第45話 勇気のしるし

 興奮の一夜が明け、運動会翌日は代休で、会社も学校もお休みだ。フレディさん一家とぴっちぃたちは、朝食後コーヒーを飲みながら寛いでいる。

 

 メイさんが話を切り出した。

「ねえ、もーにちゃんたち。ゆうべお父さんと話し合ったんだけどね。ママのイヤシノタマについて、私たちも考えてみたの。それでふと、ある場所を思い出したのよ。いいものが見つかるんじゃないかって」

 みんなはごくりと固唾をのむ。


 この家に滞在していたのは三週間ほど。その間に、もーにはメイさんの肩を暖めながら、ママのDamin-Gutara-Syndrome治療のためにイヤシノタマノカケラ集めの旅をしていることなど、いろいろおしゃべりしていたのだ。メイさんは、もーにたちの旅の話を興味深く、親身になって聞いてくれていた。

 霊感の強いメイさんは、このぬいぐるみたちが実体ではないことに早くから気づいていたし、もーにが自分は実はこの世のものではないのですと告白した時も、驚きもせず、『わかっていたわよ』と、ありのままの事実を受け止めてくれた。


 フレディさんも、いつになく落ち着いた口調で語る。

「そや。ほんでわしも思うんやがな。ママのDamin-Gutara-Syndromeっちゅうのは、おそらくママだけの問題やない。夫婦の問題という側面もあるはずや。パパとママが、何か大切なものをどこかに忘れて来とるんやないかと考えた。そしたら、あっと思い出した。あそこや! ってな」


 ぴっちぃはこれまで想像が及ばなかった点を指摘され、考え込んでしまう。

〈夫婦の問題? そう言われてみれば、わからなくもないような気もするけど・・・。パパとママが忘れて来た大切なもの? それがDamin-Gutara-Syndromeと関係があるのだろうか? ママ単独の問題ではないということは・・・〉


 考えていたら、かっぱっぱが

「あそこってどこ?」

 と素直な質問を発し、ぴっちぃは我に返った。


 フレディさんとメイさんは声を揃えて答える。

「V茄子ビレッジのV茄子ブリッジ」

「はい~?」


 舌がもつれそうな地名だな。

 かっぱっぱとぺんは顔を見合わせ、早口言葉を練習するみたいに繰り返し発音してみる。


 その地名を聞いたぴっちぃの心に、このところしばらく顕われていなかった、あの不吉な予感を伴う〈輪っか〉が、またうっすらと浮かんできた。

 その地名をいつかどこかで聞いたことがある、というわけではないと思う。地名そのものというより、その場所の暗示する真理の雫が、言葉にくっついて送られてきたようでもある。

 なぜそんな気がするのか、一度でも行ったことがあったものか、誰かに話でも聞いたことがあったのか、思い出せない。


 難しい顔をして黙り込んでいるぴっちぃの肩を、もーにがそっと包む。

「ねぇ、ぴっちぃちゃん。行ってみましょうよ。あたしも、きっと今のぴっちぃちゃんと同じことを考えてるわ。あたしもそれを確かめたいわ」

「そうだね。ぼくも、なんだかそこが、ママにとって何か重要な意味を持つ場所のような気がするよ」


 メイさんは直感している。

〈ぴっちぃちゃんとママの、お互いの魂の絆にとっても、何か重要な意味を持つ場所よ、きっと〉


 ディコンくんとテイラちゃんは、そういえばぴっちぃちゃんたちは旅の途中だったのだと改めて思い出し、急に淋しくなってしまう。

 まるで自分たちのぬいぐるみであるかのように、この子たちをすっかり家族の一員だと思ってしまっていたけど、この子たちには、大切なご主人さまたちがいて、彼らのために一生懸命探し物をみつける旅をしていて、そこの家庭へ帰って行くのだ。


