第48話 おっさんのぬいぐるみ人生

 ところで、おっさんにはカップルのご主人さまたちがいた。


 ゲーセンの店長らによってサンタにされた直後、UFOキャッチャーでおっさんを釣り上げたのが彼氏のほう。

 彼氏は彼女へのクリスマス・プレゼントに、おっさんを添えた。何か意味があったわけではない。こんなぬいぐるみを持っていてもしょうがないけど、捨てるのも面倒くさいから、プレゼントのついでに彼女にあげたのだ。

 彼女もプレゼントを喜ぶついでに、おっさんを、

『かわいいサンタさんね』

 と言ってくれたが、それはまあ社交辞令というものだ。

〈どうせUFOキャッチャーかパチンコの景品やろ〉

 ってわかっていたさ。

 その年のクリスマスが、このカップルの最後のクリスマスとなる。


 翌年二人は猛烈な痴話ゲンカの果てに、陰惨な別れ方をしてしまう。

 そのような場合、二人の間で交わされたプレゼントというのは、たいてい投棄されるのが普通であるのだが、この彼女は、うっかりおっさんだけを捨て忘れた。持ち物の整理整頓が全然できてなかったからだ。


 のちに、部屋の隅っこから、埃を被ったおっさんがごろんと出てきて、

『うわ、汚ね』

 と反射的にごみ箱へ投げようとしたとき、これが別れた彼氏からの贈り物の添え物であったことを思い出したところで、手が止まってしまった。

 こんなものに未練もないし、捨てちゃえばよいのだが、二人がそこそこ平和に付き合っていた頃の思い出がうっかりと、いや、ふと甦ってしまったのだ。


〈えーっと、なんで別れたんだっけ? あーそーだ、ひどいケンカしたな。えーっと、なんでケンカしたんだっけ? なんかしょーもないことだったような・・・〉

 つらつらと思い出していくと、考えるのが面倒くさくなってきた。

『ま、いっか、どーでも。さ、ごはんにしよ』

 ってなわけで、おっさんはまたしても彼女の部屋の片隅に放置されてしまった。またしても捨てられ損ねた。


 ごみ箱へ投げ捨てなかった彼女の行動には、深層心理学的にはなにがしかの意味が読み取れるのではあるが、成仏できないのはおっさんのほうである。

 ぬいぐるみの実体は、例えば埃をパタパタ払われてまたテレビの横にでも飾られるとか、可燃ごみに出されて自治体のクリーンセンターで焼却されるとか、いちおうきちんと処理されない限り、魂が迷ってしまうのだ。


『・・こんなんでええんやろか? ・・わし』


 悶々と考えあぐねたあげく、おっさんは旅に出ることにした。なんというか、その・・〈自らの存在の意味〉みたいなのを探求してみたいと思ったのだ。

 実体から幽体離脱した魂の一部で虚体を形成し、行くあてもないのでとりあえず、かつてご主人さまたちがひやかしに訪れたというV茄子ブリッジをめざしてきた、というわけだ。



 ハイキングコースを遊びながらちんたらちんたら歩き、アベク峠のV茄子ブリッジが見えてきた頃にはもう日が暮れかかっていた。

 この頃になると、若いカップルもちらほらやって来る。


 峠から少し下った場所にある駐車場からV茄子ブリッジまで、いくつもの蓄光石が埋め込まれた遊歩道が整備されており、夜になると、地面にまってる石が蛍光色の光を発する。

 このミルキィ・ウェイを、カップルたちは歩いてV茄子ブリッジへと向かうのだ。


 ぴっちぃたち一行は、駐車場付近の東屋で一服し、通り過ぎる何組ものカップルを眺めながら、夜を待った。

 今日は登山というほどでもないが、いっぱい歩いて疲れたせいか、みんなうとうとして眠ってしまう。


 目が覚めると、ちょうど夜景のイルミネーションも盛りの頃合い。駐車場の車も、夕方のよりグレードの高い車が多くなっている。

 カップルの年齢層も時間とともに上がってくるみたいだ。


 ぴっちぃたちも、幻想的なミルキィ・ウェイを歩き、V茄子ブリッジに立つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る