第50話 無限大記号もどき

「ぴっちぃちゃん」


 いきなり背後から声がして、驚いて振り向いたみんなの視界に、またもやヘンなモノが飛び込んできた。

〈なんじゃこれ?〉


「驚かしてごめんね。でもわたしたちはこれまでもずっと、ぴっちぃちゃんたちと一緒にいたんだよ。見えなかっただけ。ようやくいま、ぴっちぃちゃんが真実のひとつを見出してくれたから、可視のものとなったんだ」


 そいつは、朝日がすあの遠くの水面からひゅんと飛んできたみたいに、きらきらと金色に輝いていた。

 はじめのうちはなんだか眩しくてよく見えなかったが、金色といっても微妙な色合いが混ざっている。

 んでもって、ぷかぷかと宙に浮いている。

 8の字を横倒しにしたような、小さな物体だ。そいつがしゃべっているのだ。


〈あれ? あの輪っかのヴィジョンの具象化? ・・・あれはハンギング・ロープだと思ったけど、こいつか? なんか思ってたんと違う。いまいち悲壮感に欠けるな、こいつ〉


 何が出てこようが何がしゃべろうが、もう誰も不思議だとは思わない。ただそいつが『わたしたち』と一人称複数形で名乗ったことが、ちょっぴり不可解だ。

 見えなかったけれど、これまでもみんなと一緒にいて、ぴっちぃの名前を知っているこの無限大記号もどきのやつは、もしかしてママのイヤシノタマノカケラなのか?


「いや、そういうわけでもないんだけど・・・。

 実はわたしたちも、イヤシノタマノカケラの力を必要としてるもんだからさぁ。ぴっちぃちゃんたちと一緒について行ってもいいかい?」

 ついて行ってもいいかいって、これまでも一緒について来てたんだろーが。こいつ何者だ? いや〈こいつら〉か? イラつくなぁもう。


「まーまー。いいじゃないか。わたしたち、イヤシノタマノカケラを分けてくれる人を知ってるんだ。厳密にいうと人じゃなくて、ま、神様みたいなもんだけど。ね、一緒に会いに行こうよ」

 ほんとにそんな人、いや神様みたいなのがいるわけ? 会いに行こうよって、えらく軽く言うけど、そんなに簡単に会えるわけ?



「よっしゃ! いっちょ会いに行こやないか。その神さんに」

 決然と言い放ったのはおっさん。


 実はおっさんは、ぴっちぃたちが探し求めている最後のイヤシノタマノカケラが、自分のご主人さまたちにも必要かもしれないと感じていたし、突如現われたこの軽薄そうな無限大記号もどきが、なんだか意味のある記号のように思えるのだった。


 かっぱっぱとぺんはぴっちぃの決断を待った。

 ぴっちぃは、無限大記号もどきが信用できるやつかどうか、相手の目を見て確かめたいのだが、もどきには目がついていない。声はするけど口もない。どこでしゃべっているのかわからない。

 ぱっとはきらきら輝いてきれいなんだけど、はたしていいやつなのだろうか?

〈これまでさんざんぼくを不安な気持ちにさせやがって・・〉


「行きましょう! ぴっちぃちゃん」

「!?」

 ぴっちぃの背中で微かな声がして、きらりと気配を感じた。何かが光ったような・・。


「・・・ソプロシュネちゃん?」

「行きましょう! ぴっちぃちゃん」

 もう一度その声が言った。

 サターンワッカアルで合流してから、すやすやとおとなしくぴっちぃのリュックのなかで眠っていたソプロシュネが、この無限大記号もどきに反応したみたいだ。


「・・・うん。・・・行こう。・・・みんな、ソプロシュネちゃんが示してくれたよ、ぼくらの行くべき道を。ソプロシュネちゃん、ありがとう」

「これで決まりや。ほな行こ。んで、その神さんはどこにってのや?」

「ここ」

「へ?」

 みんなはずっこけた。


「ここ、って・・・?」

「ここ。V茄子ブリッジに鎮座ましますV茄子さまだよ。アベク峠の分水嶺を支配している、カップルの守り神らしいよ。世界じゅうのすべてのカップルの運命を司る責任者だって」


「そんな神様がいたのか・・・」

「ここに?」

「こんなローカルな村のたいしたことないこんな山に?」

「世界じゅうのカップルの運命に対して責任持てるやつなんているのかぁ?」

「それもなかなかご苦労なこったね」

「恨みを買うことも多いんじゃない?」


 意外な展開にざわついていたら、

「・・・んもう! なあに? 朝っぱらからざわざわうるさいわね。目が覚めちゃったじゃない」

 不機嫌そうな声がして、みんなの前に年齢不詳のおばさんが現われた。

 ノーメイクで、頭に時代遅れのでっかいカーラーをつけている。寝起きのおばさんの姿というのは色気も何もあったもんじゃない。ひどいもんだ。


「・・・まさかと思うけど、ひょっとしてあなたがV茄子さま?」

 ぴっちぃがおそるおそる尋ねた。みんなも静まり返っておばさんに注目する。

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