 胸がきゅっと痛む。お別れするのは辛い。だけど、出会えてよかった。

 ディコンくんは思う。

〈ぼくがいじめに打ち勝ってみせると決意できたのは、この子たちのおかげなんや。

 ぴっちぃちゃんともーにちゃんは、具体的なアドバイスまでしてくれたし、かっぱっぱちゃんとぺんちゃんも、健気にぼくを励まし続けてくれた。

 ほんまにみんな可愛くて、一緒にいるだけで心が癒されるし、この子たちから励まされると、なんかほんまに、勇気が涌いてきたんや。ぼく自身に対しても、かけっこの練習に対しても、それから学校生活に対しても、ポジティブな気持ちが涌いてきた。不思議なぬいぐるみや〉


 その夜、もーにの地図にV茄子ビレッジへのナビが顕われた。


 メイさんは暦を丹念に調べ、出発に良い日を選んでくれた。

 その日までの数日間、みんなはいっそう仲良く、大切な毎日をいとおしむように過ごした。マキュリデバ高原地方で数少ない観光地へも遊びに行き、おいしいお弁当を食べ、楽しい思い出もたくさん作った。


 メイさんは、これからますます寒くなるのに、もーにちゃんが自分の肩からいなくなってしまうのも悲しい。

 そんなメイさんのために、三体のぬいぐるみたちは、自らの虚体の毛を使って細い細い毛糸を紡ぎ、その毛糸でぴっちぃがストールを編んだ。もーにも、短冊のほつれ目の糸を何本も提供した。

 軽くてかさばらなくて暖かい、そして、一部この世のものではない、不思議なストールができた。色もサイズもメイさんにぴったりで、よく似合う。


 もちろん、かっぱっぱとぺんは得意の絵も描いて記念にプレゼントした。

 学校のみんなと仲良くドッジボールをするディコンくんとテイラちゃん、ハヤテくん。てきぱきと働くかっぱさんたち。ご町内のみなさま。ヘルメス爺さん。それから、なんといってもたこ焼き! 賑やかな絵が描けたよ。



 出発の朝、ディコンくんがぴっちぃに、あの、リレーで貰った金メダルをあげると言って差し出した。ぴっちぃは、

「とんでもない。これはディコンくんにこそふさわしい宝物だよ。ディコンくんの勇気と努力へのご褒美じゃないか。それに、初めての一等賞記念じゃないか。ぼくたちがもらうわけにはいかないよ」

 と固辞した。が、テイラちゃんも、フレディさんもメイさんも、どうか受け取ってくれと言う。


「その勇気と努力の原動力を与えてくれたのがぴっちぃちゃんたちやねん。長老が、これは『勇気のしるしじゃよ』って言うてた。お母ちゃんは『きっとぴっちぃちゃんのママのイヤシノタマノカケラにもなり得る』って言うてる。えーっと、『フヘン』がなんとかって・・」


「普遍的に適合するタイプのイヤシノタマノカケラだと思うの。そのメダルに埋め込まれた石がね。ママにこそ必要なものよ」

 とメイさん。


 ぴっちぃたちは、このデバマキュリ家の大切な記念品を、ありがたくいただくことにした。

「ありがとう! みなさんのそのご親切な心も一緒に、きっと、ママに届けます」


「V茄子ビレッジはな、わしとお母ちゃんが新婚旅行で訪れた村なんや。名所のV茄子ブリッジは、わしらが永遠の愛を誓い合うた場所や。家庭円満の秘訣がそこにある。それは魔法のようでもあるが、魔法のようなわけにはいかへん、っちゅうもんや。どや、深遠な真理やろ?」

 フレディさんが教えてくれた。よくわからない。

 メイさんは横でくすっと笑う。幸せそうなご夫婦だ。


 ここへきて、ぴっちぃには、ママのDamin-Gutara-Syndromeがママだけの問題ではないということの意味が、おぼろげながらわかるような気もする。夫婦の愛情がイヤシノタマ値に及ぼす影響というものがあるのかもしれない。

〈ともかく、ぼくともーにちゃんが抱いているデジャヴ感も含めて、V茄子ビレッジで確かめてみよう〉

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