第42話 ディコンくん、がんばる
翌日、フレディさんは同じかっぱの
かっぱっぱもフレディさんのことをとても他人とは思えず、さっそく『おやかたー』と呼んで懐き、ハッスルしてついて行く。
ぴっちぃとぺんはお掃除やお洗濯などメイさんのお手伝いをして、もーにはメイさんの肩掛けになる。
「近頃朝夕冷え込んできたから、肩や背中が寒くて困っていたのよ。もーにちゃんなら軽いし、かさばらないからとても助かるわ。
メイさんも、もーにを気に入ってくれた。
いつもよりうんと早く家事が片付いて、メイさんがおいしいスコーンを焼き、みんなで午後の紅茶を楽しんでいたら、ディコンくんが学校から帰ってきた。
「あら。今日は早いのね。校庭で遊んでこなかったの?」
「う、うん。・・きょうはぴっちぃちゃんたちと遊ぶねん」
ディコンくんもおやつを食べてから、ぴっちぃとぺんと一緒に外へ出かける。
「車に気をつけてね。暗くなる前に帰ってくるのよ」
「はーい!」
「防犯ブザーは持った?」
「はーい」
「ホイッスルは?」
「持った」
「水筒は?」
「いらん」
「水溜りを踏んじゃだめよ」
「わかってる」
あれこれあれこれ・・・ひとこま大変だ。
高原の片隅に、周囲を木立に囲まれた小さな原っぱがある。ここでリレーの特訓を始めよう。
「ところで、ディコンくんは昨日、泥んこになって帰ってきたけど、いつもは何して遊んでるの?」
ぺんが尋ねると、ディコンくんはまたちょっと暗くなる。
「・・・うん。いろいろ・・・」
あまり言いたくなさそうだ。
ぴっちぃにはなんとなく察しがついた。
ぼくらのおにいちゃんたちのように、お砂場で穴掘りに精を出し、開通させたトンネルに水を流し込んで大はしゃぎしてるうちに泥んこになってしまうのとは訳が違うみたいだ。
砂をかけられたり水をかけられたりしていじめられているのかもしれない。
気になるけれど、あまり問い詰めるのも可哀想なので、これ以上訊くのはやめよう。
すると、ディコンくんのほうから、
「きょうは誘われても『いやや』言うて帰ってきたんや。いつもやったらよう断らんけど。砂かけられたり水かけられたりするから、『きょうは帰る』ってはっきり言うたんや」
と話してくれた。
すごいや! それだけでもすごい勇気の要ることだよ。頑張ったね、ディコンくん。
さて、勇気出しついでに現実を直視してみよう。
「ここで走ってみな」
よーい、ドン! 三人はいっせいに駆け出した。
ぴっちぃとぺんは悲しいかなぬいぐるみで、足がものすごく短いから、遅い!
ぴっちぃはくまさんだから四足走行すればよいのだが、そんなこと思いつきもしなかった。いつも二足歩行だったのだ。だからよけいに遅い。
ぺんは言わずもがな転がったほうが早いくらいだ。
で、ディコンくんはというと・・・。
「あれまー・・」
ぴっちぃとぺんは絶句・・・。ぬいぐるみより遅い。どひゃぁーって感じだ。
なぜ遅いのか? 答えは簡単。前に進んでいないのだ。
走っているのではなく、飛び跳ねているのだ。上にぴょんぴょん跳ねる上下運動だけだ。これじゃ歩いてる人にも追い抜かれるわけだ。
ディコンくんは昨夜『歩いても走ってもあんまり変わらへん』と言ったが、むしろ走るほうが遅いくらいだ。余計なエネルギーを消費しているぶんだけ損だ。
ぴっちぃは急きょディコンくんの家へ戻り、メイさんにお願いしてビデオカメラを借りてきた。そしてもう一度ディコンくんを走らせ、その姿を録画する。
再生された動画を見て、ディコンくんは少なからずショックを受けたみたいだ。
「かっこわる・・・」
そう、恰好も悪い。思わず笑っちゃいそうなくらいマヌケな姿だ。
俊足の家族のなかでただひとり、鈍足のディコンくんが跳ねながら走るさまを、まわりの子達が大笑いする図が想像できてしまう。
「そやからぼくが走るとみんな笑ってたんか」
ショックだけれど、ともかく重大な事実をひとつ発見することができた。そう、こんなふうに、何事も肯定的に評価すればよいのだ。
