第47話 ホームレスのぬいぐるみ

「さあ、行こう」


 ハイキングコースを歩き始めたとき、ぴっちぃの肩にポンチョのように巻きついているもーにが、標識の裏側の地面にヘンなものを見つけた。

「ちょっと待って、ぴっちぃちゃん。なんか落ちてるわ」

「へ?」

 振り返ると、汚れた赤い布製のようなモノが転がっている。


 近づいてみたら、なんとぬいぐるみだ。赤い服を着た人形型のぬいぐるみ。

「すごく汚れているわ。捨てられたのかしら?」

「ほんとだ。泥んこだ。汚いなあ」

「道にゴミを捨てちゃいけないんだよね」

「ゴミっていうのはちょっと非情な感じがするわね」

「そうだよ。同じぬいぐるみとして、ゴミ呼ばわりするのは失礼だよね」

 ずけずけ。


「同じぬいぐるみだと思えばなんか可哀想だね。捨てられてこんなぼろぼろになっちゃって」

 なんて言いながら、ぺんは拾った木切れでそいつをつんつんしてみる。


「おうっ? 汚いやと?」

 そいつが口をきいた。

 みんなはぎょっとして一歩後ずさる。

 おっさんだ。

「汚のうて悪かったのう。わしも好き好んでこんな姿になったんやないわい。だれじゃ? 棒っ切れでつんつんしよったんは?」

「はい。ぼくです」

 素直に挙手するぺんちゃん。


「よ~っこらしょ~」

 むくっと起き上がったおっさんは、

「えらい素直やんけ。なんや、ちびっこいぬいぐるみやのう。わしに何の用じゃい?」

「べつに用はないよ、おっさん。なんでこんなとこに寝てんの? 酔っぱらって寝ちゃったの?」

「お? ・・おう。まあな。まあ・・よう起こしてくれたな、ペンギンくん」

 ぺんがあまりにも悪びれずにずけずけ言うものだから、その度胸におっさんも一目置いたみたいだ。

「お友達と一緒にハイキングか? 楽しそうやな」

 

 んなわけで、ぺんの無邪気すぎる言動がきっかけとなり、一行はひとコマその場に座り、話し込んだ。

 ぴっちぃたちはお茶やおやつをおっさんに分けてあげた。


 おっさんが着ている赤い服はサンタクロースの衣装だ。そういえばもうすぐクリスマス。こんなコスプレをした人形や人間がちらほら街に出没しはじめる時期でもある。

 よく見ると、このおっさんは、汚れたその身なりと荒っぽい言葉遣いに似合わず、まあまあ端正な顔立ちをしている。なんともミスマッチだ。

「そやろそやろ? こんな格好しとるけど、わしはもともと、キューピッドとして製造されたんやぞ」

 いやそれも似つかわしくない。それほど上品ではない。縫製がザツだ。


 なんでも、ある町のゲームセンターのUFOキャッチャーに入っていたぬいぐるみの何体かが、ある年のクリスマスを前にサンタのコスプレをさせられたらしい。

 店長の『クリスマス・シーズンのどさくさに紛れて季節感を盛り上げ、儲けよう』という思いつきで、パートのおばちゃんが適当に衣装を縫い、〈装いも新たに〉リメイクされたというわけだ。

 その際、キューピッドであったこのおっさんは、背中の羽根と、持っていたハート付き弓矢をもぎ取られ、代わりに赤いサンタの衣装を縫いつけられて白いズダ袋を背負わされた。


「で、なんでそんなに汚れてこんなところに捨てられちゃったの?」

 かっぱっぱもずけずけと訊く。

 なんだかこのおっさんには、相手にずけずけとモノを言わせるスキがあるのだ。これも人徳だ。


「解らんか? これは虚体や。おまえらも虚体やろ?」

 おっ、専門用語が出てきたではないか。〈虚体〉なんて、よほど研究したか、ぬいぐるみ人生経験を積んだ者にしか解らない概念だ。ただのおっさんではないようだ。


「確かに。ただのおっさんやないぞ。わしはホームレスや」

「?」

 サンタのコスプレをしたキューピッドの虚体のホームレスのぬいぐるみ? ややこしいな。


「おそらくおまえらも訳ありのぬいぐるみやな? ご主人さまのためにV茄子ブリッジでナンキンジョーのまじないをするために旅をしてきた、ってなとこやろ?」

 おおむね正解だ。侮れないおっさんだ。でも〈ナンキンジョーのまじない〉ってなに?

「なんや。そんなことも知らんのか? ま、わしもここに来て初めて聞いたんやがな。ほんでもって途中で寝てしもうた」


 V茄子ブリッジの〈ナンキンジョーのまじない〉っていうのは、〈南京錠のまじない〉のことだ。


 タイガス山の山頂付近から滾々こんこんと湧き出る泉がちょろちょろ小川になって尾根を伝い、やがてそれが山の両側へ分かれて二本の川になる。

 その分水嶺となっているアベク峠あたりの流れに架かる橋がV茄子ブリッジだ。村を一望できるテラスのような形になっている。


 V茄子ブリッジはV茄子ビレッジの夜景観賞スポットとして近年有名になった。

 V茄子ビレッジ自体はたいしたことない村なのだが、夜になるとありったけの商業施設が派手なネオン街に変わる。

 住宅街でも、家のベランダや庭木などを電飾で覆うのが何年も前から流行っている。電力の無駄遣いだ。最近ではLEDライトや、省エネタイプの電球が主流になっているから、まあ許そう。


 で、村じゅうの電飾、港の灯、その先の漆黒の海、さらにその向こうの町の明かり・・・。アベク峠のV茄子ブリッジから眺めると、それはそれはきれいな宝石箱みたいなのだ。

 港を含む夜景は殊更ロマンチックなものだ。いつの頃からか、V茄子ブリッジから夜景を眺めながら愛を語り合うカップルが現われ、夜のデート・スポットとして評判になり、毎夜多くのカップルが訪れるようになった。


 そういったカップルたちの間でまことしやかに流れている噂がある。

 V茄子ブリッジを挟んであっちとこっちの登山道にそれぞれ設置されているフェンスに、カップルが南京錠を引っ掛けてロックすると、その愛が永遠のものになる、という。

 つまり二人の愛がはずれないように鍵を掛けておこう、というおまじないだ。

 そんなことで愛が永遠のものになるならお手軽だよね。安いもんだ。施錠されちゃうのだ。窮屈でもある。


 ぴっちぃたちは道々、こんなV茄子ブリッジにまつわる噂をおっさんから教えてもらった。


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