第52話 誓いの手順がちょっと・・・

「Damin-Gutara-Syndromeか・・。それはやっかいね。さほど稀な病気ではないんだけど、原因も態様も複雑だし、イヤシノタマノカケラの種類も多岐にわたるから、根本的な治療って難しいのよね。

 ジュピ田さんのナビにもV茄子ブリッジが示されたってことは、夫婦間の問題も有りってわけね。

 ほら、私、愛と美の女神だし、その関係でカップルの運命の采配も担当させられてるからさぁ」


「そういえば、かっぱのフレディさんも『夫婦の問題』とか言ってた。でもうちのパパとママは、たまにはケンカもするけど別に仲が悪いわけでもないし、イヤシノタマ値に影響するほどの問題なんてあるのかなぁ?」


「V茄子さま。カップルの運命って、どのようにお決めになるのですか?」

「テキトーよ」

「へ?」

「処理件数が多いからさぁ、各々の細かいところまで責任持てないのよね」


 なんてこった・・・


「ここアベク峠は、いちおう世界じゅうのすべてのカップルにとって運命の分水嶺になってるわけよ。私の仕事は、ここに集まってくるそれらの運命を、二通りの流れにおおまかに振り分けることよ。ひとつはトモシラ川。もうひとつはリコン川。

 連日すごい行列ができるのよ。人間には見えないでしょうけど」


「ぬいぐるみにも見えません。そういう気配も感じませんし」

「そうね。運命の行列は神にしか見えないわ。もう続々とやって来るからほとんど流れ作業よ。ははは」


「・・・そんな大雑把でいいの?」

「いいのよ。だいたいね、運命なんて最初から最後まで全部定まってるわけじゃないのよ。神が定める事柄で主なものは生老病死と、ちょっとしたご縁くらいなもんよ。それ以外のほとんどはその人次第。殊に細部に関してはね」


「うちのパパとママの運命もどちらかに振り分けられてるの?」

「たぶんそうだと思うけど・・。ちょっと台帳調べてみるわ。パパとママが結婚した年月日わかる?」

「婚姻届を提出した日付ですか?」

「神様とかの前で儀式みたいなのをした?」

「ああ、結婚式ですね。しましたよ。日付は確か・・・。あ、神道式とかキリスト教式とか、そういうのは関係あるの?」

「なに教でもいいのよ。人前挙式でも可。とりあえず何かに向かって誓いを立てさえすれば、運命は私のところへまわってくるのよ」


 V茄子さまは分厚いファイルをぱらぱらめくり、ぴっちぃたちのパパとママの〈愛の行方〉を探してくれた。


「あったあった。ああ、挙式日と婚姻届提出日が同じね。シンプルでいいわ」

「なんか・・・そのほうが離婚調停の際ややこしくなくていいから、ってママが言ってたような・・・」

「結婚前に?」

「うん。式の打ち合わせとかしてるときに、パパにそう言ってた」

「・・・ママらしいような気もする」


「うーん、おかしいわね。確かに〈担当神;天照大御神のコピー神〉そして〈祝詞奏上・玉串奉奠・拝礼〉の欄に〈済〉のハンコが押してあるけど、私が運命を振り分けた記録がないわ。詳細を記したサブ台帳も調べてみましょう」


 V茄子さまはさすが専門だけあって、ファイルの検索は手際よい。

「なになに? ふんふん。ほーほー。はぁそーゆうわけか」


 ぴっちぃは心配になってくる。

「あのー、パパとママの婚姻に関して、初期の段階でなにか問題でもあったのでしょうか?」


「いちおうアベク峠までは送られて来たみたいよ。だけど、〈行列に並ぶのが面倒くさいから引き返した〉って書いてあるわ。処理結果の欄は〈保留〉になってる。

 あなたたちのパパとママ、行列に並ぶのは嫌い?」

「うん」

 間髪を入れず、ぴっちぃとかっぱっぱとぺんが見事に口を揃える。


「・・はっきりしてるのね。テレビで話題のラーメン屋さんとかには絶対並ばないタイプね。まあその気持ちもわからないでもないけど、運命の場合は、面倒でもいちおう並んでもらって順番に処理しておかないと、〈保留〉になっちゃうの。

 べつにそれでも支障はないわ。いつまでも中途半端っていうだけだから。ただ、ほかの要因も合わさって具合が悪くなるようだったら、処置が必要になってくるわね」


 もーにがぴっちぃたちに訊く。

「ぴっちぃちゃん、かっぱっぱちゃん、ぺんちゃん。私はパパのことは知らないけど、パパとママは、お互いに結婚してよかったって思っているかしら? 夫婦として、信頼しあっていると思う?」

 三人は今度は『うん』と口を揃えて即答できなかった。


「信頼? 信頼って・・・どうすることなんだろう?」

「パパは単純で配慮に欠けるときもあるし・・」

「ママはもともと肉親の情が薄い人みたいだし・・・」

「お互い何を考えてるか解らないまま、むっつり黙ってしまうことも・・・」

「相手にきちんと言えなくて、おにいちゃんたちに文句を言ったりもするよね」

「うん。パパとママの機嫌が悪いときは、おにいちゃんたちはよく怒られるんだ。いい迷惑だよね」

「無神経だったり」

「卑屈になったり」

 あれこれあれこれ、出てくる出てくる。パパとママの不協和音の数々。


「どうやら見かけほどうまくいってないみたいね。二人の気持ちのほうは、だいたい察しがつくわ。魂のほうはどうかしら? ちょっと上司に問い合わせてみるわね」

 V茄子さまは胸ポケットからケータイを取り出して電話をかける。上司って誰だろう?


 雑談も長い通話だった。

 V茄子さまは電話中に取ったメモを見ながら、本部への照会の結果を教えてくれた。たまに読めない字も出てくる。自分で書いた字が読めないなんて、よほどヘタな字なのだろう。

 ぴっちぃはママの、略字を多用した汚い走り書きの文字を思い出して、なんだかV茄子さまに親近感を覚えてしまう。


「『パパの魂とママの魂は、寄り添っておりません』だそうよ。向いてる方向が微妙にずれているんですって。

 どちらの魂も、イヤシノタマ値が低下しているらしいわ。時々、〈○○〉の二文字に該当する衝動に襲われますって言ってたわ。思ったより重症ね、これは」


 ぴっちぃは、時折ママの魂から送られてきた〈輪っか〉のヴィジョン、今朝それがハンギンク・ロープであることが判明した、と、一度は思われたけど、もどきが出現して、わけがわからなくなってしまった、あのヴィジョンを、いま一度、悲しいものとして思い描く。


 もう虚体ででも何ででもすっ飛んで帰ってママを抱き締めてあげたくなった。

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