で、まずはこのフォームをなんとかするべきなのだが、鈍足三人組にはいったいどのようにこれを改革すればよいものやらさっぱりわからない。
ディコンくんは、
「ようわからんけど、とりあえず」
と、うさぎ跳びを始める。かっぱのうさぎ跳びだ。ぴっちぃとぺんもやってみたが、これが結構きつい。すぐに足が痛くなってしまう。
でもディコンくんは頑張った。足がガクガクになるまでうさぎ跳びをして、よろよろ帰る途中、テイラちゃんと一緒になった。
テイラちゃんはいつもと違う兄の様子を見て、
「今日はどうしたん?」
と訊いた。
いつものようによろよろしてるけど、今日のお兄ちゃんにはいつもと違ってなんか充実感が漂っている。
ぴっちぃとぺんは、昨夜聞いたディコンくんのいじめの件をテイラちゃんに話してよいものかどうか、まだ判断できなかったが、なんとディコンくんはあっさり打ち明けた。
「あのな、ぼく、走るのが遅うてみんなに笑われるやろ。そやから今年の家族対抗リレーではもっと速く走れるようになりたいねん。いつもいじめられてるけど、もう嫌や。いじめに負けたくないねん」
テイラちゃんにも思い当たるフシがあるらしい。学年が違うし、ディコンくんは家では学校のことを何もしゃべらないけど、校庭で見かけるときの様子や、ディコンくんと同じ学年の兄や姉のいるクラスメイトの話などから、おそらくディコンくんがいじめられているらしいと感づいてはいたのだ。
でもテイラちゃんはまだ低学年だし、本格的ないじめというものを知らない。
クラスにひとりくらいちょっと乱暴な子がいて、すぐにどつかれるとか、『かっぱ』と言われてからかわれるくらいのことはある。
しかしテイラちゃんはどつかれたら思わずどつき返してしまうほうだし、『かっぱ』と言われても、自分は本当にかっぱであって、それはべつに何も悪いことではないから、差別されているという感覚もまだ知らないのだ。
だから、兄が受けているいじめについて想像できるのは半分くらいだ。
性格的にはあまり心配ないと思われるが、かっぱであることは変わらないから、いずれはテイラちゃんだって差別的な扱いを受けて傷つくことがあるかもしれない。
家族対抗リレーに関しては、テイラちゃんも順位はあまり気にしてはいないのだが、上位の賞品を貰ってみたいなと思ったことはある。いつも参加賞の四五ℓゴミ袋十枚入りひと袋だけだからだ。お母ちゃんは喜んでるけど。
「今年はビリにならなくて済むよう、頑張るんや」
「そやな、お兄ちゃん。今年はゴミ袋以外の賞品貰えるようにがんばろな」
お互いの観点はややずれているようでもあるが、まあいいか。
「明日からも毎日練習するんや」
「うちも一緒に練習したろか?」
「うん。ありがとう」
仲良し兄妹の会話は、どこかずれていても、どこかで妙にかみ合っていて、ほほえましいものだ。
翌日からも、ディコンくんは学校からまっすぐ帰宅すると、おやつを食べてから原っぱへ出かけた。
テイラちゃんも放課後のドッヂボールのお誘いを断わって早く帰り、ディコンくんやぴっちぃたちと一緒におやつを食べて、原っぱへ同行してくれる。
テイラちゃんは運動の理論的なことはわからないけれども、走るのが速いから、ディコンくんはテイラちゃんのフォームを参考にすることにした。
やっぱりフォームが全然違う。
上に飛び跳ねるのではなく、前進せねばならないのだ。
気持ちを前へ。足を前へ。
〈走ろう〉と思うより先に〈前に進もう〉と思うことにしたら、自然と肘をぐっと引くようになる。足を前に出すには結構筋力が必要なこともわかってきた。
リレーで重要なバトンパスの練習も大事。
ちょっとくたびれてくると、おにごっこやおしくらまんじゅうをして遊ぶのだ。
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