第43話 ハヤテくん
そんなふうに遊びながら練習を続けていたある日、ディコンくんと同じクラスのハヤテくんという子が原っぱを通りかかり、みんながスポ根もどきうさぎ跳び特訓している風景が目撃されてしまった。
「デイコンや。あいつら何やってんねん」
ハヤテくんが冷ややかな視線を送ってきた・・・ようにディコンくんには思えた。
思わずうつむいてしまう。
ハヤテくんは学年でも一番か二番くらいに足が速い。スポーツ万能、勉強もできるほうで、性格は普通の人間の子だ。
おそらくこういう子はいじめに遭うことはないだろうと思われる、みんなから好かれるタイプだ。
超然としたところがあって、いじめに関してはもともと無関心である。積極的にいじめたりはしないが、わざわざディコンくんに話しかけたりもしない。
いじめてる子に『やめろ』と言えるだけの人望もあるのだけれども、あまりそのような現場に関わることもなかった。
そんなハヤテくんが、淡々とした表情で近づいてくる。
「なにしとん?」
テイラちゃんもぴっちぃもぺんも、ほんの一瞬固まってしまったが、ハヤテくんの質問にディコンくんが顔を上げて答えるのを黙って待つ。
少し間が空いたけれど、ディコンくんはハヤテくんに言った。
「リレーの練習」
ちょっとびくびくしている気持ちが声のトーンに表われている。
ハヤテくんにも間が空き、どんな反応が返ってくるのか、みんなはドキドキした。
「・・・筋トレか?」
「?」
「うさぎ跳びしてたやろ?」
「・・うん」
また少し間が空いてから、ハヤテくんは、
「むやみやたらと筋トレしててもあかんで。筋肉を傷めてしまうからな」
と言った。なんだか思いがけない言葉だ。
「まず、ストレッチ体操でウォームアップするんや。ほら、こーんなふうに」
ハヤテくんは腰や手足をゆっくり伸ばしたり回したりしながら筋肉をほぐしていく体操をしてみせる。
みんなも真似してやってみたら、体が軽くなっていくように感じる。
「いつもヘンなところのスジが痛くなったりしてたんや」
「いきなり思いっきり動かすからやで」
「うん」
「あー、反動つけたらあかん。ゆっくりスジを伸ばして緩めて・・・そうそう」
ディコンくんもハヤテくんも、お互いちょっとぎこちないふうではあるが、それでもお互い相手をきちんと見ている。
ハヤテくんは首からつま先まで順にひととおり、ウォームアップのための体操をていねいに教えてくれた。
ぴっちぃとぺんは、ここは余計な口出しをしてはいけないと心得て、一歩下がって二人のやりとりを見守りながら一緒に体操した。
「あ、ぼく、おつかいの途中やった。はよ行かなお母ちゃんに怒られるわ」
「ごめんな、ハヤテくん」
「ええよ。明日も練習するん?」
「うん」
「また来るわ」
「うん。ありがとう」
「じゃあな」
「バイバイ」
短い単語だけだが、自然な会話だった。
普通のクラスメイトどうしの会話になっていたので、ぴっちぃはずいぶんほっとして、これくらいの調子なら、ディコンくんはもっとみんなと仲良くなれるのではないか、と思う。
本当はディコンくんはずっとドキドキしていたのだ。短い言葉ひとつだって、しどろもどろになりそうだった。
それでもハヤテくんがなんでもないように普通にしゃべってくれたから、ディコンくんも多少気は遣いながらも半ばつられて普通っぽくしゃべることができたのだ。
翌日からハヤテくんは、ディコンくんのトレーニングに一緒に付き合ってくれるようになった。
「そういえば、きみたちは妹のぬいぐるみ?」
ぴっちぃとぺんが動いたりしゃべったりしていることに最初は驚いた様子のハヤテくんだったが、すぐに事実をありのまま受け入れたようだ。
ぴっちぃとぺんにもごく自然に話しかけてくれる。
「ぼくたちは旅のぬいぐるみなの。もう一匹、かっぱのぬいぐるみもいるんだ。それから空飛ぶベビー毛布も」
体操やかけっこやおにごっこの合間に、ハヤテくんは、ぴっちぃたちの仲間や旅の話などもいろいろと聞いてくれた。
二~三日経つと、ディコンくんとハヤテくんの間には、リラックスした笑顔もみられるようになり、会話だってずっと自然に、しかも楽しいものになっていく。
学校でも、ハヤテくんのほうからディコンくんに『おはよ』と声をかけてくれたり、笑いかけてくれたりするようになった。
でもハヤテくんには決まった子たちがいつも傍に一緒にいて、休み時間にはその子たちと遊んでいるので、ディコンくんがそこへ割り込むわけではない。
ディコンくんにもプライドがある。ちょっと親切にされたからといって、すぐにハヤテくんにべったりくっついていくのはなんだか惨めだし、ハヤテくんに迷惑がかかっても悪いなと思う。
それに、この数日の間に、ディコンくんの学校での姿勢みたいなものが、ずいぶん変わってきていた。
ひとりぼっちでも、うつむかないようにすると、いじけた気分が減っていくのだ。これは不思議な発見だった。
だれも一緒に遊んでくれなくても、次の時間の予習をしてみたり、本を読んでみたり、窓から外の景色を眺めてみたり、折り紙をしたり、自分のやりたいことをするようになった。
顔を上げて教室の中をちゃんと見る。ちょっかいを出されそうになると、相手の目を見て、できるだけ穏やかに『なに?』と聞く。これはぴっちぃから教わった方法だ。
もちろん、放課後の砂かけ遊びはきっぱり断った。
そんなふうに、ディコンくんの態度からオドオドイジイジした雰囲気が消えてくると、いじめてもいまひとつ手応えがなくて面白くなくなってくる。
スケープゴートに依拠したクラスの連帯意識が、シラケた後味の悪さに変わりつつあった。
そのうちにディコンくんの走りのフォームはずいぶん進歩して、テイラちゃんが少し手加減すれば並んで走れるくらいになった。
あるとき、テイラちゃんが転んで膝小僧を擦りむいた。そしたらディコンくんが、木立を抜けたところを流れる小川にテイラちゃんを連れて行き、傷口を洗ってあげた。
自分の肩に
その光景を見ていたハヤテくんは、兄妹のその一連の所作が極めて自然であることにちょっぴり感動してしまった。
学校ではひとりぼっちのディコンくんだが、ちゃんと家族がいて、妹とは普通にしゃべっているし、優しいお兄ちゃんだ。
考えてみればあたりまえのことなんだけれど、ハヤテくんにはなんだか新鮮な発見だった。
いじめられている子にも、その子を愛している人がいて、その子が愛している人がいる。それはいじめている子だって同じだ。
どの子も愛されるに値する身体と精神を持ち、誰かを愛することのできる心を持っている。
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