V茄子ビレッジのV茄子ブリッジ

第46話 メリケンコ波止場

 空飛ぶもーにちゃんに乗ったぴっちぃたちの虚体は、ちょっとスースーしてきた。

 メイさんのストールを編むためにかなりの毛を抜いたからなのだが、そのせいばかりではない。

 そろそろ限界が近づいてきているのだ。


 ぬいぐるみとして実体をよそに残したまま虚体を形成して活動することは、思いのほか魂を消耗するものであったらしい。

 虚体での旅は、おそらく次の村が最後になるだろう、とみんなは感じている。

 どうか、ママの魂に効く良いイヤシノタマノカケラが見つかりますように・・・。


 かっぱっぱとぺんは、自分たちの実体と、それを可愛がってくれているであろうおにいちゃんたちをうんと恋しく思い、V茄子ビレッジでイヤシノタマノカケラを手に入れることができたら、早くおうちへ帰ろう、もうひと頑張りだ、絶対、上等のイヤシノタマノカケラを見つけるぞ、と気合いを入れる。


 ぴっちぃは、その後の自らの進路について考えると悲しくなる。ぴっちぃには帰るべき実体がどこにあるかわからないのだ。

 魂がこのように健在なら、おうちへ帰っても、かっぱっぱやぺんをはじめ、ぞぞぞ、ぶう、その他大勢のぬいぐるみたちと一緒に楽しく遊んだり、魂どうしでおしゃべりしたりすることは、前と同じように可能だろう。

 けれど、魂だけではぴっちぃの姿がママには見えないのだ。


〈いっそこの虚体の姿で、なにくわぬ顔をしてぬいぐるみたちのなかに紛れてみようか。そしたらママは、『あら、ぴっちぃちゃん、こんなとこにいたの?』とかなんとか言って、ぼくを抱っこしてくれるかもしれない。

 ・・・いや、だめだ。それは不自然だ。それに、虚体をママに抱っこしてもらうのは反則だ。ママのぬいぐるみであるぼくは、虚体を抱っこされたって虚しいだけだ。実体でないと意味がないんだ〉


 前より薄くなったもーには、三匹のぬいぐるみたちそれぞれの思いと、それぞれの体を、儚い虚体を、優しく包み込む。もーにちゃんに包まれると魂があったまる。



 V茄子ビレッジは北を九〇〇メートル級の山系と、南を海に挟まれた東西に細長い地形の村で、かつてはそこそこ栄えていたが今ではちょっと寂れかけた港があり、その微妙な哀愁と異国情緒が観光客に人気だ。

 海といっても湾の向かいに位置する半島の陸地や、海峡を挟んだ向こうの島も肉眼で見える程度だから、たいしたことない海だ。


 村の背後に屏風のように立つ山系のなかで一番高いのがタイガス山。それでも一〇〇〇メートルにも全然届かない。

 冬になり大陸から寒気団が南下してくると、北風がタイガス山を越えて村へ吹きつけてくる。村のみんなはこれを〈タイガスおろし〉と呼ぶが、例年は全然たいしたことなくて、弱い。

 ところが、めずらしく近年では結構強い年もあったらしい。


 V茄子ビレッジ港の埠頭に降り立ったぴっちぃたちはさっそく、ちょうどそこでお仕事をしている港湾労働者さんたちに、目的のV茄子ブリッジの場所を訊いてまわったが、ほとんどのかたが外国からの出稼ぎ労働者みたいだった。言葉がなかなか通じない。

