マキュリデバ高原
第39話 かっぱのフレディさん
マキュリデバ高原へ飛び立つ前に、ぴっちぃたちはマーズタコ市街をざっと見物し、スーパーで食料を仕入れた。
可愛いぬいぐるみたちが買い物カゴを下げてお買い物する姿に、他のお客さんや店員さんたちからも思わず笑い、じゃなくて笑みがこぼれ、試食コーナーの派遣販売員さんも大盛りサービスしてくれる。
お会計のときは、レジ袋もお箸やスプーンも要りませんとお断わりした。
みんなにはリュックがあるし、ドワフプルトのアレテーさんちの母さんがみんなのために小さな給食袋を四つ作り、お箸やスプーン、それにポケモンのプリント柄ナフキンなども入れて持たせてくれていたからだ。
スーパーを出ようとしたら、
「これこれ、旅のぬいぐるみさんたち、これも持ってお行きなさい。お代は要らないよ。当店からのサービスだ」
店長さんが三匹と一枚それぞれに、お菓子の詰め合わせを一袋ずつくれた。
〈お買い得パック〉と書いてある。売れ残ってたやつかもしれない。
「ほんとにいただいていいの?」
「いいんだよ。君たちが来店してくれて、店内にほんわか楽しい空気が広がったんだ。これは縁起がいい。さあ、気をつけて、よい旅を!」
と手を振ってくれる。
「店長さん、ありがとう! 商売繁盛するといいね」
いい町だ。
もーにはこの旅で、結構重い荷物を載せたり長時間飛んだりして、かなり体力がついてきた。
マーズタコ市からマキュリデバ高原へはもう楽勝で飛ぶことができたし、カラフルに色づいた秋の野山を楽しむ余裕すらできている。
「素敵な景色! じじさまにも見せてあげたいな。カメラを持ってくればよかったわ」
マキュリデバ高原に到着して、とことこ歩きまわっていると、作業服を着てお仕事している人の姿が見える。きっと地元の人だ。
ぴっちぃはその人に駆け寄り、声をかけた。
「すみません。旅の者ですが、ちょっと道をお尋ねしたいのですが・・」
「なんや?」
振り向いたおじさんを見て、みんなは思わずのけぞった。
かっぱだ。
んでもって、とても濃いお顔をしておられる。鼻の下に濃いおひげがついていて、エラが張っていて、お口のあたりがなんか
いや笑っては失礼だ。このあたりはかっぱの生息地なのだろうか?
おじさんはゴツい顔のわりには性格のいい人、いや、いいかっぱみたいだ。
「おお! ぬいぐるみやんけ。こらまためずらしいのう」
おじさんのほうこそめずらしいぞ。
ぴっちぃが事情を説明して地図のメモを見せると、今度はおじさんがのけぞった。
「そらわしとこの住所や! ディコンとテイラはうちのガキや!」
そうだったのか。どおりでかっぱだと思った。
「〈アナザフェイトの
そう言うと、おじさんはあっと驚く速さでそこらへんの落ち葉やゴミを竹箒でかき集め、プラスチックのコンテナにぶち込んでそれを軽トラックの荷台に載せた。
お掃除くらいならぴっちぃたちにもお手伝いできるのだが、なにしろおじさんがものすごい速さで動き回るものだから、手も足も口も出す暇がない。
「お待たせ。ほな行こか」
全然お待たせじゃなかった。
おじさんはぴっちぃたちを軽トラックの助手席(っていうのか?)に乗せて家へ向かう。
お話を伺うと、このおじさんはフレディ・デバマキュリさんというお名前だそうだ。かっぱのフレディさんだ。うっかり〈で〇ぱのフレディさん〉と言い間違えてしまいそうだ。地名を冠した名字なんて珍しい。ご先祖の代からこの高原にお住まいなのだろうか?
「そや。うちは曾じいさんの代からこの高原の管理人を務めとるんや。世襲制やで。もっと昔、最初にここに住み着いた先祖はな、伝令やったんや。高原をはさんであっちとこっちの間を行き来して、軍部の偉いさんの指示とかを民衆に伝える仕事や。テレビもラジオもインターネットもない時代やったからな、ニュースはみな口伝えや。
その先祖っちゅうのはそらもう足が速うての。あっという間に高原を横切り、ニュースを伝えておったそうや。電波も真っ青や。そやけどやっぱりホンマもんの電波にゃかなわんわ。マスメディアの普及と共に伝令の仕事も商売あがったりや。おまけに新憲法が施行されて軍も解散。伝令はもう必要ありません。
その代わり、代々この高原で働いてくれた家系のかっぱやから、土地と家を与えましょう。これからは管理人としてマキュリデバ高原に引き続き住み込みで働いてください。ってなもんや」
ふうん。それで今度は世襲制の管理人になったわけだ。
フレディさんのお宅へ着くと、奥さんのメイさんが出迎えてくれた。ご主人とは対照的にもの静かで、ちょっと神経質そうな感じの方だ。
突然のお客さまだったけれど、メイさんは手際よく、あり合わせの材料でご馳走を作って下さった。
フレディさんは仕事の後の晩酌がお好きだそうで、ひとり手酌で一杯やっている。
「お母ちゃんも、どや?」
奥さんにもお酌して、ご夫婦で仲良くやっている。
「たっだいまー!」
元気よく帰ってきたのは、長女のテイラちゃんだ。ぴっちぃたちがご挨拶すると、
「めっちゃかわいいやん!」
テイラちゃんはひとりずつ抱き締めてくれて、特にかっぱっぱには、
「いやあ! この子かっぱやわ! うちらと同族やん」
と感激して、頭のおさらを撫で撫でしてくれる。
テイラちゃんは陽気で快活な少女がっぱだ。
少し遅れて、蚊の鳴くような声で、
「・・ただいま・・」
と帰ってきたのが、長男のディコンくん。テイラちゃんの兄だ。
ディコンくんはちょっと元気がない。顔や服や靴の様子からして、全身泥んこになって遊んでいたらしいのだが、なぜかその姿に似つかわしくない弱っちい声だ。遊び疲れちゃったのかな?
子どもたちが帰ってくると、ほろ酔いのフレディさんは、
「そや。ぴっちぃちゃんたちは、おまえらを助けるためにマキュリデバ高原へ来てくれたらしいぞ。なんや〈アナザフェイトの
フレディさんは、子どもたちが何について助けを必要としているのか、何か悩みでもあるのか、そういったことにはあまり考えが及ばないみたいだ。
とてもいいかっぱなんだけど、ちょっと大雑把というか、
『ま、どうでもええわ』
ってな感じなのだ。
それにひきかえ、奥さんのメイさんのほうはさっきから、
〈アナザフェイトの
この子たちの未来に何か不吉な運命でも待ち受けているのかしら?
ひょっとしてあのことかしら? それともあのこと? いいえもしかしてあのこと? まさか、あのことでは・・?
ああ考えたらきりがないわ。どうしましょう〉
不安でしょうがないのだった。
「まあ、ゆっくりして行き。ぬいぐるみとベビー毛布ぐらいやったら、ゲストルームひとつでええやろ。もうすぐ秋の住民運動会や。屋台も出るから、たこ焼きでも食うたらええわ」
ということで、とりあえずしばらくおじゃまさせていただくことになった。
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