第40話 ディコンくんの憂うつ

 夜も更けた頃、ぴっちぃたちが泊めてもらってるゲストルームのドアがコンコンと鳴り、ぺんが、

「はいー」

 とドアを開けると、ディコンくんが立っている。

「しーっ。お願い。ぼくが来たことは内緒やで」

 やはり何か事情がありそうだ。

 ぺんはディコンくんを招き入れ、そーっとドアを閉める。


 みんなは車座になり、ディコンくんの話を聞くことにした。夜中だし、もう歯磨きも済んだ後なので、おやつをつまむのはがまんだ。

 ディコンくんは、さっきフレディさんがちらっと言ってた、秋の住民運動会のことで、夜も眠れないくらい悩んでいるのだという。


 なんでも、ここマキュリデバ高原地方では、毎年、秋の住民大運動会が開催される。それはこの地方でほとんど唯一のお祭りみたいなもので、屋台も出て盛大に行なわれる。

 で、その運動会の花形メイン競技が、家族対抗リレーと、最後のプログラム、参加者全員によるフォークダンスなのだそうだ。


「その家族対抗リレーには、ディコンくんたちも出場するの?」

「うん。そやねん。ここの自治会の決まりで、全世帯参加せなあかんねん」

「それなら、この一家は楽勝なんじゃない? 君たちのご先祖は俊足の伝令だったんでしょ? フレディさんもすごく速そうだし」

「そうそう。メイさんも足が長くてスマートだし、きっと走るのも速いんでしょ?」

「う、うん。お父ちゃんとお母ちゃんはかなり速い。テイラも結構速いねん。そやけど、ぼくだけ、異様に遅いねん」

「へ?」

 どんより暗くなってるディコンくん。これはちょっと放っとけない。


 ディコンくんは足が異様に遅い。必死で走っても、歩いてる人に追い抜かれるくらいやねんと言うから、ハンパじゃなさそうだ。

 では歩くのも遅いのか? 必死で歩いても、ナメクジに追い抜かれるくらいなのか、というと、それはそれほどでもないらしい。

「歩いても走ってもあんまり変わらへん」

 のだと言う。


 家族対抗リレーにはたくさんの家族が出場するから、どさくさに紛れて、そんなことみんな気にしてないんじゃない? なかには足の遅い人もいるだろうし、そもそもお祭りみたいなものだったら、順位とか気にしなくていいんじゃないの?


「大人は走って踊って一杯飲んで騒いでそれで終わりや。そやけど、子どもはそういうわけにはいかへんねん。

 ・・・実はな、ぼく、学校でいじめられてんねん。かっぱやし。それに、伝令の子孫のくせに足が遅いから、もの笑いのタネがもひとつ増えて、よけいバカにされるねん。

〈オカに上がった河童〉は力が出ないというのに、なんで高原のかっぱが伝令やねん。ご先祖さんは何を考えとったんや。なんで家族対抗リレーやねん。家族対抗歌合戦やったらよかったのに」

 ずいぶんいじけちゃっていますね。


「テイラちゃんはかっぱでもいじめられないの? 足が速いから?」

「っていうより、あいつはケンカも強いねん。性格はお父ちゃんに似てカラッとして明るいし、顔はお母ちゃんに似て結構べっぴんやろ? そやから、だれもよういじめんと思う」


 ディコンくんの問題は、大きく分けて二つ。走るのが遅いことと、いじめを受けていること。

 お父さん似の顔とお母さん似の性格については、一朝一夕でどうにかなるものでもない。

 いじめられる理由のひとつ〈かっぱであること〉は、どうしようもない。


 マキュリデバ高原は確かに、高原にしては珍しくかっぱの生息地なのであるが、やはり少数民族であるらしい。小学校では全校生徒の一割程度がかっぱ族だということだ。

 かっぱが皆いじめを受けているわけではないが、確率的にはやや高いと思われる。見た目が変わっている者は、よほど好かれる性格であるとか、要領よく多数派に迎合しているとか、そんなのでもない限り、いじめられやすいのかもしれない。


「ディコンくんがいじめられてることは、先生は知ってるの?」

「たぶん知らんか、うすうす感づいてても知らんフリしてるか、やと思う」

「嫌なことされて、相手に抗議してもダメだったら、先生に言わなきゃ」

「うーん・・・告げ口するのも嫌やしなぁ」


 以前、ほかの学年のかっぱが、やはりいじめられていて、そのことを先生に相談したら、先生はいじめた子を呼んで事情を聞いたそうだ。

 そしたら、〈告げ口した汚い奴〉ということで逆恨みされて、今度は先生にもバレないようにいじめが地下化し、かえって陰湿ないじめを受けるはめになったという。

 先生は事情を聞いた後のフォローまでしてくれなかったのだ。


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