込まれたクリスタルが太陽に反射してキラキラと輝く。
まるで無邪気に笑う彼女のように。
セーレ王女が身代わりとなったおかげで戦争が終わり、この剣が必要となくなる日が本当にやってくるのだろうか。祈るように窓越しの空を見上げた。
ティスタはセーレ王女の護衛任務も解かれ、次の配属先の伝達を項垂れるように宿舎で待っていた。
「……これから何が待ってるんだろうな」
ティスタはぽつりと呟いた。
するとドアを叩く音が響いた。
「おい、兄ちゃん。俺だ。ちょっと話があるんだが……」
ドアを開けるとそこにはいつになく真面目なジダンがいた。
「手紙の内容は教えません……!」
「ちげーよっ! ま、その話も聞きたいけどよ……、あんまり大声では話せねぇ、誰もいねぇか?」
「誰もいませんが……」
部屋に入ってくるジダンは辺りをくまなく見渡し、いつもとはかなり違う真剣な表情だ。
「おし、いねぇな。あのさ……兄ちゃんさ……、密偵する気あるか?」
「密偵っ!?」
「ばかっ声がでけーって! ……実は、女王がゴル帝国への密偵任務の話を俺に持ち掛けてきたんだわ。昨日はその手紙だったてわけ。俺セーレ様の護衛長かったからさ、頼みたいって言われちゃってさ~。女王もさ~きっと娘の事心配なんだよな~そりゃそうだよな~」
「えぇ!?」
「まー断っても良かったんだけどよ~、一応こう見えて結構セーレ様好きだからさ~」
「えぇ!?」
「いやいや、兄ちゃんの愛の力には到底負けてっから、気にすんな! でさ、俺の家族も一生生活の補償はしてくれるって……俺が死んだらって話!」
「死んだら……」
「で、兄ちゃんもどーよ!? もう一人信用出来る奴連れていけって言われてさ~」
密偵、それは敵の中へ裸で飛び込むような行為だ。
だけど、答えは決まっている。
「……行きます!」
「だよな! 兄ちゃんなら!」
家族にまた心配をかけるだろう。
非常に申し訳ないと思っている。
だが、彼女がいる国で働けるならこんなに嬉しいことはない。
例えセーレ王女がどんな生活を送り、どんな王妃になろうとも覚悟は出来ている。
例え密偵だとしても、少しでも彼女を支えることが出来るのであれば本望だ。
「明日出発だ、新兵募集に紛れ込めってさ~」
――
ゴル帝国の城下町は結婚式間近ともあり、華やかな賑わいを見せている。
街のあちこちには色とりどりな花が飾られており、セーレ王女到来の祝い生花だろうか。
戦争の終わりを祝い、皆が喜んでいるようだ。
どこの国もそうだ、戦争が終わるのは嬉しいはずだ。
それは敵対する国も変わらないのだろう。
「ありがとうございます! 馬車に乗せていただいて」
「あんた達も結婚式のお祝いに来たのかね~? なぁ、あまり大きな声では言えねぇけどよ、次の王になられるヒード様はな、元は王位継承者最下位のお方だったって知っとるかい? なんと、先日亡くなった王と娼婦との間に出来た子じゃと! そして他の継承者様達は、なんと全員お亡くなりになってるんじゃ……くわばらくわばら……」
「そうなんですか……」
声低めな相槌に気にも止めず、目の前のご機嫌なおじいさんは話を続けている。
「そして嫁ぐセーレ様はえらい綺麗な女性じゃと。幸せになりゃーいいんじゃけどな~ガハハハッ」
そう豪快に笑う老人を乗せた行商の馬車をティスタ達は見送った。
「美人なことぐらい、分かってるっての~なぁ、兄ちゃん! おい、そんな心配そうな顔すんなって!」
「はい……」
「そのきれーーな王女は兄ちゃんにゾッコンですって言えば良かったか~?」
肩を組んできたジダンがにやついている。
あの日の最後の夜、剣をもらったこと、そして、思いを通じ合わせたことを知っている。
「いつもそうやってからかうのやめてくださいっ……!」
ジダンに話してよかったのか。
少しそう思うが、彼なりの優しさやおせっかいさが励みになったことは言うまでもない。
何より、この任務が出来るのはジダンのおかげだ。
彼が自分の気持ちを知っていて、理解してくれたからだ。
「いや、だってさ~兄ちゃんの反応が可愛くてよ~」
ただ楽しんでいるだけなのでは、と時々思うこともあるが。
「さ、城へ行きますよ!」
「話ずらすなって~」
この心臓の音はゴル城へ近付けば近付くほど強く響いてきた。
セーレ王女には会えるのだろうか。
密偵だと敵にばれないだろうか。
期待と不安が入り交じりながら、城下町を後にするのだった。
――
セーレ王女とゴル帝国の王子ヒードとの結婚式は明日だ。
城の中では慌ただしく準備が進んでいる。
あれから一目もセーレ王女と出会うこともなく、自身は城内の警備をし、過ごしていた。
これと言って怪しい動きや情報を掴むこともない。
ジダンもそのようだ。
そのような情報を掴んだとすれば一目散に言ってくるだろう。
この城はホリスト城よりもかなり広い。
そんなゴル城は海沿いにあり、灰色の石で出来た大きな要塞とも言える守りが固そうな城だった。
その石の色のせいなのか、敵の中に飛び込んでいるからなのか、なんだか空気が重いような感覚だ。
窓を覗くと、下の方に並ぶ大きな岩壁に力強く打ち付ける波が見える。
「荒れてるな……」
未だに思う。
この選択をしていなかったら。
もしもあの時、自分の手から彼女を離さなかったら。
明日の結婚式でセーレ王女の姿を見ることになり、それはきっと言葉には出来ない程の綺麗な花嫁姿で、そして、自身の悲しみとまた向き合う事になるのだろう。
だが戦争も終わり、ヒードという男が彼女をきっと幸せにしてくれるはずだ、そう祈るしかなかった。
夕日が次第に海原へ落ちていく。
そして夜がやってきて、また明日が来る。
そんな明日を笑顔で迎えよう、彼女の為に。
そうティスタは決心したのだった。
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