 お互いカタコトの英語や手振り身振りでコミュニケーションを図る。ぬいぐるみと外国人のやりとりというのも奇妙な光景だ。


 V茄子ブリッジは、観光スポットとして近年有名になりつつあり、幾人かの労働者さんが知っていたが、みんな忙しいのでまだ行ったことはないらしい。

 だいたいの場所ならわかるぞ、教えてあげよう、と指差されたのは、タイガス山。そのどこにあるのかについては、

「ワカラナイが、とにかく山に登ってミナハレ」

 とカタコトで言われた。

 おおらかでアバウトな皆さんだ。


 かっぱっぱとぺんは、あたりにたくさん立っている紅白塗りのキリンさんたちを珍しがっている。

 鉄製みたいで、みんな同じ大きさ。がっしりと四つん這いになって海の方を向き、規則正しい間隔で並んで立っている。真面目そうだ。

 かっぱっぱもぺんも、港のクレーンをまだ見たことがない。

 もう夕暮れが近いから今夜はここで野宿させてもらおうということで、ぴっちぃは埠頭のへりの比較的落ち着きそうな場所を選び、テントの準備を始める。


 かっぱっぱが傍のクレーンの足元へ進み出てご挨拶した。

「鉄のキリンさん、はじめまして。ぼくたちは旅のぬいぐるみなのですが、今夜はちょっとここにテントを張って宿泊させていただきますがよろしいでしょうか?」

 ぺんもかっぱっぱに駆け寄り、並んでぺこんとおじぎをした。


「おいおい、かっぱっぱ、ぺん。キリンさんじゃないよ。荷役用のクレーンだよ。貨物船の入る港にはこういうクレーンが設置されているのさ。ここらのはコンテナを運ぶ橋型のガントリークレーン。スプレッダーがついてるね。向かいの埠頭に並んでるのはジブクレーン。重機の一種だよ。」

 てきぱきテントを広げながら、ぴっちぃは顔も上げず作業目線のまま言う。


「ええもちろん、いいですよ、かわいいぬいぐるみさんたち。V茄子ビレッジ港のメリケンコ波止場へようこそ!」

「へ?」

 ぴっちぃは振り向いてきょろきょろ周りを見回す。今の声は何?


「へぇ。ここはメリケンコ波止場っていうのですか。なんだか風情がありますね」

「ほほほ。そうでしょう? 歴史も古い由緒ある港なのですよ」

「は?」

 かっぱっぱとぺんは誰とお話しているのだろう?


 その声は頭上から聞こえてくる。かっぱっぱもぺんもほぼ垂直に上を見上げている。まさか・・・。

 かれらは鉄のキリンさんと打ち解けておしゃべりを始めていたのだ。

 埠頭のクレーンがしゃべるなんて普通のひとは誰も知らないはずだ。ぴっちぃも知らなかった。なんてこった。


 しかしまあ、自分たちだってぬいぐるみのくせにしゃべって活動しているのだから、クレーンがしゃべったってべつに不思議でもないか。サターンワッカアルやドワフプルトでは石さんたちもおしゃべりしてたじゃないか。

 ってことで、ぴっちぃ、もーにも会話に加わり、他の何基かのコンテナクレーンさんも話しかけてくれたりして、その夜のメリケンコ波止場は、ぬいぐるみとベビー毛布とクレーンたちの和やかな異種間交流が行なわれたわけだ。



 翌日、メリケンコ波止場の鉄のキリンさんたちに別れを告げたぴっちぃたちは、徒歩でタイガス山をめざす。

 港から海岸通りの歩道橋を渡り、官公庁や商店などが建ち並ぶ村の中心部を横切ると、すぐに山の手の住宅街。そこはもうタイガス山の麓なのだ。


 アスファルトの坂道の終点に木製の標識が立っていて、そこから先はいくつかのコースの登山道に分かれている。どの道もよく整備されているようだ。

 ぴっちぃたちは、〈シルバー&お子様向き〉とご丁寧に記されているハイキング用の進路を選ぶことにした。森の中を散策しながらいつの間にか頂上に着いてしまうという、楽ちんそうなコースだ。

 このような場合、ぴっちぃもかっぱっぱもぺんも、敢えて困難な道は選ばない。うちの家族はみんな、そういうタイプだ。根性がないともいう。

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